第9裂 不死身と不死鳥
『のう、お主』
僕が布団から出ようとしたとき、ふいにどこからか声がした。声と、言葉遣いで、声の主の予想はつく。
気高き不死の鳥、燃え盛る炎の少女。僕を不死鳥にした張本人。ウィンド・ファイアーハート。
別に、僕はウィンドを恨んでいるという事は無い。実際、僕は彼女に命を救われたのだ。ただ、命を救ってもらった代償として、瀕死であった彼女は、僕の体に入ることで、彼女も命をつなぎとめた。お互いに命の恩人で、この件に関してはこれでチャラ。そして僕は、おつりとして不死鳥の力を得たわけだ。
『ふむ、やはり面と向かって話さねば話がしにくいのぅ。ここでは人の目を気にする必要もないし、少しばかり外に出るとするか』
僕の体から、真紅の炎が飛び出してくる。その炎は徐々に人の形をかたどっていき、やがてその炎を振り払うようにして、紅い羽根で作られたようなふわふわのドレスを着た、真紅のツインテールに真紅の瞳、赤一色の10歳くらいの少女――ウィンドが現れた。
ウィンドはぴょんと飛んで、僕のベッドの上に飛び乗ると、ねっ転がっている僕の上に馬乗りになる形で乗った。
見た目通りの体重が、僕の腹にかかる。
「どうした? またチョコレートか?」
ウィンドはチョコレートが大好物だ。半端じゃないくらい食べる。飽きるんじゃないかと聞きたいくらい。しかし、僕の体は不死身でも、僕の財布は不死身じゃない。毎月のお小遣いではエロ本一冊も買えない程、僕の財布からお金が消えていくのだ。
「そんなわけではないだろう。お主がわらわにチョコレートを与えるのは、当然の事、その程度でわざわざ、お主の上に登場なぞせんわ」
何をされるかわかったものではない、と言ってウィンドは、メイの閉めた扉を見つめた。
「お前は僕を変態と勘違いしているんじゃないか?」
「なんだ? 違うのか? なら、超変態か?」
「違うよ! 僕みたいに人畜無害な人間がいるか!」
思わず叫んでしまう。
「――人間……な。それについて、少し気になることがあっての」
言うと、ウィンドは、いきなり僕の胸に腕を突き刺した。
「ぐっ……あああああああ!?」
直にウィンドは腕を引っこ抜いたが、肺がつぶされたのかうまく息が出来ない。叫んだせいでか、酸素もゼロに近い。
「何……するんだよ……」
しばらく痛みにもだえ苦しんだ後、ようやく回復が始まり、何とか呼吸も出来るようになってきたので、呻くようにウィンドに向かって言った。ウィンドは感心したような顔をした後、少し悲しそうな顔をして、それから意地悪そうな笑みを浮かべた。
「やはりな、吸血鬼と闘った時までは、お主はわらわが力を貸してやらんと不死鳥の力を得ることができんかったのだが……昨日の机を蹴りあげた時にもしやと思ってのう」
「何が言いたい?」
僕の上に馬乗りになったまま、顔を近づけてくるウィンド。ウィンド人間態自体は、幼くはあるが、なかなかの素材だ。しかし僕は紳士的だ。中学生以下の少女に性的欲求は湧かない。
「気付かんか? わらわに憑かれてしばらくは、わらわが力を貸しておらんと全くと言っていいほど力を出せんかったのに、最近はわらわが力を貸さなくても、不死鳥の力を使っておる。――お主自身に、不死鳥の力が宿ってきている……と、いうことだろうのう」
意地悪そうな笑みを浮かべて、ウィンドは僕の胸をちょんちょんとつついた。
胸の傷は既に塞がっていた。




