第7裂 不不死男といじめられた女の子
「っ……」
羽津花姉の肩をかりて、何とか無事に家にたどり着くことが出来た。
ドアを開けるとほぼ同時に、羽津花姉がメイを呼んだ。
「メイ! 来てくれ!」
十秒もせずに、いつも通りの服装、白いワンピースに黒いローブを羽織った銀髪のロングストレートの少女――メイ・デスサイズが駆けて来た。
メイは僕を見た瞬間「どうしたんですか!?」と、言って、僕の腕を、自分の肩に回して担ぐようにした。全体重をメイにかける形で半無理やり立たされた僕だが、これだけの動作で全身に激痛が走る。
「つっ……」
「どうしたんですか、本当にもう……死んだらどうするつもりなんです?」
ぶつぶつ言いながら、僕の部屋までゆっくりとはこんでくれるメイ。
僕の部屋について、メイは僕の上半身に着ている服を全部はぎ取った。
拭きますね。と、言って血だらけの僕の体を濡れたタオルで、慣れない手つきで拭く。
切り傷であり、しかも浅いとは言えない深さの為に、タオルで拭かれると位置によっては傷を開かされることになるわけで、何度か泣きたくなるほど痛かったのだが、それでも我慢しながら耐える事数分、メイは血だらけになったタオルを水の入った洗面器に入れてから、別の濡れたタオルを取り出した。
「今度は下の世話です」
「……それは危険に聞こえるからやめろ」
僕のズボンをはぎ取り、パンツは履いたままだったが、僕の血を拭き取るメイ。なんというか凄い興奮する絵だったのだが…僕としては興奮できるようなテンションではなかった。
――死んだ人間が妖怪になるという話はよくあることで、そうなった人間に、意識はあっても理性などなく、生前の恨みを晴らすか、完全な化け物として過ごすかのどちらかだ。
稀に、化け物になって間もない人間が、何かをきっかけに一瞬だけ自我を取り戻すことがあるが――あくまで一時的なものだ。
多分、彼女も又、そうなのだろう。僕の名前がキーで、一時的に自我を取り戻す女の子。
少なくとも、僕の知り合いで、既に死んでいる人間。生霊と言う線を考えてみても、友達のいない僕は、候補者全員の顔を思い浮かべることが出来る。
自分の事を名字で呼ぶのだから肉親は無し。
燈火、燈火さん、お兄ちゃん、鬼冴三さん――やはり、自分の事を鬼冴三君と呼ぶ少女など、一人しかいない。
井口。井口幸子。
彼女は霧原達に襲われて――恐らくふざけ半分でやったのだろう。口裂け女の様に頬を斬られて――そして、なんらかの形で命を落とした。
それが自殺か、それとも事故か――他殺か。
生きている間は悲しい事ばかりで、それが見ていられなくて僕は彼女と友達になって、とてもいい子で。
でも、彼女は死んでも、悲しい運命だった。口裂け女。怨念の塊の女。
どうすれば井口を助けられるかはわからない。いくら不死鳥でも、失った命を戻すことなんて出来ない。
ただ単純に脳細胞が死んでいるだけだとして――さまざまな法則を無視する不死鳥なら直せそうなものなのだが、不死鳥の能力としては、あくまで自分のエネルギーを使って他人の治癒力を増加させるだけなので、治癒能力自体が失われている状態――つまりは死亡している状態からの蘇生は出来ないのである。
病気に対しては、即座に抗体を体の中で作らせる為、一度不死鳥に治療してもらえば、その病気にはなりにくいという特典付きであるが、死に耐性なんてつくわけがない。
以津花の時のように、治癒能力を使って自我を取り戻させてやりたいのだが、以津花の時とは違い、根っこから化け物になっている井口が、自我を取り戻したところでなんの救いにもならない。余計に彼女を苦しめるだけだ。僕が、化け物になってしまって苦しんでいるのと同じで。彼女もまだ、苦しむことになる。
成仏させる――か。考え方によっては、井口を僕が殺す、という事にもなるのかもしれないが、成仏させるしか、ない。
そんなことを考えているうちに――どうやら僕は眠ってしまっていたらしい。気付けば、朝になっていた。
起き上がろうとして、痛みが無い事に気が付く。
寝たらそれなりに治癒能力が回復したのか?
両手両足に違和感を感じてみてみると、そこには慣れない手つきで包帯が巻かれていた。恐らくは、僕の膝を枕にして寝ているこの死神少女が巻いてくれたのだろう。なんとも不思議な巻き方ではあったが、包帯の役目は果たしている。
死神少女は、僕の膝を枕にして、体を半分ベッドから投げ出して、毛布も掛けずにすやすやと眠っていた。




