第6裂 不不死男と口裂け女
「私、キレイ?」
誰もが聞いたことのある、しかし誰もが聞きたくないあのセリフの聞こえる方向へゆっくりと振り向くと、そこには身長150cm程の少女が立っていた。
背は低く痩せ形で血だらけのおとなしめの色のワンピースを着ていて、手には血だらけの――血の滴る鎌。
鎌と言っても、ウチの死神みたいなデカイ鎌じゃなくて、草刈鎌のようなものだ。
貞子を連想させる髪型で、前髪で目はよく見えないが――口をおおい隠すようにつけているそのマスクが印象的だ。
「あー……」
知っている。このパターンはよく知っている。慣れている。
…ここ数ヶ月で、一体何体、目の前にいる奴と同じような奴等と闘ってきたのだろう。
ただ違うのは、今僕は、コイツを倒す力は無くて、不死身でもない。
ちょっと強いくらいの、人間なのだ。
そういや、ウィンドも言ってたな。化け物がらみの問題には首を突っ込むな。死ぬぞ。だっけ?突っ込んで無いのにまさか声をかけられるとは。
少女はもう一度、何をしたらいいのかわからずに苦笑いを浮かべている僕に聞いた。
「私キレイ?」
綺麗かどうかと聞かれても、顔が見えないから答えようがない。こういうのって、走って逃げないと殺されるって言うけど、実際どうなんだろうか。とは言っても、今の僕は逃げられる自信なんてない。
一流アスリート並みに早いらしいじゃん。口裂け女。逃げれねぇよ。普段の(不死鳥がデフォルトになってる事に気付いてちょっと凹んだ)僕ならともかく、今の僕は逃げられないと思う。完璧な人間だったころと比べればそりゃあ弱体化している今でも足は早いんだろうけども。それでもまあ、体感的に学年1番行くか行かないかくらいで――決して、人間の域を出ていないのである。
命の危険を感じれば、朝みたいに一時的に覚醒するのかもしれないが――それ程の力があっても、多分、化け物には勝てない。朝ほどの力があっても、多分、左手が化け物の状態よりも弱く――ましてや口裂け女程有名な妖怪に勝てるとは到底思えない。
――実際、この口裂け女背が低くて、ほっそりしていて強そうではないのだが、見た目が弱そうだから弱いなんて式は化け物に使えない。実際、ウチのメイがいい例だ。見た目中学3年生なのに、戦闘力は左手が化け物状態の僕以上ときてやがる。
ウィンドなんて、幼女だというのに戦闘力は底がしれない。ウィンドはほとんど僕任せ。僕が死にそうな時でも手伝ってはくれない。
――ったく、笑えねぇぜ。とりあえず、この状況をなんとかしないとな。
「……ああ。キレイだよ」
とりあえず褒めてみた。頭の中では、口裂け女が苦手とする言葉を必死に考えている。どっかで読んだ。絶対に読んだことがある。苦手な言葉があったはずだ。なんだっけ覚えてねぇ。
パニックでうまく頭が回らない。実際、この状況で思い出せといわれて出てくるとも思えないが、逃げることも戦うことも出来ないんだから、手はそれしかなく――そしてそれが思い浮かばないのだから、考える時間が欲しい。
確か、綺麗じゃないと言えばすぐ殺されるけど、褒めればマスクを外すまでのタイムラグがあるはずだ。
――つか、「これでも……?」と言ってマスクを外すらしいけど、「それでも綺麗」つったら大丈夫なのか?んなわけないか?
つか、この手の噂から誕生したタイプの妖怪って、対処方法が多すぎるんだよな。一つに統一しろよ。誰だ対処法増やした噂を流した奴。ったく。――おかげで真実になっちまったじゃねぇか。
えーっと、テポドンだっけ?違う。ペペロンチーノじゃなくて、ボイラーじゃなくて、ペロペー…ポピー…近い。カービィ…アッガイ…サイサリス…絶対違う。ポ…ポラー…ポピュラー…ポマ…ポマードだ!ポマード!確かそういえばよかったはず!
「ポマード! ポマード! ポマード!」
一心不乱に叫んだ。しかし――その女は、苦手とするはずのポマードと言う言葉にも反応せずに、無言でマスクを取り外した。
――思った通り、女の口は裂けていた。でも、それ以上に。マスクを外す時にちらりと見えた顔が妙に可愛くて、見覚えのある顔で――その低い背、貞子を連想させる髪型、そして、おとなしめの色のワンピースはまるで、あの日の……
「これでも……?」
やはり、言った。女は、裂けた口で。
「ッまさか……」
僕がつぶやいた次の瞬間
「あああああああああああ!!」
突如、女は叫び出し、鎌をかざして僕に向かって走り出してきた。
速い――!河童ほどではないが――今の僕には対応が出来ない。
「ぐあああ!」
僕の頬を完璧にとらえていたその斬撃を、血だらけの包帯のまかれた左手で受け止める。――せっかく治ったのに、また新しい傷を負ってしまった。
素早い連撃で、足を、腕を、腹を、鋭い鎌で切り刻まれる。かろうじて致命傷を避けてはいるが――このままではなぶり殺しだ。恐らくは僕が今まで戦ってきた中では一番弱い妖怪ではあると思うが――力の殆どを失っている今の僕には十分すぎる相手だった。
治癒能力も落ちているから、傷は治らない。攻撃力の上昇も少ないから、相手に大きなダメージを与える事も出来ない。
「くそっ……」
ふらふらと、攻撃を少しでも受けないようにと徐々に後ろに下がるが、口裂け女は攻撃を辞める気配を見せない。
「やべっ……」
口裂け女の放った一撃が、僕の右足を貫通し、肉を綺麗にそぎ落とした。普段なら大したことのない怪我だが、今の僕には大怪我だ。体を支えることが出来ずに片膝をつく。
「オイ! …なにしてんだよ!」
聞き覚えのある声が――羽津花姉の声が、後ろから響いた。既に僕は大量の血を失っていて、もう意識ははっきりとしていなかった。それでも、言うべきことは決まっていた。
「逃げて……くれ……羽……津花姉!」
斬撃を全身に浴びながら声の主に叫ぶ。片膝をついている為、攻撃の殆どは頭部への攻撃になっており、何とか防御で来てはいるが致命傷を防ぐだけで精いっぱいだった。
やがて攻撃を防いでいた腕すらもダメージの限界が来て、うまく動かなくなってくる。 それを見て、女はにやりと笑って、鎌をふりかざした。
ヤバ――
「馬鹿! 燈火! お前、昨日のでやばいんだろ! 死ぬぞ!」
羽津花姉が、半分命を諦めていた僕に叫んだが――今更遅い。口裂け女が鎌を振り下ろせば、負ける。死ぬ。
しかし、何時まで経っても、鎌が振り下ろされることはなかった。
「トウカ……トウカ? 燈火…」
ゆっくりと眼を開けると、口裂け女は頭を抱えながらぶつぶつと何かを呟いていた。頭を抱えながら、僕の方を、悲しそうな目で見た口裂け女――その眼は……まるで……
「なんで助けてくれなかったの? 鬼冴三君……」
そう言った口裂け女の眼は酷く悲しそうだった。苦しいよ、助けてよと言ったその声は――どこかで聞いたことのある声だった。




