第3羽 不死鳥男と泣いた不良娘
――――須藤、雷花。
公園で、喧嘩していたのは彼女だった。だが、アレは喧嘩と言っていいものなのか。喧嘩というのは、対等な立場で行われるから喧嘩なのであって、どちらかが有利な状況ならば、それは暴力になる。
だから、アレは暴力なのだろう。かなり一方的な。
一、二、三……うわっ。十二人もいるぞ。しかも、須藤雷花が素手なのに対して、須藤をボコボコにしている男達は、一人一つ以上の武器を所持している。
一人の男が、須藤の腹に蹴りを入れた。須藤は弾き飛ばされ、地面にあおむけに倒れる。その衝撃であの凶悪なおっぱいがぷるるるるるんと揺れる。あんな状況に置かれている彼女に対してそんな気持ちを抱くのはあれだがそこは置いといて、不死鳥の能力で聴覚が爆発的に上がってるため、殴られている音、男達の下品な笑い、須藤の荒い息遣い、須藤の小さい悲鳴までが僕の耳にしっかりと聞こえる。
須藤は二、三度立ち上がって男達に向かっていくが、そのたびに須藤は肩を、腹を、顔を、殴られ、蹴られ、倒れる。
三度目に倒れた時、彼女には立ち上がる体力すら残っていないのか、倒れた姿勢のまま動かなくなった。軽くうめき声を漏らしながら、彼女は倒れていた。
倒れて動かなくなった須藤に不良達のリーダーらしき人物が近付いていく。それに続くように、残りの不良も下品な笑いを上げ、下品な言葉を彼女に浴びせながら彼女に近づいていく。リーダーらしき男は、彼女の上半身を起こして、抱えると、胸を掴んだ。待ってましたとばかりに不良たちが餌に群がるアリのように須藤に群がる。
あ、やばくないかコレ。犯られる。―――元々、のぞきをするつもりだったし、着替えとかではなく生現場が見られるならばラッキーだ。ラッキーだ。彼女は、抵抗する気力すら無いようだったが、彼女は囲んでいる不良たちすら気付かないような小さな声で言った。涙を流しながら「助けて――」と。恐らく、彼女は生まれて初めて、他人に助けを――求めた。そして、その言葉を聞いたのは、間違いなく、驚異的な聴覚を持つ、僕だけなのだ。僕は彼女が不良ではなく、女の子なんだと思った。誰かに助けを求めている女の子。
――――どうして胸が痛いんだろう。あんな不良女、僕には関係ない。大体、この位置からでは助けに行っても間に合わないし、もし仮に間に合ったとしても、ごく普通の人間の僕じゃあ、瞬殺されて終わりだ。
そう思って気付いた。
普通の人間?僕は化け物だったじゃないか。この位置からでは間に合わない?空を飛べば間に合うではないか。だけど――僕はまだ、空の飛び方がわからない。飛ぶイメージが出来ないのでは、空は飛べない。
そんな情けない自分自身への言い訳を聞いていると、悲しくなってくる。正義が好きで、正義のヒーローを目指していたわけではなくとも、正義の人を目指していたわけではある。しかし、僕は、逃げていた。自分自身が弱い事を盾にして逃げ続けてきた。けれども今僕は、弱さを盾にすることなんて出来ない。強さを手に入れたのだから。
畜生。スパイダーマンみたいなヒーローなら、この距離ならジャンプで行けるんだろうな。頭の中で、映画のワンシーンを思い浮かべた。それを僕に置き換えて、彼女のいる公園までジャンプするイメージをした。所詮妄想なんだけど――――イメージが出来た。ウィンドが言うには、「イメージすることが出来れば出来る」らしい。
世界を救うヒーローは無理でも、たった一人の女の子を助けるくらいは出来るんじゃないのか?もし、仮に失敗して地面に墜落したとしても、今の僕は化け物なのだから、すぐに回復するだろう。大丈夫、死にはしないさ。それに――もしここで何もしなければ、失敗して死んだ時よりも――多分、後悔する。やらない後悔よりも、やった後悔。
僕は、化け物と化している自分の左腕を見た。普通の人間の体に、不釣り合いなほどきれいな紅い羽の生えた、鳥の化け物の腕。僕は、軽く屈伸をして両足に力を込めて、跳んだ。いや、もうそれは飛んだといったほうが正しいのかもしれない。それくらいの高さまで、跳んでいたのだ。軽く見ても30メートルは上に跳んでいる。ジェットコースターに乗っているような恐怖を感じるが、気にしていられない。僕の思ったよりも高度は高かったが、うまくいったようだ。公園まで一直線に僕の体は向かっている。
空中にいたのは、恐らく1秒足らずだろうが、僕には長い長い時間のように思えた。辺りを見回すと、なんだかわくわくする。うわぁ。こんな上から見たのは初めて――いだッ!
僕がよそ見をしているうちに、僕の体は公園まで到達していたらしく、僕は肩から公園の芝生に派手な音を立てて激突した。うわぁ。かっこ悪っ!
不良達との距離はおよそ10メートルってところだろう。
音に驚いたのか何人もの不良がこちらを向き、近付いてくる。「おいおい?なんだお前?」とか「お楽しみの最中だ、邪魔をするな」とか、そんなマンガみたいなセリフを吐きながらずかずかと近づいてくる。
僕はとりあえずゆらゆらと立ち上がる。だって倒れたまま不良に何か言っても、カッコ悪いじゃないか。
既に、地面に激突していた時の痛みはない。どうやら、この状態の僕の治癒力はハンパではないらしく、着地の衝撃で外れたと思われる肩が立ち上がるまでには完治していた。関節が外れても治るのか。凄いな。
金髪ロンゲの不良Aが、僕の首を掴む。
「オイ、てめぇ……俺たちは今からパーティーなんだよ。今すぐ立ち去らないと殺すぞ」
そういって、僕の首を持つ手に力を入れる。不良A。本当に絵に描いた不良っぽすぎてカッコイイ。
僕は、化け物になっている左の手で、僕を掴む不良の手首を掴んだ。
「アァン?ハハハッ!ダッセェ!なんだこの手袋――――」
確かに、手袋に見えないこともないが、お前の金髪ロンゲもカツラに見えないこともないんだよ!
流石にイラっと来て、不良Aの手首を持っている左手にぐっと力を入れる。
「お……お前……」
不良Aは驚いたような顔をする。恐らく、この状態の僕の握力は普通と比べて高いのだろう。左手を動かして不良Aの手を無理やり僕の首から引きはがす。
「こんな汚い手で――須藤に触ってんじゃねぇよ!!」
不良Aの手首を怒りを込めて握った。――その時、僕に掴まれている不良Aの手首が炎上した。
「うがああぁぁあぁああああぁあぁぁぁぁあああぁ!!?」
不良Aは僕の手を振り切ろうと腕をぶんぶんと振るが僕の化け物腕の握力からは逃げられない。僕は荷物を投げるように、不良Aをその辺に思い切りほおり投げた。
結構冷静を装っていたが、なんだかんだで結構ビビっていた。
地面に頭から墜落した不良Aだが、彼は痛みに悶絶しながら地面をごろごろと転がり手首の炎を消そうと奮闘している。
「てめぇ! 何しやがんだ! 邪魔するんじゃねぇ!」
不良のリーダーらしき男が、須藤を放して僕の方を向いて言った。須藤の制服は乱れてはいるものの、よかった。彼女はまだ無事のようだ。
さて、正義のヒーローの大活躍の時がやって来たみたいだ。