第13歯 不死鳥と吸血鬼
「お前……」
吸血鬼は、僕の方をみて驚愕したような顔した。実際に驚いているのだろう。
当然と言えば当然だろう。今、僕は先程の、吸血鬼が言う「人間以外の男」から、「化け物」に変わったのだから。自分でも驚いているくらいだ。
パッと見だけ普通の人間の先程までの僕とは違うと一目でわかる――人間にはついていないものが、背中から生えている。――紅い、紅い、大きな翼。髪の毛の側面が紅く染まっており、左手だけでなく、右手も赤い羽毛の生えた化け物の腕へと変わっていた。
両腕が化け物で、大きな翼を携えた不死鳥――それが今の僕。鬼冴三燈火。
「化け物の人間」では無くここまでくれば「化け物」なのだろう。
そして、僕の傷は完治していた。――治癒能力が戻っていた。恐らく、治癒能力が先程と比べてさらに底上げされているのだろう。今の状態の僕にとっては、あの程度の死亡回数は「死に過ぎ」では無いという事なのだ。
――この分なら、戦闘力も先程までとは比べ物にならないはずだ。これで、アイツと戦える。
炎のように紅い羽根をまき散らしながら、僕は吸血鬼の方を向いた。吸血鬼と同じように紅く輝いていている僕の瞳で、吸血鬼の眼を見た。吸血鬼の眼の色を血の色とするなら、僕の眼の色は炎の色だろう。
「吸血鬼……覚悟しろよ」
大きく翼を広げて吸血鬼を指さし、僕は言った。
「――調子に乗るなよ」
吸血鬼は軽く身構えて僕に言ったが、吸血鬼は先程までの様に僕を見下しているような眼で見ておらず、敵を見るような眼で僕を見ていた。――――今の僕はアイツから見ても敵として見るに値する存在なのだろう。
「鳥風情が!」
吸血鬼が叫んだ。
その言葉を合図に吸血鬼は、床を蹴り、先ほどと変わらぬ速度で僕に接近してきた。だが――今の僕には、見えた。
吸血鬼の音速とも言える素早い動きを、僕は完全にとらえていた。
吸血鬼も先程までのような大ぶりで単純な攻撃をせずに、フェイント等の戦闘上の小技なども混ぜて僕に攻撃をしてくる。
今の僕の動体視力は自分でも恐ろしくなるほどに上がってきている。
プロは予備動作だけで攻撃を予測すると言うが、素人の僕にそんな事が出来るはずがない。
故に、僕は恐ろしいほどに上昇したその動体視力で相手の攻撃を見てから、防御行動に移っているのである。
相手の攻撃がどう来るか見てから行動を起こしても間に合うほどに、自分のステータス自体が底上げされている。多分、純粋な戦闘力ならば、吸血鬼よりも異常なまでの回復力を持つ今の僕の方が優れているのかもしれない。
少なくとも――今の僕が吸血鬼に劣っているとは思えない。唯一劣っている所は、圧倒的な実戦経験の差。
吸血鬼はステータスの差を経験値で埋めている。攻撃を見てから対応する僕にとって、フェイントは苦手なもので、フェイントに対応すれば、本命の攻撃への対処が間に合わないのである。
――傷は直に回復するのだが。
相手のローキックをローキックで返す。激しい衝撃が両者の脚を襲うが――――打ち合いになれば回復力で直に傷が回復する僕の方が有利だった。
吸血鬼は蹴りに使った右足を下げて左脚を上げた。また蹴りか――と身構えた僕の顔面に向けて吸血鬼の右こぶしが迫ってくる。一瞬反応の遅れた僕だったが間一髪のところで左手の甲で吸血鬼の拳を受け止めた――があまり衝撃が無い。それもそのはず、この攻撃にそこまで威力を求める必要が、吸血鬼にはなかったのだ。これもまた、おとりだった。本命の、先程上げた左脚が僕の腹にめり込んだ。
吸血鬼は僕の腹から足を引き抜いて、両足で僕を挟み込み、そのまま半回転して僕を地面に叩きつけた。だが、僕は間一髪両腕で地面を抑えるようにして顔面から地面に墜落するのを避けた。
吸血鬼は僕を挟み込んでいた足を放して腕だけで教会の天井まで跳び、重力を無視するように天井を駆けた。
僕もやられっぱなしなわけではない。僕は咄嗟に起き上がって、天井を走る吸血鬼に向かって火球をドッジボールを投げるようにして投げつけた。
もっとカッコいい撃ち出し方があるのかもしれないが、これが一番しっくりくる。というか、他に思いつかなかった。
――しかしその火球は吸血鬼にかすることなく教会の天井にぶち当たった。これもほかの炎と同じく、ターゲット以外にはダメージが無いようで、天井には焦げ後一つ残らない。 便利なものだ。
そんなことを思っている間に、吸血鬼は壁を蹴り、僕の後頭部に蹴りを入れた。
――油断した。くそっ!
そのまま空中で手首を鎌の様にまげて僕の額に叩きつけた。二度の衝撃が僕の頭部を襲い、バランスを崩したものの僕は倒れることなく、崩れた体制のまま空中の吸血鬼の腹を右手ではらうように殴りつけた。
何ともいえない破砕音が響いて吸血鬼が弾き飛ばされる。
ありえない速度で壁に叩きつけられた吸血鬼は壁を破壊して半身ほど体を壁に突き刺すような形で、止まった。その上に、割れたコンクリートが降り注ぐ。
――――どうやら、回復力だけではなく、一撃で吸血鬼に大ダメージを与えられるほどに、僕は強化されていたらしい。




