第12歯 不死鳥男と吸血鬼
「きゃあああああああっ!」
苦しそうなメイの悲鳴が小さな教会に響き渡る。メイは自分の腹に突き刺さった鎌を引き抜こうとするが、鎌に血がついて滑るのか、抜けない。
「メイ! ――てめぇ! ぜってぇ許さねぇ! 殺してやる!」
僕は既に動かなくなっていたはずの脚を無理やり動かして、怒りに任せるように吸血鬼に突進した。
吸血鬼は無様なメイの顔を一発蹴った後、壁が崩れ落ちて露わになった細い鉄筋を引きちぎった。まるで木の枝を折るように、鉄の棒をいとも簡単にへし折った。それを僕に向けて投げつけた。
自分に迫ってくる鉄筋を、やはり目でとらえることが出来ていたが――僕の体は、思うように動いてくれず、避けることが出来ずにその鉄筋が僕の腹を貫いた。
ずぶりと、僕の腹に冷たい鉄の棒が突き刺さり、痛みと同時に大量の血が噴き出す。
「ぐあああああああああああ!!」
僕の腹のからどくどくと大量の血が失われていく。血が足りないというのに。
僕が痛みに悲鳴を上げていた時――メイの腕は、脱力したようにパタンと床に落ちた。
メイ――メイ――!!と、叫ぼうとしたのだが、僕の喉からは、しゃがれた声がかすかに出ただけであった。
「人間以外の男と死神の少女よ。今宵は楽しませてもらった。礼と言うわけではないが、私が貴様たちの最後を見ていてやろう。光栄に思いながら――死ね」
吸血鬼はそう言ってカツカツと僕達から離れて行った。
「メイ! メイ! ――今助けるから! 畜生!」
自分の腹に突き刺さっている鉄筋を無理やり激痛にも構わず引き抜いて、その辺に投げ捨てる。
血が、一向に止まる気配がない。意識も朦朧として来た。僕はそろそろ死ぬだろう。そんなことにも構わず、ふらふらとメイの方へ向かう。メイは口から、腹から血を流して、うっすらと目を開けて僕の方を見た。
「すいません……助けること、できませんでした……でも、せめて……燈火さんと一緒に ……死にますから」
メイは、にっこりと、微笑んだ。
やめてくれ――メイ――そんなこと、言うな。僕にこれ以上責任を負わせないでくれ。僕の所為で、3人の女の子が死ぬんだぞ?ふざけるなよ――
自然と、僕の眼から涙が出てきた。
メイは静かに僕を見つめていて、僕の中にいる少女――ウィンドは、何も喋らない。僕にすべてを任せているようだった。いや、違う。どちらかと言えば、楽しんでいる。……何かを待っている?
いや、それよりも僕はどうすればいい?最悪な最後は嫌だ。責任だらけで死ぬのは嫌だ。僕のせいで、他人が死ぬなんて。
「僕が悪かった。僕が弱かったばかりに、メイ、君まで……」
泣きながら、メイに謝った。
「いいですよ ……燈火さん……でも……最後に……」
メイは両手で僕の顔を挟んで、僕の頭の角度を調整し、目を閉じてゆっくりと僕の顔をメイの顔に寄せた。彼女の顔が徐々に僕に近付いてくる。僕の唇とメイの唇が、触れた。温かくて柔らかくて――血の味がする唇。
「これで、満足です……」
にっこりと微笑んで、メイはゆっくりと僕の顔から両手を離した。
「さようなら、燈火さん……」
メイは僕と唇が触れた時と同じ顔のままで、僕にそう言った。
メイの胸から流れる大量の血が、床にどんどんどんどん広がっていく。
どんどんどんどんどんどん、紅く紅く紅く、床が染まっていく。
「ゴミが、泣かせてくれるじゃあないか」
楽しむ様に、吸血鬼がひくく笑った。
ゴミと言ったか?こいつ。僕はゴミと言われても仕方がない。だが、メイはゴミじゃない。ゴミ何かのために、命をかけてくれた女神だ。それを、ゴミと呼んだな?
僕の中でぶつんと何かが音を立てて、切れた。
それは僕の、堪忍袋が切れた音に聞こえて、化け物を封じている鎖が切れた音にも聞こえた。
僕の心の中で、何かが暴れていた。説明のしようのないほど純粋で巨大な怒り。
僕は今、怒っている――――
吸血鬼に対して、これほどと無い怒りを覚えている。
自分勝手かもしれないけど、僕が倒さないと気が済まない。自分の妹を、友達を殺そうとした奴を許せるほど、僕はそんなにできた人間では無い――――いや、既に僕は人間では無いのだから。
以津花の為にアイツを退治する。いや……今はそんな綺麗な言葉で取り繕ってもしかたがないな。アイツを殺す。
僕はアイツを殺すためならば、化け物にだってなってやる。メイ、以津花、お前達を護るためならば、僕は喜んで、化け物になってやろうじゃないか。
――――怒りに任せるようにして、僕は、受け入れた。化け物を。不死鳥を。ウィンドを。自分が、化け物になることを、受け入れた。




