第11歯 死神娘と吸血鬼
「分かったか。男よ。高貴な吸血鬼に勝てるわけがないと。私逆らったことを、後悔しながら死んでゆけ!」
吸血鬼が手を振り上げた。僕の脳髄を叩き割るつもりなのだろう。終わりだ。僕の負けだ。動けない。避けることが出来ない。
先程までよりも、呼吸が楽になっているということは、ある程度回復し始めているということだろうが、脳髄を叩き割られたら回復が追いつかない。死ぬ。
「以津花……ごめ……ん」
僕は、最後の力を振り絞って、謝った。吸血鬼に許しを請うのではなく。妹に謝った。僕が助けられなかったから、コイツを倒せなかったから、以津花は一生吸血鬼なのだから。どうやっても責任を取ることは出来ない。いずれは以津花は縄をほどき、人間を襲い始めるだろう。そうなれば、僕1人の命で責任を取ることなんてできない。いや、自分の命と他人の命は違う。他人の命の責任を自分の命で取ることなんて、はじめからできたしない。
僕を見下している吸血鬼の眼を見ていたくなくて、僕は眼を閉じた。ウィンドにも謝らないと。僕の所為で、また、彼女も死ぬのだから。
ゴッと音がした。
一瞬、僕の頭が粉砕された音かと思ったが、何時まで経っても、痛みが無い。意識が消えない。
うっすらと目を開けると、そこには白いワンピースに黒いローブを羽織った、大きな鎌を携えた銀髪の15歳くらいの少女が――メイが立っていた。メイもまた、僕を見下ろしていたが、吸血鬼とは違い、見下してはいなかった。あくまで僕を対等な存在として見てくれた。こんなぼろ屑みたいな不死鳥を。
――妹を傷付けた吸血鬼1匹も倒せない駄目な男を対等に見ていてくれた。
「どうも」
「吸血鬼は……?」
「蹴りました」
メイは少し離れた壁を指さした。吸血鬼は壁を破壊して、瓦礫に埋まっていた。大したダメージは無いようだが。
「何勝手に死のうとしているんですか気持ち悪い」
「お前だって……僕が死んだ方がいいんじゃないか?」
「まだ、あの時かりたハンカチ返してませんから」
メイは、僕の上にキャンプの時にかしたハンカチを血だらけの僕に見せた。別に、家のものだから、返してもらわなくてもいいんだけどな。どうせメイは居候なんだし、洗濯機にでもいれといてくれればいいのに。
「黙って家を飛び出して、妹の為に死ぬまで戦うなんて馬鹿ですかあなたは」
メイが、呆れたように呟き、しゃがんで僕の顔をハンカチで優しく拭いた。
「でも、そんな馬鹿な所が――大好きなんですよね」
メイは初めて優しい笑顔を見せて、右手で僕の頬を軽く撫でた。それから立ち上がり、吸血鬼の方を向いた。冷たい目で、睨んだ。感情が表情にあまり現れないメイが、怒っていた。
吸血鬼はむくりと起き上がると、怒りに満ちた目でメイを見つめていた。
あれ?僕何気に告白されなかったか?……いやいやいやいや。気のせいだ。LOVEじゃなくて、LIKEの方だろう。――いや、やっぱ告白されたってことにしておこう。その方がうれしいし。僕だって男だし。
「貴様……私に傷をつけたな……それなりの覚悟はできているんだろうな?」
「あなたこそ、燈火さんに酷い事をして……l微塵切りどころじゃ済みませんよ」
ひき肉にしてあげます、と言ってメイは、鎌を構え、腰を低く落とした。吸血鬼はメイが戦闘態勢に入ったのを見ると、地面を蹴った。
一瞬でメイの眼の前までに接近して大きく腕を振りかざし、吸血鬼の腕がもげてしまうのではないかというほどの速度で、乱暴に吸血鬼は腕を振るった。
メイは軽くしゃがんで大ぶりのその攻撃をかわすと、自分の横を通り過ぎていく吸血鬼の腹に鎌を突き立てた。
吸血鬼の体が、上半身と下半身に分断される。
勝った――と僕は思ったがメイは舌打ちをしてジャンプしてその場を離れた。次の瞬間、吸血鬼の下半身が爆発した。いや、爆発ではない。大量のコウモリが四方八方に飛び立った。メイの肩に、ふとももに手のひらサイズの大量のコウモリたちがかぶりつく。
「くっ……」
メイは鎌で大量のコウモリたちを叩いて、斬って、軌道をずらすがさばき切れていない。何匹ものコウモリが彼女の綺麗な肌を傷つけた。
情けない。僕は何をやっているんだ。女の子に、あんな危険な奴と闘わせて。――でも。それでも僕の体は動いてはくれなかった。まだ回復が十分ではない。
メイの後ろに大量のコウモリたちが集まって、吸血鬼が現れる。
「しまっ――――」
吸血鬼が、メイに向かって上段回し蹴りをした。メイは、顔の横で両腕をクロスさせてその攻撃を防ぐが、踏ん張りきれなかったのか、後ろに弾き飛ばされる。
くるりと空中で一回転をして、地面を滑るように着地したメイだが、攻撃が効いたのか軽く顔をしかめていた。
吸血鬼はメイが立ち上がるのも待たずに、メイに向かって高速で接近し、メイの腹に向かってパンチを繰り出したが、メイはパンチが自分の体に届く前に、軽く体を地面から浮かして吸血鬼の顎に強烈な蹴りを決めた。
ふらふらとしている吸血鬼の腹に、メイの得意技の跳び蹴り。吸血鬼は後ろ足で踏ん張り自分の体が吹き飛ぶのを耐えた。自分の腹にめり込んでいるメイの脚を掴んで、僕に向かってぶん投げた。
「きゃっ!」
僕の隣にメイが倒れる。吸血鬼は素早く移動しメイの腹を踏みつけた。
「くはっ……」
そして、メイの腕から鎌を奪い取ると、鎌の尻……つまり、鉄の棒をメイの胸と胸の間、体の中心部――メイの心臓に突き刺して、メイを地面に縫い付けた。
彼女の悲鳴と僕の怒声が小さな教会に響き渡った。




