第7歯 不死鳥兄と自慢の吸血妹
「ウィンド、以津花は……どうすれば元に戻る?」
足が震えて立つことが出来なかったが、回復が始まり、何とか立てるようになったので、壁を使いながらふらふらと立ち上がる。いつもなら周りからの視線も視野に入れて、基本的には頭の中でウィンドと会話をしているのだが(とはいえ、一日中一緒にいる僕達だが実際そう一日中、会話し続けているというわけでもない)やはり頭の中で会話をするというのはどうしても集中力がそがれるため、集中を以津花に向け、素早い攻撃に対応して回避しなくてはならない今の状況では、口に出して会話をするしかなかった。
幸いなことに、この廃ビジネスホテルの前には人通りも少なく、人の目を気にする必要もない。
というか、人の目がある場所で女子中学生に男子高校生が体が変形するほどの攻撃を受け続けていたら警察がくるっつうの。
そうこうしているうちに、体の痛みは既に無いといっていいほどに回復していた。
全く、傷が一瞬で回復するのを見るたびに自分が化け物だということを実感して嫌な気分になる。
とはいえ、この能力が無ければ僕はこの場にいないだろう。第1話――て、何の1話だよっ!て、ことになるが、そんなもんで死んでると思う。気
いったい何回死んだのだろうか。軽く見ても赤い帽子をかぶった配管工のヒゲオヤジのGAMEOVER画面を見る事が出来る以上の死亡回数だろう。
僕がヒゲオヤジについて頭の中で語り始めた時、以津花が地面を蹴った。
「ッ――!」
喉元を持ってかれた。悲鳴を上げることが出来ない。鋭い爪は僕の首の肉を切り裂き、動脈に傷をつけた。首から血がびゅうびゅうと噴水のように噴出してくる。あまりの痛みに、傷を抑える事も忘れて、追撃を仕掛けようとしてくる以津花の手を振り払い、距離をとる。全く、何てことだ。これじゃあ何の為に口に出してウィンドと会話したのかわからないじゃないか。
とは言ったものの、確かに相手の攻撃力は高いが、一発くらっただけで動けなくなるほどでもない。ましてや、今の僕なら、それこそ数十発単位で攻撃を受け続けない限りは、数秒で傷は回復する。そりゃあ確かに痛いが、首根っこの肉を切り裂かれたくらいでは、まだ死なない。それほどの回復力を僕は有しているのだから。
『いろいろ考えたが、お主の妹を人間に戻す方法は2つある』
「へぇ……」
少々遅れて、ウィンドに返事をする。
良かった。戻す方法が無いと言われたら、どうしようかと思った。このまま以津花をほおっておくわけにもいかないが、僕が以津花を――殺すことなんて出来るわけがない。
『一つは、吸血鬼になった人間を殺すことだ』
いきなりかよ。殺すことなんて出来るわけがない→殺せば元に戻る
なんつうコンボだ!
だが、それしか以津花の命を守るしかないというのならば、僕は殺さなければならないのか?
『無論、お主の妹の命は無くなるがの。死ねば吸血鬼ではなく、人間となる。――お主みたいに復活はせんがの』
駄目じゃんかー!元に戻った意味ないじゃないかーー!――って、まさかそれしか元に戻す方法が無いのか――?
『まあ、落ち着け。もう一つの方法は、コイツの主……つまりはこやつの血を吸った吸血鬼を、殺すことだ』
また殺す――か。今度は相手が吸血鬼だからよかったものの――どうやら、後者をとるしか方法はないな――どちらにせよ、戦闘か。て、選択肢なんてあるようでないから、どちらにせよ、と言う言葉は少々おかしいが。
『それはともかく、こいつを大人しくしなければ話にならん』
「どうすりゃいいんだよ……」
そう。僕に攻撃を仕掛けてくる以津花を止めなければ、吸血鬼を殺す事なんて出来ない。以津花を大人しくさせないと。
『不死鳥の治癒スキルを妹に使えばなんとかなるかもしれん』
「んなもんで直せるのかよ?」
使ったことはないが、不死鳥は自分への治癒能力のほかに、他人への治癒スキルも持っているらしい。
て、それじゃあせっかく以津花に与えたダメージを回復させてるだけなんじゃないか?
『フルパワーの不死鳥の400分の1程度の力しかない今のお主では、自我を取り戻させることで精いっぱいだろうが、出来ないことはない』
「そうかよ――っと」
とびかかってきた以津花の攻撃をその場にあおむけに倒れるようにしてかわす僕。
てか、まだMAXじゃないのか、僕の力。これで400分の1なんて――ったく底知れないな。まあ、この前の河童の時のウィンドの事を考えると、それも納得はできるが。
河童――僕が苦戦していた相手を、ウィンドは軽くあしらい、相手を数秒もかけずに灰にした。
――あまり思い出したくはないが。
でも、僕が不死鳥の400分の1の力で河童と戦っていたってことになると、ウィンドは僕400分の399強いってことになる計算だけど、あの強さ、あれはそこまで戦闘力差を感じなかったけどな。
「――て、ことは僕も100パーセントの力を使えるようになることがあるのか?」
『お主はどこかで自分が化け物になることを受け入れておらん。だから、まだ左腕だけなのだ。だが、それでいいのかもしれん。多分、1年は不死鳥で過ごさんと、体が慣れてなくてこれ以上の力には体が耐えられんかもしれんからの。それに――受け入れなければ完全に化け物になる心配もない』
「――それは結構なことだ。それは置いといて、以津花を人間には戻せないが、治癒スキルを使えば何とかなるってことか」
『うむ。だが、急がんとお主の妹は――今は吸血鬼なのだから、太陽に当たると死んでしまうぞ?」
ああ。そうか。じゃあ、ニンニクや十字架も駄目なのか?――弱点が多いな、吸血鬼。だが、確かに急がなければ、以津花は死んでしまう。夜明けまでに戻さなければ――
――どうやら僕は、吸血鬼とガチバトルをしなければならないらしい。10時間以内に。
何を合図にしたか、以津花が、急に地面を蹴った。
僕はその攻撃をかわそうと横に飛んだが、以津花の腕が、脇腹をかすった。
他人への回復能力――この左腕で、相手を触るだけで発動する便利な能力だが、僕が以津花を敵と認識していれば。以津花は灰になってしまうだろう。以津花を――許さなければならない。どんなに体をボロボロにされても、以津花を恨んではいけない。
意識を以津花に集中させる。このままかわしていても駄目だ。ちょこっと触れるだけじゃ、以津花は戻らない。もっと長く――抱きしめるくらいはしないと。
ポウと、僕の瞳が紅く輝いた。不死鳥の目で、以津花の動きがこれまでよりも見える。
以津花は、僕に向かって、とてつもない速さで突進してきた。動きは至極単純。直進し、すれ違いざまに僕の体を引っ掻いたり、殴ったり、蹴ったりするだけなのだが、その単純な動きですらも、人間の目で追えないほどに速い。――しかし、今回僕はここで何度もやられるわけにはいかない。出来るだけ体力を残して、ヴァンパイアと闘わなくてはならないのだから。
ゆえに僕は視た。不死鳥の目で以津花の動きを。――以津花の動きを見て、一瞬で決める。
僕は、腰を落として、ゴールキーパーのように構えた。このまま受け止める。
自分にとびかかってきた以津花の両肩を横から抑え込むようにして受け止めた――正確には受け止めようとしたが、以津花は止まらず、僕の腹に以津花の頭がめり込んだ。指が何本か変な形に曲がっている。それでも止めることは出来なかったが、速度を殺すことは出来たようで、僕は何とか踏ん張ることが出来た。
そのまま、僕の腕から離れようともがく以津花を、おもいきり抱きしめる。
戻ってくれ――以津花――!いつもの、優しいお前に――僕の自慢の妹に――――
以津花の肩をもっている僕の左腕から、キラキラと緑色の光がこぼれてきた。以津花の眼が、徐々に真紅の吸血鬼のものから、人のそれへと変わっていく。
戻った――
「おにいちゃ――」
以津花は、目に薄く涙を浮かべながら、僕を見た。助けを求めるように――
「以津花――!」
以津花は、そのまま、かくんと脱力したように気絶した。以津花の八重歯は、まだ長く、以津花の爪は、まだ鋭い。それでも――その吸血鬼となった妹を――僕の自慢の妹を、僕は強く抱きしめた。