第3歯 不死男と幽霊ホテル
「あ。燈火さん。こんにちはー」
「ああ。奇遇だな、魚住」
肝試しの約束の日の学校からの帰り道、僕は魚住人美と出会った。部活の帰りなのだろうか、髪がしっとりと濡れている。
「燈火さん、この前はありがとう」
ぺこりと頭を下げる魚住。
「礼なんかいいって」
「え? お礼はとっても大事だよ? ちゃんとお礼をしなければ、何をされても文句は言え無いって聞いたから」
オイ。ちょっと待て。
「……それは誰から聞いた?」
大体予想はついているけど。
「須藤さん」
「やはり犯人はアイツか!」
「そういわれた時は、これを渡せっていわれたけど、コレ、なんだろうね?」
ポケットからギザギザの切り口のついた袋に入ったリング状の物体をだす。コレはまさかあの、性行為の時にスタッフに装備するアレじゃないか!
なんてものを純粋無垢な女子中学生に渡しているんだあの変態野郎!
「それをよこせ」
「? わかった」
女子中学生からアレを受け取る男子高校生。完全にアウトです。どうもありがとうございました。
「ほかに須藤からもらったものはあるか?あったら全部出せ」
「えーっとねぇ……」
バッグからいくつか、表現できないような卑猥なアイテムがボロボロと出てくる。須藤には説教が必要だ。マジで。
それらをすべて受け取り、自分のバッグの中に詰め込む。これは職質を受けたらアウトだな。
僕はその危険な物体をカバンに入れたまま、魚住と別れて、家に帰った。
「お帰りなさい」
「おう。ただいま、メイ。後でちょっと出かけてくるから、夕飯に遅れるかも」
「わかりました」
それだけ告げて僕は着替えて少し横になった。約束の時間まで、少し眠ることにした。
集合場所である、廃墟の前に僕が着いたときには、井口は既にそこにいた。
井口はおとなしめの色のワンピース。
私服姿の井口は初めて見るが、なるほど、なかなか可愛いな。
「あー。鬼冴三君おそーい。遅刻だよー」
「約束の時間の10分前なんだから遅刻じゃないだろ。……でも、まあ、女の子1人でこんなところに待たせちゃったのは、謝るよ」
ほんとにすまないと思う。人通りの少ない廃墟の前に女の子一人はいくらなんでも危険すぎる。集合場所をここにしたのは僕のミスだったけど、何もなくて良かった。あったら僕は終わりだ。責任を感じて自殺してしまうかもしれない。最も、スカイツリーから飛び降りた所で僕には無駄な行為なのかもしれないけど。
建設途中のビジネスホテル。入り口には立ち入り禁止のフェンスの残骸が残っている。多分、誰かが壊したのだろう。
近くで見ると嫌な感じがする。本当にいるんじゃないか?
『おや? 面白そうなところに来ておるのう』
ウィンドが頭の中で話しかけてくる。
――なんでだよ。
『こんなに嫌な空気が溜まっておるのに、気付かんのか? 嫌な気分はしておらんのか?』
言われてみれば確かに嫌な気分がするが、これは多分幽霊とかに対する恐怖なのだろうと思っていた。
――え?じゃあ、いるのか?ここに。
『間違いなくおるだろうの』
「どうしたの鬼冴三君、真剣な顔をして。怖いの?」
井口が黙っている僕の顔を覗き込んでいった。
「いや……入ろう」
「うん」
ビジネスホテルの中はそこら中落書きだらけかと思っていたが、落書きはほとんどない。あるにはあるんだが、無法地帯ってわけでもなさそうだ。
「ここがフロントかな?」
「そうだな。んなことより上に行こうぜ」
僕はなるべくフロントのカウンターに目をやらないようにして階段に向かおうと歩を進めて、くるりと回れ右をして横の非常階段のドアに手をかけた。
フロントには青白い、裸の5歳くらいの男の子が恨めしそうに僕達を見つめて、階段には、7歳くらいの髪の短い少女。トイレの花子さんみたいな少女が僕を見下ろしていた。
非常階段のドアを開いた僕は開ききる前にバタンと閉じた。
人形のような3歳くらいの女の子が僕に手を伸ばしてきたから。
ふざけんなよ。多すぎだ。この辺りの死神サボりすぎだろ。帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい。怖すぎるって。
『うるさいのう。そう怯えるな。あの娘には見えておらんようだから、大した力は無い。人間に見えないような力しかない奴に、人間は殺せない。今の状態のお主でも、相手にすらならんぞ』
勝てる勝てないの問題じゃねぇよ!こわいもん!すっごく怖いもん!相手が子供でもこわいもん!
「どうしたの鬼冴三君? 幽霊でもいたの?」
井口は全く怖がっていない様子で、凄くキラキラした笑顔でこちらを向いて、懐中電灯で僕を照らした。ちなみに僕は不死鳥の力なのか夜目がきくので懐中電灯は持って来ていない。
「あれ? 懐中電灯持っていないの?」
「いや、別にいらなかったから」
「こんなに暗くても見えるの? 凄いねー! じゃあ、上に行こうか!」
井口はスキップをしながら階段を上って行った。花子さんの隣りを通って。井口のスカートの中が見えたが、僕の眼はそちらよりも花子さんにくぎ付けだ。怖すぎる怖すぎる。あれの隣を通るのか――!?
結局、僕はビクビクしながら花子さんの隣を通って、2階に上がった。井口の後を追って進むと、くぃっと足を何かに掴まれるような感覚……掴んでる掴んでる掴んでる掴んでる掴んでる。非常階段にいた人形みたいな少女が僕の脚を掴んでる連れてきちゃったどうしようどうしようやめて引っ張るなうぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
自殺のあった屋上まで階段を一直線に駆け上がった。屋上にたたずむ血だらけの女を見て、すぐに逃げ帰ったけど。
「あははー。鬼冴三君て怖がりなんだねー。おもしろーい」
恥ずかしい。でもアレは無理だって。不死身だって怖いもんは怖い。てか、マジで幽霊多すぎだってふざけんなよ働け死神。この街の幽霊全部あの廃墟に集まってるんじゃないかってくらいの幽霊パラダイスだった。
「あれ? もしかして本当に怖かった?」
うん。本当に怖かった。不死鳥よりも、不良よりも、死神よりも、河童よりも。今のが一番怖かった。マジで。
「ごめんねー。突き合わせちゃって。こういうの苦手なんだー? そうは思えないけど」
「・・・」
見えないなら怖くないけど!見えるんだぜ?見えたんだよ!怖いって。
「じゃあ、私はこっちだから。ばいばい」
井口は明るい笑顔で僕とは逆の方向にスキップで帰って行った。その後ろ姿に何か嫌な予感を感じながらも、僕は自分の家へと帰っていった。