第2歯 不死身男といじめっ娘
次の日、僕は少しだけ学校へ行くのが楽しくなった。友達が一人増えたからだ。須藤とはクラスが違う為、あまり会うことは無いから、自分と同じクラスに友達がいると言うのは嬉しいものである。教室のドアを開けて教室に入ると、見慣れた風景が目に映る。カバンを自分の席に置いて井口幸子に声をかけた。
「よ。おはよう」
本を読んでいた井口はぱあっと顔を輝かせて本を閉じて僕に返事をした。
「あ、鬼冴三君、おはよう」
井口の席の隣の窓に、もたれかかるようにして、井口の顔を見る。
井口はとても嬉しそうに、にこにこしながら僕に昨日のハンカチを渡した。
「ねえ、鬼冴三君、吸血鬼の噂って知ってる?」
「吸血鬼ドラキュラみたいな奴だろ? 話くらいは聞いたことあるけど」
「うん。なんかね、私たちの街に吸血鬼が出たらしいよ」
「はっ。吸血鬼なんているわけが――――あ」
いるわけがないとはたして僕が言えるのだろうか。僕という存在(不死鳥)がいる限り、吸血鬼がいないなんて言えない。いないと言ってしまえば、それは今の僕にとっては、自分の存在を否定することに等しい。
「? どうしたの?」
井口が首をかしげる。言い方はアレだが、貞子を連想させる長髪で、あまり顔は見えないのだが、井口はそこそこ可愛い。首をかしげてちらりと見える顔が何ともいえない。
「いや、なんでもない。――吸血鬼か。興味深いな。僕は聞いたことがないけれど……どこでそんな噂を?」
僕は噂を手に入れる方法がないだけなんだけどね。須藤は噂なんて持ってこないし。持ってきたとしてもエロ方面だけだ。井口には悪いけど、僕と同じで友達が少ないから井口も噂を手に入れる方法なんてないと思うんだけどな……
「ちょっと立ち聞きしたんだけどね」
なるほど、その手があったか。盲点だった。
「えっとね、昨日のクレープ屋の近くの林の中に使われていない教会があるんだけど……」
ああ。確かにあったな。
「そこに住んでるんじゃないかって。一昨日、教会からコウモリみたいな翼を生やした人間が飛び立つのを見た人がいるんだって」
「ふぅん……」
それだけの情報では吸血鬼と決めつけるのにいささか不十分であるような気がするが、そこは噂。
「そういえば、ほら、あそこに廃墟あるじゃん」
話がいきなりかわった。ド田舎というわけではないが、ビルはほとんどなく、田んぼもそこそこあるちょ田舎(ちょい田舎の略でド田舎の派生形らしい。作 鬼冴三以津花)のこの街では、少し遠くの建物なら、学校の3階にある僕らの教室からなら見える。――僕に至っては、ちょこっと目を凝らすだけで山の斜面まではっきりと見えるんだけど。確かに、ここから歩いて5分くらいの位置に廃墟がある。飛び降り自殺があったから建設を中止したとか言われている小さなビジネスホテル。自殺があったのは本当だが、実際は建設が中止された後に自殺があったのだが。噂なんてそんなもんだ。
「あの廃墟がどうかしたか?」
「幽霊が出るらしいよ」
「そりゃまた興味深いな……井口って、幽霊とか妖怪とか、好きなのか?」
「まあ……うん。好きだよ」
そりゃそうか。吸血鬼と幽霊の話しかしていないもんな。
目の前にいる男がその仲間だと知ったら一体どんな反応をするのか少し気になったけど、下手にこの事を言いふらされる訳にはいかないし、自分のコンプレックスを暴露するのはやっぱり気持ちのいい事では無い。
そこは黙っておくのが吉。
「ふぅん。その廃墟、今度覗いてみるか?」
冗談のつもりで言ったのだが、井口は本気にしてしまったらしい。
「うん! 行こ行こ! 何時がいいかな?」
なんだと!?友達とはいえ彼氏でもない男と一緒に廃墟に行くというのか!?ちょっと不用心じゃないか?
「ん……じゃあ、まあ、来週の月曜日にでも……」
「わかったー。時間は遅い方がいいよねー。でも、私あんまり遅いとだめだから、7時くらいからかな?」
「検討しておく……」
こうやって話してみると、井口は話しやすいし、髪で隠れていて顔はよく見えないとはいえ結構可愛い。それに、髪もキチンと手入れされていて清潔感もあるし、いじめられるような奴ではないと思うんだけどなぁ。
「鬼冴三君、そういえば――」
僕達が話していると、僕らの隣に二人組の女子がキャーキャー騒ぎながら近付いて来た。
「あれ? 鬼冴三じゃん? アンタ、井口と仲良かったんだー? ハハッ。友達いない同士惹かれあったのー?」
「キャハハッ! マジウケるんですけどw」
最初に僕らに話しかけてきたのが茶髪ショートの霧原姫奈。やたらと語尾を伸ばす変な奴。
マジウケると「w」を連呼する金髪ロングの東間知美。
コイツらは、俗にいう不良だが須藤とは違うタイプで、タバコを吸い、王様ぶってるクセに自分では何もしない。僕が一番嫌いなタイプの生命体だ。
一方須藤は、喧嘩が異常に強く、喧嘩っ早い所があるが、授業には基本的に出席、たばこも吸わないし、根はかなりいいやつだ。エロいけど。
僕と出会ってからは殆ど事件も起こさなくなっている。
昔の須藤は機嫌が悪い時にぶつかったら命が無くなるほどだったが。
偏見なのかもしれないが、どうも僕はコイツらみたいな生命体が気に入らない。
別の学校の暴力的な不良グループとつるむことで、皆がそこそこビビっていることもあって自分では何もできないくせに、まるで神にでもなっているかのように調子に乗っている。
主な攻撃方法は精神攻撃。
使える魔法は魔獣(不良グループ)召喚。
と、いうところだろうか。
井口いじめの主犯格(というか、殆どコイツら。面白がってほかの奴らが参加することもあるが)で、どうやら僕が井口と親しげに話していたのが気に入らないらしい。
僕が須藤とつるんでいるのを知っている癖にからんでくるとはいい度胸だ。別に須藤は呼ばないけど。
どんなに不良が来たところで、勝てはしなくとも、僕は負けないから。
「なんだよお前等、邪魔をするな」
ちょっとイラッと来たので、きつく言い返してしまったのがいけないらしい。向こうも僕を完全に敵と見たらしい。
「は? マジウケるんですけどwウチら邪魔とかありえんしw存在そのものが邪魔なお二人さんwキャハハwマジウケるw」
「チョー生意気ー。マジムカツクんですけどー」
うぜえ。ウザすぎる。お前らの方がむかつくんですけどー。もうコイツ等化け物扱いでいいんじゃないか。化物なら仕方ない。倒すしかない。
霧原がてくてくと歩いて黒板消しを二つ持ってきた。
そして僕と井口の顔の前でパンパンとはたく。チョークの粉が舞う。
中学生かお前等は。中途半端な攻撃してきやがって。あれ?でもコレ以外に効くぞ。喉痛い!咳が出る!
井口はこんな攻撃でも完全にビビってしまってぷるぷると小さな体を震わせて怯えていた。
「あれー? サムイのー? 井口ちゃぁ~ん?」
「マジウケるwじゃーあたしが温かくなるような言葉書いてあげるよww」
ポケットから油性ペンを取り出してキャップを外す東間。そのまま井口の顔に何かを書くつもりなのだろう。井口の頭を掴んで上を向かせてペンを近づけていく。
それは流石にやり過ぎだろう。僕は東間の手からペンを奪い取った。
「は? 何すんの?」
驚いたのか「w」を付けずに言った東間。
僕はそのまま油性ペンをゴミ箱に投げ捨てた。うまく入らなかったけど。
それを見て東間は狂ったように叫んだ。人間の言語を使って欲しいものだ。90パーセント以上が聞き取れない。王様気取ってたこの二人組は反抗されることなんて考えてもみなかったのだろう。
狂ったように叫びながら教室から出て行った。
「鬼冴三君……ありがとう……でも……いいの?」
心配そうに僕を見上げる井口。
「気にするな。どうして?」
「だって……霧原さんと東間さんにそんなことしたら……酷い事されちゃうよ」
「大丈夫さ。僕はね」
酷い事ねぇ。僕は随分と酷い目にあってきたから、人間が起こす酷い事なんて大丈夫だろう。どんな過激派でも、僕は大丈夫。たとえナイフで刺されても、その程度なら僕は大丈夫なのだから。
突っ込みの度に僕の四肢を切り落とす死神に、僕の財布のお金の80パーセント以上をチョコレートに変換する不死娘とかと僕は生活しているわけだし。
その程度でお前の苦しみが少しでも軽くなるのなら、僕はお前の痛みを、この不死身の体で、全部受け止めてやる。