第1歯 不死男と独りの娘
新章開始です。今回は無駄な話が多いかもしれません。と、言うのもこの章はあんまり書いていない学校生活を本筋に入る前にちょこっとだけ書いてみようかと思いまして。
この章と関係無いじゃないか!と思うかもしれませんが、独立させるわけにもいきませんので、この章に吸収させました。
ではヴァンパイア×イツカ。本題に入るまでの無駄な数話も含めて、お楽しみください。
僕のクラスの女の子、井口幸子は教室の片隅で本を読んでいる女の子だった。髪は顔が見えないくらい伸びていて、貞子を連想させるような髪型。痩せ形で、背が小さく、そして口下手な事もあり、クラスの一部の女子にいじめられていた。
存在そのものは知っていたが、当時の僕は自分の弱さを盾に逃げていたので、井口幸子がいじめられていても、見て見ぬ振りをしていた。僕がウィンドと出会う少し前に、そのいじめは収まったように見えたが、どうやら、そうではなかったようだ。僕は今、それを知った。
僕が忘れ物を取りに教室に戻った時、彼女は教室の窓際の隅に置いてある自分の机を泣きながら消していた。髪の毛で顔はよく見えないが、震えている肩の状況からみて、泣いているのだろう。ひくっひくっと言う小さな泣き声も聞こえる。
時刻は午後六時ちょっと前。
僕が忘れ物に気付いたのが須藤と校門前でいつものように漫才をして、家に帰ってテレビを見ていた時なので、大体彼女は一時間弱の間、一人で教室に残って机を拭き続けていたことになる。自分がいじめられていることを知られないようにと、必死に机の上の酷い落書きを消しているのだろう。
僕の席は窓際から一つ内側の列の真ん中なので、井口とは遠い位置ではない。
僕が教室に入って数歩歩くと、井口は僕に気付いたらしく、雑巾で落書きを隠すようにし、教室の隅にきゅっと身を寄せた。いじめられっ子だからなのか、頑張って僕の邪魔になるまいとしているみたいだったが、元々井口は邪魔になるような位置にはいない。きっと彼女をいじめている女子はあえて井口の方に行って、井口を邪魔だのウザいだの罵るのだろう。彼女は僕にも怯えているようだった。
そんな彼女を見ていられなくて、僕は井口に近付いた。井口と机をはさんで向かい合う形になる。井口は自分は何をされるのだろうかとぷるぷると小刻みに震えながら手を胸の前で交差させて身を守るような姿勢をとっている。
心底、自分に近付いてきた僕に怯えているようだった。
僕は、何も言わずに自分のポケットからハンカチを取り出して、井口の前に差し出した。
僕がポケットから手を出した時、彼女はビクッと身をすくめたが、それがハンカチであることを確認すると、僕の顔とハンカチを交互に見詰めて、驚いたような顔をした。……前髪で顔が隠れて、よくは見えないけれど。
手を胸元で交差させたまま、僕の顔をじいっと見つめる。
「ん」
僕は彼女の右手を持って、ハンカチを握らせた。そして机の上に置いてある雑巾を持って、井口の机をごしごしとこすった。
「い……いいよ。私が、や……やるから」
「いいから、僕に任せろ。お前はそれで、涙拭けよ」
井口は、ありがとうと小さく言うとその場に座り込んで子供の様にわんわんと泣きだした。
薄くなってはいるが、油性ペンで書かれたのであろう「ウザイ」や「死ね」「学校くるな」「貞子」などと書かれた落書きは何度こすっても、机の上の汚れは一向に消える気配を見せない。
その時、教室のドアがガラッと空いた。何事かと思って入り口を見ると、須藤雷花がそこに立っていた。
「なんだ。女の泣き声が燈火の教室からするから、ひょっとして燈火が強姦でもしてるのかと思ってオレもしてもらおうと思ったんだが、なんだオレの勘違いか」
「嫌な勘違いをするな」
お前の中の僕のイメージはどうなっているんだ。
「何してるんだ?」
ずかずかと教室に乗り込んでくる須藤。井口は、泣いてはいたが、学園最強の女にひどく怯えているらしく、自分の鳴き声で須藤の機嫌を害さぬようにと教室の隅に丸まって声を小さくして僕のハンカチに顔をうずめて泣いていた。
「ん? なんだ。もしかして行為を追えたのか ? ダメだぞ。女の子を強姦するにしても、最後には快感の虜にせねば」
「お前は薄い本の読み過ぎだ!」
どこから拾ってきたそんな知識。
「……これは酷いな」
須藤は僕が拭いている机の惨状を見て、そんな呻きを漏らした。
「ああ。酷いだろ?」
「よし。今からコレを書いたやつを片っ端からボコボコにして――」
須藤が制服の袖をまくって腕をぶんぶんと回し始めた。
「やめろ!死人が出る!……それよりも、僕がお金を出すから、ちょっとその辺で落書き落としの洗浄剤でも買ってきてくれよ、スプレータイプの奴」
「おお。わかった。100本くらいでいいか?」
「お前は僕を破産させるつもりか!一本でいいんだよ!」
ただでさえウィンドへのチョコレート代で僕の財布は常にピンチだというのに。
「わかった。だが、燈火、お前も、オレと同じでエロ本を買いすぎて財布が厳しいんじゃねぇか? なんなら、オレが代金を払ってもいいぜ?」
……お前と一緒にするな。てかお前も買っているのか。その言い分だとかなりの量。
最近はウィンドの所為で買うお金が無くて過去の本を引っ張り出して読んでるよ。つか、お前もっつうことは須藤も金無いんじゃないか。余計出させるわけにはいかねぇよ。
「いや。女の子に金を出させちゃ格好悪いからな。僕が払うよ」
「おう! わかった。2分で戻る」
「頼んだ」
須藤はにこっと笑って、廊下を猛ダッシュで走って行った。須藤の姿が見えなくなると、井口がうずくまったまま涙のにじんだ目でこっちを見た。
「鬼冴三君、須藤さんと仲がいいんだ……」
アレ?知らなかったのか?結構その噂は広まったハズなんだけど。トイレに行くとトイレを譲ってくれるくらいには。
「根はいいやつだよ。ちょっとエロいけどな」
「そうなんだ……」
ちょっとうつむいてから、井口は僕の方を向いた。
「ねえ……鬼冴三君はどうして、私に優しくしてくれたの……?」
「別に。教室で女の子が泣きながら机拭いていたら、そりゃ助けるわさ」
「……でも、みんな私が泣いていても助けてくれないし……泣いてたら、ひどいこというし……」
「僕をそんな奴等と一緒にするなよ」
「ありがとう……」
井口は涙を拭く為に、前髪を持ち上げた。前髪で隠れていた顔があらわになる。
「うわっ……普通に可愛いじゃん。」
超絶美人とは言えないし、幼さの残る顔ではあるが、可愛いだろ。これは。
というか、思わず口に出してしまった。やっべ。超引かれてるんじゃね。
「そそそそそそそ……そんなことないよ。私なんて……」
井口は顔を真っ赤にしてあたふたしていた。 やべえ。超可愛い。
「おっほー! なんだ、可愛いじゃんか!」
須藤が言いながら、落書き落としのスプレーの入った袋を持って教室に飛び込んできた。 はやっ!
須藤は井口の顔をまじまじと見つめて、にやりと笑った。
井口は出来るだけ目を合わせないようにしていたが、顔を真っ赤にしてにやにやしていた。
「あ、ほら。コレだろ?」
「おう。サンキュ」
須藤から、レシートとスプレーの入った袋を 受け取り、レシートにかかれた金額を渡す。細かいお金がなかったため、須藤にお駄賃としておつりはあげることにした。
何気なく時計を見ると、須藤が飛び出してからジャスト2分。凄いなこいつ。
スプレーを井口の机に吹きかけて、雑巾で机を拭く。やっぱりよく消える。数分で、机の落書きを消す作業を終了させた。
「よし。終わったな。井口、立てるか?」
「うん……」
ゆっくりと立ち上がる井口。僕が渡したハンカチをポケットにしまい、「今度、洗って返すね」と言った。
「ああ。わかった。……そうだ井口、お前、門限、何時だ?」
「え? 特にないけど……なんで?」
「いやさ。暇なら、ちょっと遊ぼうかと思ってさ」
「なんだと? それは性的な遊びか!? よし。オレも参加しよう!」
スカートを脱ごうとする須藤。
「違う!」
全力で制止する僕。こんなところで脱がれてたまるか。須藤はスキあらば脱ごうとする大変な奴だ。
「本当に……いいの?」
そんな僕と須藤のやり取りを見ながら、そうつぶやく井口。
「いいも悪いも、僕から誘ったんだぜ?」
それを聞いて、井口はぱあっと顔を輝かせた。やべえ。超可愛い。抱きしめたい。
それから、僕達は三人で近くのクレープ屋でクレープを買った。僕のおごりで。
僕はアイスクレープとウィンド用のチョコクレープを、井口はチョコバナナ、須藤は僕を本気で破産させるつもりなのか、メガ盛りクレープという1500円もする大きなクレープを買いやがった。僕がおごると言う前から、それを食べると須藤は言い続けていたから、予想はしていたし、絶対買うと思っていたから別にいいけど。
「なんだ? やっぱりこれは高かったか?」
須藤が僕たちの三倍近くある大きさのクレープにかぶりつきながら言った。
「いや……元々お前ずっとそれを食べるって言っていたしな」
「むう……だが、なんか悪ぃな。そうだ、オレのおっぱい触るか?」
「それは是非揉みしだきたいのだが、そんなことでお前との友情が崩れるのは嫌なので遠慮する」
「遠慮するな。オレは胸を触られたくらいじゃ気持ちいいとしか思わない」
「ついに思うようになりやがった!」
そんな僕たちの漫才をみて、井口はくすくすと笑っていた。
それから僕たちはゲームセンターで遊んだ。須藤が欲しいとねだっていた馬鹿でかいクマのぬいぐるみを井口が一発でとったのを見て驚いた。てか、マジですごい。
井口は、ゲーム全般が得意らしい。てか、井口は勉強もかなり出来ていたはずだ。学年トップ10とまではいかないが、トップ50までには毎回いるような点数はとっているはず。それでゲームも得意とか反則だろ。
ちなみに僕はゲームは好きだけどあんまり得意じゃない。家ではよく、妹や姉(最近ではメイも含めて)と格闘ゲームやパーティーゲームを一緒にやることがあるが、大体は僕がビリである。アイツらは、コンビネーションプレイで僕を最下位まで陥れる。
最後に須藤の提案でプリクラをとった。井口は、出てきたプリクラを嬉しそうに見つめていた。こんなこと、初めてなんだろう。いや、僕も最近だけど。こんなに家族以外の人間と遊べるようになったのは。
井口を家まで送り、また今度、遊ぶ約束をして携帯のアドレスを交換した。彼女は、家族の名前しか載っていなかったアドレス欄に、僕と須藤のアドレスが追加されたのを凄く嬉しそうに見ながら、家に入った。
僕は、あんまり家に送る必要もないかもしれないけど男として一応須藤を家まで送って自分の家に帰った。