第6泳 不死鳥娘と恋河童
鬼冴三羽津花は魚住人美を車に寝かせて息を確認した。息はしている。心臓も正常に動いている。多少水を飲んでしまっているようだが、大丈夫みたいだ。
「大丈夫みたいですね。しかし、驚きました。溺れて意識を失っているのに、ここまで水を飲んでいないなんて……これなら、すぐに意識を取り戻すでしょう」
メイは以津花の方を向いで、泣きじゃくっている以津花の頭を撫でた。
「大丈夫ですよ。お友達は、すぐに目を覚まします」
「よかったぁ……よかったぁ……」
涙で顔をぐしゃぐしゃにした鬼冴三以津花は魚住に抱き着いた。すると、魚住がゆっくりと眼を開ける。
「あ……れ?ここは……」
「人美ちゃん!」
人美ちゃん人美ちゃんと言いながら以津花はギュッと魚住に抱きついた。
「……誰が、私を助けてくれたの?」
魚住は自分に抱き着いている以津花の頭を撫でて、羽津花に聞いた。
「おぉ。燈火だよ。以津花の兄貴。アタシの弟。そういや、まだ帰ってきてないな。どうしたんだアイツ?」
「燈火なら大丈夫だろ。少なくとも、簡単には死なない。オレが保障しよう」
須藤雷花が助手席から救急道具箱を持ってきた。
「そうですね。確かに殺しても生き返るような男ですからね。燈火さんは」
救急箱から消毒液を出して、溺れた時に切れたと思われるフトモモに消毒液を塗る。
「……これは?」
手首の後は、燈火が掴んでメイに投げた時についたものだろうが、魚住の足首には手形が、くっきりと残っていた。
魚住ははっとしたように自分の足首を確認して、羽津花の方を向く。何かに怯えるような顔で、羽津花を見つめていた。
「そうだ……夢じゃなかったんだ……私、泳いでいたら何かに掴まれて水に引きずり込まれたの……それで、私を掴んでいたの、河童だったの」
「河童? そんなの本当にいるのか?」
羽津花は信じていないようだが、須藤にもメイにも嘘でないことは何となく予想がついた。二人とも、燈火を知っているのだから。
――河童。山で溺れ死んだ子供は河童になる。そんな噂を聞いたことがある。私の担当地区ではありませんが、山が担当地区の人に話を聞た時、山にはいけない物がたくさんいるから、急いで魂を回収しないと化け物になってしまうなんて言っていた。
メイは車のドアを開けて外に飛び出た。
「危険ですから、絶対に車から出ないでくださいね」
「あ?どこ行くんだ?」
羽津花の問いにメイは答えず、川に向かって走っていった。
「スグに戻ります」
そう言い残して。
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遅いな……メイがアタシにすぐ戻るといってから、5分は帰ってきていない。
「河童」。そんなものを信じるつもりはアタシにはさらさらないが、メイの行動や魚住の怯えよう、そしていまだに燈火が戻ってきていないことから、アタシはすごく不安になった。
危険だから出てこないでと言われていたがアタシは車のドアを開いた。
ここから川の様子を確認するくらいなら、別にいいだろう。
「待て! いっちゃだめだ!」
須藤が、アタシを制止したが、アタシはそれを聞こうとはしなかった。だって、実の弟が溺れているのかもしれないんだ。見捨てるなんてできない。
靴を履いて、木と木の間をとおって河原に出た。燈火とメイを探そうと首を動かしたとき、それはアタシめがけて突っ込んできた。凶暴的な姿だったが、それは間違いなく河童だった。
「うわあああ!?」
アタシは叫んで尻餅をついてしまった。河童は、アタシめがけて飛びかかってきた。
――――――
畜生!間に合わない!
僕、鬼冴三燈火は走った。全速力で。ここから羽津花姉のいるところまで数秒だろうが、それでも河童が羽津花姉に攻撃する方が絶対早い!
河童の攻撃が羽津花姉にヒットする直前に、 河童の体はこちらに向けて吹っ飛んできた。
「須藤――――ナイス!」
須藤雷花が、河童を蹴り飛ばしたのだ。河童はかわすことが出来ずにこちら側に蹴り飛ばされて飛んできた。
「馬鹿! 危ないじゃないか!」
須藤は僕に怒鳴ってきた。やばい。多分、後で殺される。
僕が倒れている河童に攻撃をしようと構えた時、河童は飛び上がって、もう一度車に向かって走った。
何故だ。何故河童はそこまで車に向かおうとする?何かあるのか――――
『簡単なことだ。あの河童、多分襲われたあの娘……魚住だったかの? その娘に、恋しとるんだろうのう』
――は?化け物が人間に恋をするのか?
『フン。何にもしらんのだのう。山で死んだ人間の魂は化け物になりやすいんだ。山には化け物が多いからの。それに影響されるんだろうのう』
……河童は恋をしたのか。人魚姫に。
――なら、どうして殺そうとするんだ?好きな相手なのに……
『考えればわかるだろう?あの娘を殺して河童にしたいんじゃよ。……無論、そううまくはいかんと思うがの』
だから、魚住を殺そうとするのか。……間違ってるよお前。違うよお前。そんなことをしたら――駄目なんだよ。
僕は、おもいきり地面を蹴った。先ほどより速い速度で、河童に接近する。須藤にとびかかろうとしている河童の首根っこを掴んで、河原に向けてほおり投げた。
僕は河童に向かってとびかかった。
「お前、間違ってるよ」
グギャアと河童は声を上げる。僕の体を引っ掻いて僕から距離をとろうとするが、僕は河童を逃がすまいと右手で河童の右足を掴んだ。
右足だけ残して飛びずさった河童はバランスを崩す。
よろめいている河童の顔を、僕は左手で殴った。バキともゴキとも区別のつかない音が鳴り響いて河童が吹き飛ばされた。
「人を好きになったから――殺すのは違う」
河童は素早く受け身をとってスグに僕に向かって走ってきた。話を聞いてくれ!河童!お前も人間なら僕のいう事が――河童の攻撃をしゃがんでかわす。僕が攻撃をかわすと河童はチャンスと言わんばかりに一直線に車に向かって走った。
『本当に愚かだのう……』
僕の体から炎が飛び出してきて、僕の眼の前に赤い髪のツインテール少女が現れる。僕の腕は、化け物のそれから、人間のそれに戻る。
「ウィンド? 何のつもりだ?」
現れた紅い髪の少女の目的を問う。ウィンドが僕を睨む。ウィンドの燃えるように紅い目に睨まれて、思わず後ずさりをしてしまう。
「ふん……なあに、お主が殺さんのなら、わらわがやってやろうと思っての」
「殺す……? あの河童を? アイツはただ――」
「「ただ」なんだ? 甘ったれるでない。あの河童を論せると思うでないぞ。腕を斬られてもあの娘を殺そうとする。あの河童の娘に対する想いは本物だ。殺さなければ、あの河童は止まらんぞ」
「でも――」
「だからわらわがやってやると言っておるのだ」
ウィンドは言うと同時に超速で河童に向かって走った。もうそれは、走ったというよりも瞬間移動に近かった。河童も驚いたのがギギッとうなって後ずさりを――しようとした。
ウィンドは河童が動く前に、河童の片腕を掴んで上空にぶん投げた。河童の姿が点になるほど、高く高く空へ投げた。
「しまいじゃ」
ウィンドはにやりと笑い、空へ飛んだ。彼女は炎の翼を広げ、炎の羽根を散らしながら空中の河童に向かって飛んだ。ウィンドはすぐに河童に追いついて空中で身動きのできない河童の腹に自分の腕を突き刺した。河童の体に腕が突き刺さったのとほぼ同時に、河童の体が炎に包まれた。河童は悲鳴を上げる暇もなく、黒い消し炭となった。瞬殺だった。
ウィンドが翼を広げて音も立てずに華麗に着地する。少し遅れて、醜い消し炭と化した河童が酷い音を立てて地面に激突した。
「ふん……まあ。こんなもんだろうて。さて、わらわは寝るぞ」
ウィンドはそういうと、僕の体の中に飛び込んだ。それを確認してから、僕は河童だった消し炭を、埋めた。
帰り――行きとは違って車の中は暗い雰囲気だった。姉は僕を警戒しているようだった。 妹と魚住は見ていないが羽津花姉は見たのだから当然だろう。河童と闘う、左手が化け物の僕を。
しばらく窓から外の景色を見つめていたが、沈黙を破るように魚住が僕に向かって声をかけてくれた。
「助けてくれて、ありがとうね。燈火さん」
「ああ。気にしないでいいよ」
充分だ。僕にはそれだけで、十分だった。
家に着くと、魚住はぺこりとお辞儀をして家に帰った。夕方の6時頃、そう遅い時間でもない。
僕は、夕食の前に、羽津花姉にすべてを説明した。メイの正体も含めて。
羽津花姉は豪快に笑った。僕の間抜けさを笑っているのかと思ったら、どうやら自分の馬鹿さを笑っていたらしい。羽津花姉は、僕が僕の形をした別のものなんじゃないかと疑ったらしい。まったく、わけのわからない姉だ。メイの事も、受け入れてくれたみたいだ。適当な姉でよかった。だけど頼りになる姉だ。
今回でカッパ×マーメイドはおしまいです。次章も少ししたら更新すると思いますので、お付き合いください。
さて、次章の前半部分は、この小説のジャンルは学園なのに全く触れていなかった学園を少し話に加えてみようと思います。楽しみにしていただければ光栄です。