第5泳 死神娘と陸上河童
避けれない――そう思った時、わずかに見えていた河童の足が視界から消えた。
何が起こったのかとあたりを見回すと、河童は先ほどまでの位置から数メートル離れた位置まで吹き飛ばされたようだった。
「全く、あなたのその力は称賛に値するというのに、どうして燈火さんはそんなにも称賛に値しないのでしょうか」
メイが、河童を蹴り飛ばしていた。片手に大鎌を携えて、初めて会った時に僕を蹴り飛ばしたように、河童も蹴り飛ばした。
半分忘れていたが、メイは死神。死神としては新人だが、その戦闘力は死神の中でも高いらしい。多分、僕とメイがガチで戦ったら僕が負けるんじゃないかと思うくらいの腕の持ち主だ。
攻撃が効いたのか、立ち上がるも足元がおぼつかない河童。立ち上がって数秒間ふらふらしていたが、回復したのか怒りの矛先を僕からメイに変えて、先ほどと変わらぬ速度でメイまで一瞬で接近する。メイは、特に驚いた様子もなく、河童の攻撃を後ろに軽く跳んでかわす。
河童はメイの綺麗な顔に向けて鋭い爪を突き出した。メイはバク宙をしてその攻撃をかわした。いや、バク宙時に河童の顎に蹴りを入れていたところを見ると、バク宙ではなく、サマーソルトキックか。
僕は、彼女の華麗な動きに見とれるが、僕の不死鳥の眼はそれよりもすばらしいものを目にしていた。
メイは、白いワンピースの上に黒いローブを羽織っている。彼女がバク転したとき、純白のワンピースが舞い上がり純白の下着。一段上に細い腰と綺麗なボディとおへそ。そしてもう一段上に眼を――――
「っでぇ!」
メイは鎌で僕のフトモモを斬った。血が飛び散る。
「どこを見ているんですか変態さん」
「いってぇ! パンツ見たくらいで足を斬るか普通!?」
「おっと」
ジト目で僕を見つめながらメイはバックステップで僕から遠ざかった。
メイが先ほどまでいた位置を河童の鋭い爪が通り過ぎる。河童は僕にも一度爪を振って脅しをかけた後、メイに向かってとびかかった。
メイは長い銀髪を振り回しながら河童の股の間をスライディングで潜り抜ける。隙だらけの河童の背中を鎌で殴りつけて河童から距離をとる。
「全く、しぶとい両生類ですね」
メイは鎌を両手で持ち直して腰を落とす。
てか、河童って両生類なんだ。
音を立てて地面を蹴り、メイは河童に向かって光のような速度で突撃していった。速度を落とさずに河童とすれ違い、河童の左腕を大鎌ですれ違いざまに斬り落とした。
ぐぎゃああと河童はなくなった左腕を抑えながら川に向かって逃げるように一直線に走った。
「逃がしません」
メイは逃げる河童を追いかけて走り出した。メイはすぐに河童に追いついた。後はメイが鎌を振れば河童の首を掻っ切れるという所で、パシーンと高い音が響く。メイはぐらりと揺れて膝をついた。河童が急に振り向いて、メイに向かって石を投げつけたのだ。
「メイ! 大丈夫か!?」
メイに駆け寄り、彼女のよこにしゃがんでメイの顔を確認する。メイの額の白い肌に血がにじんでいた。
「大丈夫です。石つぶてを食らってしまいました」
綺麗な手で血を拭い取るメイ。僕はポケットからハンカチを取り出してメイの額の傷に当てた。
「大丈夫です。死神は、この程度何ともありませんし、あなたほどではありませんが、ある程度の治癒能力を持っていますから。三分もあればこんな傷消えます」
メイは嫌そうにつぶやいたが、顔は見た目の年齢相応の可愛らしい笑顔を見せている。全く、本当に可愛い死神ちゃんだ。
「でも、このハンカチは借りますね」
メイはびしょ濡れのハンカチを受け取って、自分の額に押し付けた。川の水を吸い込んだハンカチを自分の傷に充てるメイ。ぼたぼたと水が彼女のきれいな顔をつたって彼女の黒いローブを濡らすが、メイは気にしていないようだ。
「助けてくれて、ありがとうな」
「大したことじゃありません」
僕はメイに礼を言って立ち上がった。
河童の位置を確認する。いくら妖怪とはいえ、殺したくないからどこかに行ってくれればそれでいい。あの腕じゃ、そう悪さもできないだろう。河童の位置を確認しようと顔を上げる。
河童がいない。どこ行った。
直感。ほぼ直感で、車の止めてある方向を見た。車は、ここから数百メートル先にある、車数台入るほどの大きさの切り開かれた位置に止めてある。木々に囲まれており、ここからも、向こうからもこちらを確認できないが、僕の眼はそこに向かって走る三本足の河童の姿をとらえていた。
河童は既に、車まで数メートルの位置に近付いていた。
羽津花姉が僕らの様子を確認しに来たのか、木々の間からするりと出てきた。丁度河童の目の前に。
「うわあああ!?」
羽津花姉に向かっていく河童。羽津花姉は尻餅をついていた。逃げてくれ!羽津花姉!
ここからじゃ、走っても間に合わない。飛び道具でもなければ河童に攻撃をすることなんてできない。
けれども僕はまだ、炎を飛ばしたりすることが出来ないのだ。やり方がわからない。
「羽津花姉!」
河童が、羽津花姉に向かって、跳んだ。