Road to Heaven
その日はいつも通り、会社からの帰路に着いた。
車から眺めた空は夕焼けで真っ赤な空だった。
見ていると心が癒される。
昔から空を見ることが好きだった自分。
「きれいだな・・・。」
いつの間にか忘れてた。
いつだっただろう・・・。
空を見なくなったのは・・・。
忙しさに追われ、どこかに心を置いてきた。
そんな気がした。
いつも通り、いつもと変わらない
部屋に入る。仕事着を脱ぎ、鞄を置き。
元気よく出迎えてくれるアイツが挨拶をねだる。
「めずらしく部屋にいるんだな。」
いつもは下のリビングにいるはずのアイツ。
頭を撫でてやると勢いよくしっぽを振った。
「・ぅ・よ・・よしよし。腹減ったか?」
なめられた顔を腕で拭う。
皿を用意して、えさを入れた。
目の前に皿を置いてやると・・・
『・・・クゥ〜』
なにか意味ありげにこっちを見つめ
手をつけようとしない。
「ん・・なんだ食べないのか?」
「・・ふぅ」ため息。
仕事の疲労が眠気を誘う。
「疲れた・・・早いけど寝るかな。」
飯や風呂も済まさないうちに布団にもぐった。
うとうとしながら、アイツのほうを見ると・・・
まだ、ごはんの前に座って睨めっこしている。
でも、アイツが見ているのはごはんではなかった。
その目線の先にあったのは一枚のコインだった。
「あれ・・・あのコインは?」
どこか見覚えのあるコイン。
気になって、眠気を堪えて布団から起き上がる。
眠たい目を擦り、コインを手に取った。
「はぁ〜」大きな欠伸がひとつ。
「これは・・・んー・・。」
「あ、そうだ。確かこのコインは・・・パルの。」
「なつかしいな――。」
このコインはちょうどアイツがやってきたときだ。
そうアイツとはパルのこと。
パルとはパピヨンという種類の小型犬で
蝶々みたいな形をした耳が特徴だ。
もう今年で6歳になる。
6歳といっても子犬のときから飼ってはいなかった。
友人の頼みで引き取ったのである。
今年でこの家に来て3年が経つ―――。
それはパルが家に来てはじめて散歩しようと
準備をしていたときだった。
俺の彼女がおもしろ半分でパルに
コインのネックレスをつけたのがはじまりだった。
犬にネックレスなんてと思っていたが・・・
パルはそんな俺の気も知らずに
それを気に入ったらしく、パルは肌身離さず
そのコインをはずすことはなかった―――。
―――それからしばらくの月日が流れ。
パルと俺が散歩をしている時だった。
いつもの道、いつもの公園で休む。
なにも変わり映えのない日常。
帰り道、その平穏を破るかのように大きな音が響き渡る。
『・・・ギギギギ・・・』耳に突き刺さるようなブレーキ音。
その瞬間・・・意識がなかった。
「痛ぅ・・ここは・・。」
目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。
朦朧とする意識の中、記憶を探る。
だが、さっぱりわからなかった。
自分がここにいること、そしてなぜ足が包帯でぐるぐる巻きにされているのか・・。
しばらくすると医者らしき人がやって来て、事情を説明してくれた。
どうやら、俺は車にはねられたらしい・・。
運転手が酒を飲んで、歩道につっ込んだときに俺がはねられた。
傷は足の骨折で済んだ。
「あ!パルは!?」一緒に散歩をしていたパルが心配だ。
「パル!?あぁ、一緒にいた犬だね。ここは病院だからね。あの子には外で待ってもらってるよ。」
「ケガもないから安心しなさい・・。」と医者が答えた。
―――よかった。
「そうそう。あの子には感謝しといたほうがいいよ。それじゃ私はこれで失礼するね。」
なにか意味ありげな言葉を残して去っていった。
パルに感謝?なんだろう・・・。
それから数日が経って退院するとき。
看護婦さんがパルについて話してくれた。
あの事故のとき、俺が足の骨折だけで済んだのはパルのおかげだった。
後ろから車がつっ込んできたとき、パルが首に繋がれてるロープを引っ張った
おかげで運よく重症にならなくて済んだみたいだ。
俺を運んでくれた人が言っていたらしく、あの犬があのとき
引っ張っていなかったら、今頃・・・無事じゃなかったね。
偶然とも思ったが・・・。
迎えに来た彼女に抱かれているパルの首にはコインがなかった・・・。
大切だったコイン。
ただ、それを見ただけで胸が熱くなった。
偶然でも、自分が救われたことに変わりはないのだから・・・。
あれ、なんでこんなこと思い出してるんだっけ・・・。
――――。
隣に暖かな感触がある。
いつもは暑く感じるのに今日は心地よかった・・・。
「んん・・・朝か。」ふと目が覚める。
いつの間に寝たんだ。
ボーっとした頭を起こしに洗面所へ行く。
顔を洗い、いつものようにパルを呼ぶ。
「パルーーごはんだよ。」
いつもなら飛んでくるアイツが来ない・・・。
何度呼んでも反応がない。
不安になり下のリビングへ行ってみることにした。
いつも仕事へ行くときは下のリビングにいる親へパルを預けて行く。
だから、ここにいるはずだ・・・。
なぜだろう胸騒ぎがする。
早足で階段を下りた。
母にパルのことを尋ねると・・・少しうつむき重い口を開いた。
「パルは・・・昨日事故で・・・。」
その言葉を聞いたとき・・・その先の言葉がわかってしまった。
受け入れがたい・・・とても・・・信じたくはない言葉。
涙は不思議と出なかった。
2階の部屋へ戻ると、ふと疑問に思った。
あれ昨日は確かにパルは・・・。
あぁ・・・そうか・・・最後の挨拶だったんだね。
エサの皿を見るとそこにはコインが入っていた。
・・・コイン。
自然と涙があふれた。
言葉が出ない・・・いろいろな思いが込み上げてくる。
情けない自分に・・・。
まともに相手をしてやれなかった自分に・・・。
ただただ涙を流すしかなかった。
―――数日後
落ち込んでる俺に彼女は言った。
パルはきっと天国で幸せにしてるよ。
どうして?っと俺が聞き返すと彼女は・・・
コインを手に取り、俺に見せた。
『ほら、ここにRoad to Heavenって書いてるでしょ』
『そして裏にはね・・。』
パルが本当に言いたかったのはこれだった。
そして、心配しなくていいよって・・・。
きっと、あいつはわかってたんだな。
自分が死んだら、俺が自分のせいにしてしまうことを・・・。
そのとき、はじめてパルの気持ちがわかったのかもしれない。
『コインの裏にはHappyの文字が輝いていた。』




