#4:魔導の深淵に触れるより、メイドの鼓動を聞く方が有意義だ
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【前話のあらすじ:】「理想郷からの追放をなんとか留め、父とのバトルを引き分けに持ち込んだアルト。アルトの次なる一手は……」
エルガルド公爵家の蔵書室。
そこは数千年にわたる帝国の歴史、魔導の深淵、そして貴族としての教養が詰め込まれた、知の集積所である。
高い天井まで届く書架には、もはや解読不能とされる古文書すら眠っている。
そんな場所に、一人の五歳児が立っていた。
アルト・エルガルド。
銀髪を少し乱し、眠たげな眼をこするその少年は、つい先程、宣言してきたばかりだった。
「……一通り、見るから。一人でダイジョブ」
廊下ですれ違った他の使用人たちは、クスクスと忍び笑いを漏らしていた。
「あのアホ坊ちゃん、ついにトチ狂ったか?」 「すぐに飽きるわよ」
「公爵様に『勉強しろ』と言われて、格好だけでもつけようとしたんでしょ」
「健気な心意気ですが、無能は無能ですからね」
彼らにとって、アルトは「何をやらせても寝ている、エルガルド家の無能」であった。
(……早く寝たい。でも、ボスが『家庭教師をつける』と言い出した。……面倒だ。もし、僕が『教えることが何もない子供』だと思わせれば、授業時間は減るだろうか……。……いや、下手に実力を見せれば、さらに高度な教育を押し付けられる……)
アルトは寝ぼけた頭で、最適解を導き出そうとする。
(……そうだ。『理解する』のではなく、『同期』すればいい。脳の空き容量に、ここにある全ての蔵書の全情報をインデックス化して放り込む。処理は……眠りながらバックグラウンドで行う……。これなら、起きている時間は最小限で済む……パターン75、カンニングを極めた秀才の末路……)
「何もわかっていないな、君たち……カンニングとは、盗み見る技術じゃない。もっと、こう、濃密で、洗練された、そう、いわばSSR級の技なんだ」
周囲には誰もいない。そよ風がすっと入ってくる。なんだか、肌寒く感じてしまう。
アルトは、周囲に、魔力を展開する。薄く高密度にして、広げていく。
書架の背表紙、ページの一枚一枚に染み込んだインクの揺らぎ、紙の繊維。
それら全てを魔力で叩き、反射してくる情報を脳へ直結させていく。
パサッ、パサッ。
アルトは棚から棚へ、歩くというよりは漂うような足取りで移動していく。
本を手に取ることはない。
ただ、その前を通るだけ。 傍目には、散歩をしているようにしか見えないだろう。
きっかり十分。 アルトは蔵書室の中央に戻ってくると、深い溜息をついた。
「……終わった。全部、わかった。……寝る」
「えっ、あ、アルト様!?……もうよろしいのですか?」
フラフラと出口から出てきたアルトに、アイリスが慌てて声を掛ける。
オスカーとレイヴンは顔を見合わせ、苦笑いする。
ノエルがアルトをそっと抱きしめる。
「坊ちゃま、坊ちゃまに私がついていますから……」
アルトは、胸に顔を埋める。 ノエルはアルトをそのまま抱えると、自室へと運んでいく。
(なんてことだ……シチュ再現度100%だと!?パターン59、メイドに胸を埋める無能君主……つまり、セリフを完成させれば、シーン再現度100%になるっ)
「ノ……ノエル……」
「どうされました、坊ちゃま?……苦しくなんかないですよ。私がいますから!」
「ああ、苦しゅうない……よいぞ、大儀でありゅ……」
「……あ、はい……」
「案の定だな。集中力が持たなかったな」
「期待するだけ無駄だろう」「どうせ、いつだって寝るんだからな」
廊下からは、顔の判別が難しいNPC共の下卑た声が聞こえる。
誰も気づくことはなかった。
アルトの脳内に、今この瞬間、公爵家が誇る全知識――政治、経済、軍事、魔法理論――のすべての情報が構築され、整理整頓を待つばかりになっていることを。
アルトがぐっすりと眠った、その翌日。
エルガルド公爵邸の門を、一台の馬車がくぐった。
車輪の音は静かで、馬具の手入れも行き届いている。
降りてきたのは、若く、しかし凛とした空気を纏った女性だった。
エリス・ヴァンデイン(22)。
公爵家の有力な派閥であるヴァンデイン男爵家の次女であり、帝国最高の教育機関である「学園」の一つ、アルファス学院において、史上最年少で教師の座を射止めた才女である。
「……アルト様。噂では少し個性的だと伺っていますが……果たして、手のかからない方だと楽なのですが」
彼女が今回、この依頼を引き受けたのには理由があった。
ヴァンデイン男爵家がエルガルド公爵家の派閥の家門であること。
そしてその当主、ガイウスからの直々の要請。
「不肖の息子を、せめて人前に出せるレベルにしてほしい」 という願いを聞く形で、エリスは、この依頼を受けていた。
(きっと、厳しい教育環境に心が折れて、眠りに逃げ込んでいるだけなのだわ。私が、学ぶ楽しさを教えてあげなくては)
彼女は、アルトの部屋へと向かった。
部屋の前には、オスカーとレイヴンが立っていた。
「エリス殿。お待ちしておりました。……坊ちゃんは今、起きておられますが……機嫌がいいかは保証しかねます」
「大丈夫ですわ、オスカー様。私は教師ですから」
エリスは優しく微笑み、扉をノックした。
「失礼いたします。アルト様。今日から貴方様の家庭教師を務めます、エリス・ヴァンデインです」
部屋に入ると、そこには豪華なソファで丸まっている小さな少年がいた。
アルトは目を半分閉じたまま、エリスをじっと見つめる。
(……なんて、澄んだ瞳。噂に聞く『無能な眠り鼠』の目ではないわ……。むしろ、全てを見通しているような……)
「ふむ……淡雪のような長髪、滑らかな肌、容姿は完璧だ。スタイルもよし。うん、合格だ。採用!」
「……ありがとうございます。で、早速なのですが」
エリスの言葉を遮るように、アルトがポツリとつぶやいた。
「……ヴァンデイン家。……アルファス学院の、最年少教師……」
「あら、私のことをご存知なのですか?」
「……さっき、思い出した。……学院のカリキュラムは、詰め込みすぎだ。……効率が、悪い……」
エリスは少しだけ困ったように笑った。
「あらあら、手厳しいですね。では、アルト様。まずは貴方様が今、どの程度の知識をお持ちか、簡単な試験をしてもよろしいでしょうか?」
エリスは、あらかじめ用意していた「基礎教養」の質問票を机に置いた。
歴史の年代、基礎魔法の術式、隣国との国境線に関する法的見解。
五歳児にはまず解けない、学院の高等科で習うレベルの内容だ。
「これを今日一日かけて……」 そう言いかけたエリスの言葉は、またしても止められた。
アルトは、ペンを手に取ることもなく、ただ紙を一瞥した。
「……三ページ目の歴史、記述が古い。三十年前の政変で、境界線は東にズレている。……七ページ目の術式、魔力効率の計算式が非効率。……ここをこうして、省略すれば……三割の魔力で同じ出力が出る……。……あと、ダンスのステップは、昨夜の脳内シミュレーションで、三十六パターン、完成している……披露してもよいか?」
エリスは、自分の耳を疑った。
今、この少年は何と言った? 三十年前の未公開公文書の修正? 魔法学の権威が提唱した理論の、即興の改良?
「……アルト様? 今の、冗談……ではありませんわね?」
彼女は極めて優秀な人間だった。
ゆえに、目の前の事象が「嘘」か「本物」かを即座に判別することにした。
彼女は慌てることなく、鞄から「卒業試験用」の高度な魔導書と法典を取り出した。
「では、これの第百二十二条を解釈していただけますか?」
「……法執行の優先順位。……公爵家の特権を考慮すれば、三つの例外がある……」
「魔法の起源については?」
「……神話の断片。……実際は、古代遺跡の残留魔力を、当時の神官が誤認しただけ。……全十六節の詠唱のうち、十四節は、ただの演出……」
アルトは、流れるように、それでいて、眠たげな声で、答えを紡いでいく。
その一つ一つが、アルファス学院の教授たちが一生をかけて議論するようなレベルだということが、わかった。
(……これは。……これは、何? 天才? いいえ、そんな言葉では足りない……完成している。五歳にして、既に完成している……!)
アルトは、エリスの瞳に「熱」が宿るのを見逃さなかった。
(……まずい。……この人は、優秀すぎる。……僕が『知っている』ことに気づいてしまった……。このままでは、『もっと勉強しましょう!』とか言われて、起きている時間を増やされる……)
アルトの脳が、安眠を守るための防衛本能を作動させる。
「……エリス」
「は、はい……なんでしょうか?」
アルトはソファから降りると、エリスの柔らかな手を取って、彼女を自分の方へと引き寄せる。
「そ……そんな、まだいけません……知り合ったばかりです。せめて、心の準備を……」
「……今日から、ここで……授業をする。……でも、一つ、条件がある」
「あ、はい……条件……ですか?」
「……外に漏らすな。……誰にも。……僕の評価を変えるな」
エリスは首を傾げた。
「どうしてですか? 貴方様ほどの才能があれば、エルガルド家の誇りとして、帝国中が称賛しますわ!」
「……それが、嫌だ。……称賛されれば、仕事が増える。……仕事が増えれば、眠れない。……僕は、ただ、安眠したいだけだ……」
アルトの瞳は真剣だった。
エリスは、アルトをそっと抱き寄せた。
(この子は、公爵家という巨大な重圧の中で、自分の才能をひけらかせば、より過酷な運命に巻き込まれることを悟っているのだわ。……周囲の嫉妬や、政治の道具にされることを恐れ、あえて『無能』を演じ、眠りという孤独な殻の中に閉じこもっていたのね……)
エリスにとって、アルトの言葉は「悲痛な助けを求める叫び」に聞こえた。
「……わかりました。貴方が、ただの五歳児として、安らかに過ごせる場所。……私と貴方だけの、秘密の聖域にしたいのですね?」
アルトは(あ、なんか違う気がする……)と思いながらも、エリスの香りがリラックス効果のあるハーブに似ていることに気づき、そのまま彼女の膝に頭を乗せた。
「……じゃあ、約束。……エリスは、ここにいろ。……僕のそばで、黙って、見ていろ」
「ええ、わかっていますよ、貴方の孤独はすべて私が背負いますから……」
表向きの報告では、「家庭教師エリスの粘り強い教育により、アルト様は最低限の礼儀を保ち、部屋で大人しく過ごされている」ということになっていた。
ガイウスは「あのエリスがつきっきりなら安心だ」と満足し、アルトへの過干渉をやめた。
全てはアルトの、そしてエリスの思惑通りであった。
ある日の夕方。
アルトは、エリスが静かに本を読む音をBGMに、窓際で昼寝をしていた。
彼の魔力探知は、この一年でさらに鋭敏になっていた。
当然だった。半径数キロメートルの「悪意」や「殺気」が、「睡眠」の妨げになるのであれば、排除しなければならなかったからだ。
(……チッ) アルトの眉がピクリと動いた。
「アルト様? どうかなさいましたか?」 エリスが心配そうに覗き込む。
アルトはムクリと起き上がった。
「……ちょ、ちょっとトイレ。……エリスは、ここで本を読んでいて。……十五分で、戻る」
「あ、アルト様、お一人では……!」
「……大丈夫。……おっきい方だけど、僕、一人で済ますから」
「あ、そうですよね……もうすぐ、7歳ですものね……ここで待っておりますね……あと、大小は需要ないです。貴族としては、そういうとこ……」
アルトは、エリスが言い終える前に、窓からひらりと外へ飛び出した。
「ちょっと、そこらへんで、済ませてくる!」
地上数メートル。
普通なら怪我をする高さだが、アルトは瞬時に圧縮した魔力を足元に展開し、滑らかに着地する。
「—―疾き風よ、我が足に宿れ。大地を蹴り、空を裂き、 一瞬をもって距離を超えよ—―烈風歩」
アルトの周囲の大気の流れが速くなる。
一歩進むごとに、大気が風を纏い、アルトを強く押し出していく。
エルガルド家の屋敷から少し東にある、鬱蒼とした森の中。
そこには、三十人程の盗賊が蔓延る要塞が築かれていた。
「ふぅ。どのパターンで行こうか……俺の眠りを妨げた罪は重いぞ……」
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アルト-no-AIM:
・パターン59(メイドに胸を埋める)の真実: アルトにとって、これは単なるラッキースケベではない。対象の鼓動と呼吸の周期を解析し、自身の脳波を「入眠最適モード」へ同調させるための高度なヒーリング技術(の建前)である。
・パターン75(カンニングを極めた秀才の末路)の代償:同期した知識に「著者の主観」や「誤字脱字」が含まれるため、眠っている間に脳内で「デバッグ(修正)」作業が自動で行われる。アルトが寝言で難しい数式や古語を呟くのは、脳が高速で情報の不整合を消去している最中だから。この作業があまりに重いと、現実で起きた時に「自分が今、何歳の誰か」を数秒忘れる副作用がある。
【お読みいただきありがとうございます!】
次話は、ついに無双です!!
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E.N-de-core:「『テンペスト・ステップ』という格好いい技名。実は、深夜にカップラーメンを作りに台所へ向かう時の自分の足取りをモデルにしています。暗闇を音もなく進むスキルは、私生活でも役立ちますね……引き続き、応援のほど、よろしくお願いいたします。」
――――――――【他作品も全力執筆中!】
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