第6話 八つ当たり
ヒーロー達は街に帰ると、真っ先に病院へ向かった。
全員、スカンク怪人の放った毒ガスにやられ、肺の中を痛めていたのだ。
「皆さん、しばらく戦闘は控えてください。命に別状はありませんが、肺の損傷はかなり深いです」
医師の言葉に、俺はただ頷いた。
そんなことより、気がかりなのはピンクの容態だ。
ICUのドアの向こうに酸素マスクをつけて横たわる仲間の姿……
その小さな体が機械の音に合わせて、わずかに上下している……
「先生、ピンクは……どうなんですか?」
俺の問いに医師は正対し、しっかりと目を合わせた。
「かなり危険な状態です。
長時間呼吸ができなかった上に、未知の毒素が全身に回っています。
最善を尽くしますが……
覚悟はしておいてください……」
医師の言葉を聞き、俺たちは、呆然とする。
そのとき……
重苦しい沈黙の中に看護師の声がこだました。
「先生!
ピンクさんが!」
ICUのガラス越しに見下ろすピンクの周りには医師や看護師たちが集まり、必死に蘇生処置を施す。
心電図は平坦な直線を保ったまま、無機質な電子音だけを発していた。
「先生、心停止。
脈、触れません」
「除細動器、準備」
「充電二百ジュール」
胸部に塗られた導電ジェルの上に、パドルが押し当てられる。
「離れてください。
ショック!」
バチッ
「胸骨圧迫」
続いて医師は看護師に指示を出した。
看護師は胸骨の下半分に両手を重ねる。
「リズム維持」
医師の指示に従い、看護師が2分ほど圧迫を続ける。
そして、再び医師はパドルを握った。
「離れてください。
ショック!」
バチッ
乾いた破裂音。
身体は一瞬だけ跳ねるが、すぐに力なく戻る。
「心電図、確認」
「……まだフラット」
心電図は、依然として平坦な直線を描いていた。
「圧迫、再開」
看護師による胸骨圧迫が再び始まる。
「アドレナリン投与」
「投与しました」
圧迫は続く。
「心電図、チェック」
「……変化なし」
「もう一度、除細動」
三度、医師はパドルを握った。
「充電二百」
「離れてください。
ショック!」
バチッ
一瞬、身体は跳ね上がるも心電図に全く変化は起きない……
「圧迫再開」
圧迫された胸が何度も上下動を繰り返す。
「……心拍、戻りません」
「ふぅ……」
医師は大きく息を吐きピンクに視線を落とした。
「……時間を確認」
看護師が答える。
「2時50分です……」
圧迫の手が止まる。
先程の慌ただしい空気とは違い、一瞬で室内は水を打ったように静まりかえった。
……最初に口を開いたのは俺だった。
「なんでだよ……
なんでピンクがこんな目に遭うんだ!
俺たち、いつか結婚しようって誓ったじゃないか……!」
ガンッ
ガンッ
俺はICUのガラスに両手を当て、頭を何度も打ち付けた。
涙が止まらない……
「ちょっと待て……
レッド……
お前、今、なんて言った!?」
ブルーは崩れ落ちるレッドの肩を無造作に引っ張り上げ、自分のほうを向かせた。
「いてえな!
この野郎!
結婚の約束をしてたって言ってんだよう!」
俺はブルーの腕を振りほどき、顔を近づけ叫んだ。
「何言ってんだ!
ピンクは俺と付き合ってたんだ!
結婚するのはてめえじゃねえよ!」
ブルーが俺の胸ぐらを掴んだ瞬間、沈黙を保っていたイエローも口を開いた。
「ふたりとも、なにをわけわからんことを言ってるたい!
ピンクはおいどんのオナゴたい!
ほれ、ピンクの左手薬指を見んしゃい。
おいどんからのエンゲージリングがしっかりと嵌められとるじゃろ!」
「「……え?」」
レッドとブルーは一瞬固まる。
「あれは、俺が贈った指輪……」
「いやいや、あれは、レッドでもイエローでもなく、俺がピンクにねだられて婚約の証にと買ってやったもんだぜ!」
「「「まさか……
三股!?」」」
三人の声がハモる。
「兄貴たち……
ちょっといいかい?」
…… そのとき、混乱する俺たちに、グリーンが小さく手を上げた。
「実は俺……
ちょっと前にピンクの姉貴を道具屋で見かけたんだよ……」
「まあ、ピンクも買い物ぐらいするだろう」
「違うんだよ、レッドの兄貴……
それがさあ……
買い取りコーナーで同じ指輪を二つも買い取ってもらってたんだよね……」
グリーンは申し訳無さそうに俯く。
「待ちんしゃい。
それじゃあ、状況的に、おいどんらに同じものを買わせて、二つは現金化しよったと!?
なんてオナゴたい」
イエローはバシバシと自分の拳を太腿に打ち付けた。
「それだけじゃないんだよ。
あの……
その……
カバンも二つ……
嬉しそうに店員に向かって『バカが三人もいると助かるわ〜』って言いながらね」
「誰がバカだってっ!」
俺は思わずグリーンの胸ぐらを掴んだ。
「ちょ、痛いよレッドの兄貴!
俺が言ったんじゃないって!
ピンクの姉貴だよ、ピンクの!」
「……すまない
ついつい、怒りが込み上げてきてなあ……」
俺は我に返り掴んでいたグリーンの胸元をすぐに離した。
「ざけんな!
指輪だけじゃなくカバンもかよ!」
ブルーも拳を握りしめ叫んだ。
「「「ゆるせん!」」」
俺たちの言葉が重なった。
怒りと混乱でもう理性なんてどこへやら……
俺たちはICUの扉を力一杯開け放ち、ピンクが横たわるベッドに駆け寄った。
ダダダダダッ!
俺たちの勢いに圧倒される医師や看護師たち。
「あなたたち……
お気持ちは察しますが、落ち着いて。
それに鼻栓をしないと……」
医師が俺たちを静止しようとする……
それを無視し、俺たちはピンクに近づいた。
「「「くせえっ!」」」
強烈な臭いが鼻をつんざいた。
「あのスカンクの毒ガスじゃん!」
「悲しいお気持ちは理解いたしますが、まずは鼻栓を」
看護師は俺たちに鼻栓を配る。
俺は鼻栓をしながらピンクの顔に視線を向けた。
皮膚と髪の毛は黄色く変色し、まるで、この世の終わりでも見たかのように顔は歪んでいる。
口は半開きで白目を向き、あの可愛かったピンクの笑顔はそこになかった……
「お前、起きろよピンク!
俺たちを騙したまま逝ってしまうのかよ……
文句も言えねえじゃないかよ……
グッ……」
俺は奥歯を強く噛んだ。
「そうだぜ!
このペテン女!
今から起きて、ちゃんと説明しやがれ!
うっうっ……」
ブルーはピンクの傍らでギュッと拳を握り締めている。
「このオナゴ……
おいどんの純情ば弄びよってからに!
今からでも誰を選ぶかハッキリと決めんしゃい!
ヒック、ヒック」
イエローは力なくピンクが横たわるベッドの脇に崩れ落ちた。
部屋の中に飛び込む前は、ピンクの頬を殴りつけてやろうという気持ちだった……
でも……
できなかった……
騙されていたことよりも、楽しかった日々の思い出たちが、何度も何度も脳内に再生される……
「ピ……ピンク……
俺の……
ピンク……」
傍らでブルーが呟く。
俺はブルーの胸ぐらを掴んだ。
「だから〜!
てめえの彼女じゃねえっつってんだろうが!」
「離しやがれ!
お前なんか遊び相手だったんだ!
本命は俺だ!」
「ふたりとも聞き捨てならんたい!
おいどんの彼女ばつかまえて、なにを言うちょる!」
俺たち三人は取っ組み合いの喧嘩を始める。
「や、やめてください!」
看護師が止めに入るが、俺たちの怒りは収まらない。
俺たちは涙を流しながら殴り合った。
やがて……
散々暴れて疲れ切った俺たちは、その場にしゃがみ込み、一つの結論に辿り着く。
……この恨みは魔族にぶつける!
誰もノーとは言わなかった。
完全な八つ当たり……
魔族にとっては、いい迷惑だろうが……知ったこっちゃねえ!
……あくる朝……
当然のことながら、街の用水路には、道具屋の店主が浮かんでいた……




