第15話 村長の覚悟
「ライトよ、お主の言わんとすることはわかる。
しかしのう……」
カインド村長は腕組みしながら難しい顔をする。
先ほどから、俺たちは魔族の各村が一致団結して、人間族に対抗するべきだと、必死に説明していた。
しかし、カインド村長は首を縦には振らない。
「今じゃなきゃだめなんだよ。
こうしてるあいだにも、いつヤツらがまた攻めてくるかわからないじゃないか!
俺たちがこのあいだのように、ヤツらを返り討ちにしたところで、他の村が襲われたら意味がないんだよ!」
「そうよ!
カインドおじいちゃん!
私たちだけが頑張ってもダメなのよ。
皆の力で、この島から人間族を追い出さなければ根本的な解決にはならないわ」
シュークもカインド村長の右肩で、ポンポンと何度も飛び跳ねながら、必死に訴えかける。
「わかっておる。
わかっておるのじゃ……
お主らの言うことは、何度も何度も、考えた。
しかし、いつも辿り着く答えは同じ。
今のまま、耐えるしかないのじゃ……
それが、一番犠牲の少ない選択なんじゃ」
カインド村長は握り拳を震わせ、涙を堪えながら叫んだ。
「魔族が滅びるまで、我慢するっていうの?
そんなの間違ってるよ!」
俺は一歩、カインド村長の方へ歩み寄った。
「カインドさま!
ライトさまの言う通りです。
このままだと、ずっと怯えながら暮らすことになりますわ」
「わかっておる。
皆まで言うな。
リームちゃん」
「だったら!」
俺は叫んだ。
「動けば被害が大きくなるだけじゃ。
動いてはいけないんじゃ。
正直に言おう。
お主らが人間族と、しのぎを削っておること。
手放しで喜んでいたわけではない。
もちろん感謝はしておる。
しかしのう……
うぅ……
ワシも娘夫婦が殺され、お主も両親を失っておる。
ワシら以外にも……
怖いんじゃ……
これ以上、命が失われるのをワシは見たくないんじゃ!
うぅ……」
カインド村長は、嗚咽を漏らし、その場に膝をついた。
俺たちはしばらく、何も言えず、その場に立ち尽くした。
「ごめん。
カインド村長……
村の長として、俺たちには計り知れない葛藤が、胸のうちにあったんだね。
でも……
このままじゃ、奪われ続けるだけだよ。
土地も食料も……
そして……
命さえも!
いつか、近い将来、魔族は滅ぼされてしまうよ」
俺はカインド村長の両手をギュッと握った。
「しかしのうライトよ、我々魔族に、どれだけの力があるというんじゃ?
ワシはもう、誰ひとり失いたくはない。
ワシはどうなろうと構わん。
魔族の未来のためならば、この老いぼれの命など安いものじゃ。
しかし、村人……
いや、魔族の命は!
もちろんライト、お主たちもじゃ!」
カインド村長は悲痛とも取れる表情で、俺の手を力強く握り返した。
「俺も同じ気持ちだよ。
カインド村長は決して現実から目をそらしてたわけじゃないんだよね。
皆のことが心配だっただけなんだよね」
俺はぐっと唇を噛んだ。
「……」
カインド村長は何も言わない。
「僭越ながら、少しよろしいでしょうか?」
先ほどまで黙って俺たちの会話を見守っていたトゲトゲくんが、ゆっくりと口を開いた。
「矛ではなく、盾を築いてはどうでしょうか?
これは、昨晩、ライト様と相談したのですが、早急にイットイ川防衛ラインを築くべきかと。
あの川さえ超えさせなければ、少なくとも、今ある我々の土地は守られるはず。
さらに、万が一、イットイ川防衛ラインを突破された場合も想定して、各村の要塞化を提言いたします」
先ほどまで俯いていたカインド村長は、トゲトゲくんの話に興味を示した。
「それはなかなかの大仕事じゃぞ?」
「もちろんそれは覚悟の上にございます」
「それに、村の城壁はさておき、イットイ川周辺に防衛ラインを建設するとなると、相当な人手と資材が必要じゃ。
なんといっても、その工事を人間族が黙って指をくわえて見ているとは思えん」
カインド村長は、先ほどの涙を拭いながら、難しい顔をする。
「それについては考えがございます。
堀や防壁は各村から人手を借りることになりますが、資材については、基本的に森の樹木や岩でこと足りるでしょう」
「各村長たちと調整を取る必要はあるが、それは可能じゃろう。
しかしのう……」
カインド村長は腕組みしながら、渋い顔をした。
「イットイ川防衛ライン建設についてだね?」
俺はこの件に関して、カインド村長が懸念を示すことはわかっていた。
「うむ、その通りじゃ。
あそこまで資材を運ぶことはかなり大変じゃぞ。
それに一番の懸念材料は、なんといっても危険であるということじゃ。
あんな、だだっ広い荒野の川で、人間族の目を盗んで工事などできるものか……」
カインド村長は言い切った。
「そう言われると思っていたよ。
まず、資材については、かつて人間族が使用していたイットイ川向こうにある、放置された、宿営地を利用するつもりなんだ」
「ほう。
なるほど。
しかし、ライトよ、危険であることに変わりはないぞ?」
「わかってるって。
そこはちゃんと考えているよ。
まず、作業については俺たちで行うつもりなんだ。
いざというときに、戦わなければならないからね。
そして、これが最大の策なんだけど、地下トンネル網を作ろうと考えているんだ」
「地下トンネル網とな!?」
「資材運搬用と緊急避難用を兼ねてね」
「なかなかのアイデアじゃが、簡単に地下トンネルといってものう……
それだけで、どれほどの労力がかかることやら」
「そこは心配しないでも大丈夫さ。
うちには、トンネル工事のスペシャリストがいるからね」
「う〜む……
お主はそこまで考えてくれておるのか……」
カインド村長は目をつむり考え込んだ。
「無防備で殴られる必要なんてないさ。
防御ぐらいしても罰は当たらないよ!
こちらから相手に手を出して、刺激するわけじゃないんだし。
大丈夫だよ」
「うむ。
そうじゃのう。
ただし、命は大事にするんじゃぞ。
けっして無理のないようにな」
なんとか、防衛についての話し合いはまとまったようである。
「お主らが、そこまでしてくれるのだ。
ワシも腹をくくった!
各村との折衝は任せておけ!
たとえ、この命に代えても、必ずや首を縦に振らせてみせる。
そうと決まれば、すぐにでも話し合いの場を設けなくては!
そのあとのことも、皆で考えなくてはいかんしのう」
「カインドおじいちゃん、話し合いって、いったいどこでするの?」
シュークがグルグルと、カインド村長の周りを飛びながら尋ねた。
「うむ。
やはり、ダイモン神殿が良いじゃろうな」
「ダイモン神殿って、あの?」
俺は幼き日、両親に連れられ、行ったような記憶が、おぼろげに残っていた。
「うむ。
そう、あのダイモン神殿じゃ」
カインド村長はコクリと頷いた。




