056.換金せずとも役に立つならそれでいい
道中でアイアンウールを一匹瞬殺して、瞬く間にSAIに収納。
それをポカンとした顔で見ている女性の手をムルは引きながら、目的へと進んでいく。
そしてやってきた場所を見て、ムルは笑った。
「あ、ここに来たかったんですね」
「リベンジだしな」
「リベンジって、つまりは白米かお酒持ってきたんですか?」
「そんなところだ」
セイジがやってきたのは、初めてダン材料理を試した場所。
ムルと初めて出会った場所でもある。
「一度やってるから準備は簡単だな」
そう口にして、セイジは自分のSAIからキャンプセットをさっさと用意して準備していく。
「あの、これは……」
「ダウナーさん名物ダンジョン料理?」
「え? え?」
何が起きているのかまったく分かっていない彼女を無視して、テキパキと作業をすすめていく。
その途中で、ふと何かに思いついたようにセイジは顔をあげた。
「そういえば……名前を聞いてなかったが……」
それに彼女も気づいて名前を口にしようとしたところを、セイジは手で制した。
「オレもそっちのムルもダンジョン配信をしているんだ。
だから、変に本名でフルネームを名乗られると逆に困る」
「あ! そうだった! 配信中にお姉さんと出会ったから配信モードのままだった!」
「まぁ、そうだろうとは思った」
だからセイジも、ムルのことをミマ呼びせずにいたのだ。
「……リアルタイム……ですか?」
「ええっと、はい……」
申し訳なさそうにムルがうなずくと、女性は頭を抱えたようにうずくまった。
「ああああ……、あんな、あんな情けなく取り乱して迷惑を掛けた姿が、全国ネットに……」
それに関しては本当に可哀想だとは思うが、一応セイジは補足しておく。
「ムルをフォローするわけではないが、オレが君を見つけても配信しながら助けていたと思う」
「そうなんですか……?」
顔を上げて訊ねてくる彼女に、セイジは一つうなずく。
「仮に君が、崖に突き落とされそうになった――などと、どこかに証言しようものなら、オレの探索者としての信用が無くなりかねないからな。君が証言しなくても、君の会社がそう公言する可能性だってある」
ゆっくりとセイジの言葉を吟味するような様子を見せてから、彼女はうなずいた。
「あー……会社が言いそうというのは、否定できないですね……」
「ましてやダンジョンというのは超人化適性者しか入れない特殊な閉鎖空間だ。
だから、エンタメ配信というだけでなく、自衛の為のドライブレコーダー代わりに緊急時は配信する……という人は意外と少なくないんだ」
「そういうコトですか……」
セイジの言葉に、彼女はすぐに理解をしめした。
落ち着けば、頭の回転は良い方なのだろう。
「なら、ここで保身を兼ねてフルネームを名乗るというのはアリですか? その、ムルさんにはご迷惑をおかけしてしまうかも知れませんが」
「あたしは構いませんけど……いいんですか?」
「はい。保身って言ったじゃないですか。
今後、死んだり怪我したりで私の名前が新聞やテレビのニュースを飾った時は、疑ってください。ムルさんの配信を見ている人たちが、その証人になるなら、これほど心強いコトはありません」
「穏やかじゃないな」
だが、逆にそういう発想が出てきているのであれば、もう自殺の心配はないだろう。
実際に、目に灯る光の質が変わっている。
先ほどまでの途方に暮れ、諦観と後ろ向きな希望に縋ったものではなく、知性と理性を武器に、現状への復讐を果たそうとする目だ。
これはこれで問題が生じそうな気もするが、死を希望として縋っているような状態よりもずっと健全に思える。
「そんなワケで名乗ります」
「どうぞ!」
そこまで覚悟を決めたのなら、構いません――とばかりにムルがドンと来いという勢いでうなずいた。
「阿久田 碼緒と申します。
この度は、追い詰められ取り乱していたとはいえ、軽率な行いでお二人にご迷惑をおかけしてしまったこと、お詫び申し上げます」
「気にしないでください! あ! 改めて、あたしは電影戯演所属のダンジョン配信者、窟魔ムルといいます!」
「フリーのダンジョン配信者のワ○ルドだ。
まぁダウナーさんとか、ワルニキとか呼ばれるコトの方が多いが」
名乗り合ったあと、配信したままで構わないというマオの言葉に甘えて、ムルは配信を切らないまま、雑談となった。
その間に、セイジは一通りの準備を終えた。
「……すごい……。気がつくと、キャンプ用のテーブルと椅子に、バーベキュー台まで準備出来てる……ふつうにお喋りしてたかと思ったのに」
「ダウナーさんは、ダンジョン内でモンスターを倒して、倒したモンスターをその場で食べるタイプの配信をやってるんです」
「へー……」
マオがそううなずいてから、思わずと言った様子で顔を上げた。
「食べるの?」
「ああ。だから聞いただろう? ラムは平気かと」
「え? ラム……あ! アイアンウール!?」
「そういうコトだな。まぁ、さっきのアイアンウールが子羊なのか成羊なのかは分からないが」
驚くマオを余所に、セイジは少し離れた場所で、SAIからアイアンウールを取り出した。
「ムル。解体シーンは苦手とする視聴者も多い。あまり視野に入れないでやってくれ」
「はーい」
そうして、セイジは前回同様にちゃんとした解体をするのではなく、居合いを使って鋼鉄の羊毛を肉ごと削ぎ落とした。
さらにそこから解体をし、必要な肉だけ手に取ると残りはSAIへ戻す。
ふと思い、角だけを手にすると、マオの元へと向かった。
「暇だったらこれで遊んでいてくれ。加工か錬金か、その辺りのスキルは持っているんだろう?」
「え? はい。でもなんで……」
どうして自分の保有スキルを知っているのか――と、驚く彼女に、大したことはないという様子でセイジが答える。
「超人化適性が高く、能力があるわりに探索馴れしてなかったからな。
常日頃から超人としてスキルを使いつつも、探索はあまりしていない仕事を思えば、推察はできるさ」
「それって普通のコトですか……?」
「さてな。ともあれ、疑似ダンジョン領域とは違う本物のダンジョン領域でスキルを使ってみるのは面白いと思うぞ。意外と勝手が変わるからな」
最後のそう告げて、一方的に角を押しつけるように渡すと、セイジは肉が焼けたらまた呼ぶ――と、調理場の方へと向かうのだった。
「…………」
マオが渡されたアイアンウールの角を呆然と見下ろしている。
そんな彼女に、ムルは笑いかけた。
どうしてセイジが彼女にクラフトスキルを使わせたいのかをムルは分からない。だが、セイジの性格や行動パターンを思うに、恐らくはそれが必要なのだろう――くらいのことは分かる。
だから、ムルはセイジのフォローをする為に、マオの背中を押す。
「あの……もし良かったらマオさんがクラフトスキルを使ってるところ見せてくれませんか? そういうのって、あんまり見る機会なくて、ちょっと興味あります」
:確かに
:意外と使い手も少ないしな
:それが配信されてるっていうのもあんまりないもんな
「リスナーのみんなも興味あるみたいなんで、是非!」
「う、うーん……」
マオは乗り気ではなさそうだが、セイジとムルの間に視線を彷徨わせてから、小さくうなずいた。
「じゃあ、ちょっとだけ。
えっと……何か欲しいモノある?」
「欲しいモノって言われても……これって何が作れるんですか?」
「えっと、それは……」
戸惑うマオに助け船を出すかのように、リスナーたちからのコメントが流れていく。
:アイアンウールの角ならナイフとかも作れるはず
:ムルちゃん槍や剣とは別に予備武器でナイフみたいのも欲しいって言ってたじゃん?
:いいじゃん ナイフにしてもらおう
「なるほど。コメントを参考にすると、ナイフが作れるならお願いしたいんですけど」
「分かりました……といっても、ここで出来るのは、この角を刃にするだけなので、あとで柄とかは別に作る必要がありますけど……」
「それで全然OKです! 持ち込みで柄とか作ってくれる工房もありますし」
「わかりました」
力強くうなずき、マオは自分の首飾り型SAIから作業道具を取り出した。
「基本的に削ってナイフの形にするだけなんだけど……」
そう言いながらマオは、道具を手にしてスキルを発動。ゆっくりと角を削りはじめ――
「あれ?」
「どうしました?」
「ええっと、とりあえず……削りますね」
「?」
何か戸惑いながらマオは角を削っていく。
:おれの知り合いのクラフターより上だなこの人
:あんまりクラフト風景ってみないけど上級系な人の気がする
:アイアンウールの角って削り出しでナイフに出来るくらい硬いんだよね確か
:サクサク削ってくじゃん
「……アイアンウールの角ってこんなに柔らかかったっけ……?」
「もしかして、素材が低品質だったのかな?」
マオの独り言が耳に入り、首を傾げながらムルが訊ねる。
「ダウナーさん! さっきの羊の角って、品質微妙だったりした?」
「いや。そもそも今日のアイアンウールは、前回のヤツよりも大きかったし、能力的にも高めのヤツだった。肉質も良いから、角の質だって悪くないはずだぞ」
「……瞬殺しておいてモンスターの強さと質をちゃんと把握してるのなんなの?」
:ムルちゃんのツッコミが鋭い
:一瞬の抜刀でそこまで把握してるのかダウニキ
:肉は今料理してるから分かるんだけどなw
「――ともかくそういうコトみたいなので、結構良い質の角みたいですよ?」
「そう、なんだ……」
呆然とした様子でマオは角を削っていく。
:この動き、スキル任せじゃないな
:元々の高い技量に高いスキルレベルによる補正が乗ってすごいコトになってるっぽい
そうこうしているうちに、一振りのナイフ――の刃が削り出された。
それを丁寧に、しかし素早くヤスリがけし、見た目を整えていく。
「見た目は木製っぽいですね」
「見た目は確かに木ですけど、硬いし切れ味は鋭いので扱い注意ですよ」
「もちろんです! あ、片刃にしたんですか?」
「何となくなんですけど、今のムルさんは片刃のナイフがいいかなって」
「そうなんですね」
:使い手のクセとか加味して加工したのか?
:まって?こんな技術者を自殺に追い込んだ会社があるの?
:クラフターとして相当なレベルじゃないか?
:木目っぽい見た目だけどよくみると金属的光沢もあるな
:その光沢がシャレにならんくらい美しいんだが?
ムルの目を通して刃を見ているリスナーたちも大絶賛だ。
:ところでダウナーニキが退治した羊の角だけどいいの?
:っていうかムルちゃんが貰って良いやつ?
「あ」
コメントの指摘で気がついた。
なので、ムルがセイジに訊ねようとした時――
「元々、暇つぶし用に彼女へ上げた角だ。扱いは彼女に任せる」
――どうやらこちらの様子を伺っていたらしいセイジがそう告げた。
それに、マオとムルは顔を見合わせる。
「ええっと、そういうコトなら、あの……そちらのナイフはどうぞ。ムルさんの為に作ったモノですし」
「ありがたいんですけど、料金とかは……」
:急にやりとりがぎこちなくなって草
:二人とも急に冷静になってきた?笑
「その、助けてくれたお礼、というコトで?」
「あ、はい。ならその、遠慮なく……?」
:二人とも戸惑ってるw
:まぁ大元はダウナーニキの素材ではあるしなぁw
なにはともあれ、ムルは新しいナイフ(の刃だけ)を手に入れたので、それを丁寧に自分のSAIへとしまった。
ちょうどそのタイミングで、セイジの声をかけてきた。
「二人とも準備ができたぞ。メシの時間だ」




