054.オフの日なのに心底ダルい
サイキが爆弾を落としてきたが、それ以外はとても楽しかった飲み会の翌日。
昨日のうちにサイキのマネジャーである星庭 願音と連絡を取り、コウタと共に明日会って話をする算段は付けた。
学校への連絡は、明日の相談の内容に合わせてやるので、今日する必要はない。
朝食の準備をしながら、今日は特に何の予定もない空白の日だと気づいた。
「……こういう日に、配信ナシでダンジョン行くか……と考える辺り、染まってきてる気がする……」
あくびをかみ殺しながら、そう嘯く顔は、決してダルそうではない。
とはいえ、トラブルの可能性は十分ありうるので、配信用のドローンは念のため持っていった方がいいだろう。
最近は、ドラレコ配信なんていうエンタメではなく、純粋な防犯意識の為だけに配信をしている人もいるくらいだ。
ダンジョンという超人化適性のない人では入ることのできない閉鎖空間を旅する以上は、第三者の目を常に側に置いておくというのは、決して悪いことではないだろう。
「行くにしても、次の配信の下見になりそうなところか、そうでなくともダンジョン食材が採れそうなところがいいな……どこか候補はあったか」
独りごちながら、朝食の準備を終えたセイジは、両手を合わせてから箸を手にするのだった。
・
・
・
ダンジョンは、人の思いが集まりやすい場所や、いわゆるパワースポットと呼ばれる場所に出現しやすいとされる。
実際、世界で最初に観測されたダンジョンの入り口には、日本の厳島神社の海上大鳥居のところだ。
以降は、世界中の神社やお寺や教会、遺跡や墓所、現地住民などが精霊や神が集まるとされている場所。あるいは、都市伝説の舞台やら、人々の思念が集まった場所――例えば、『あそこゲームだったら壊して隠れたエリアがありそう』みたいな壁や階段など。
そういう場所に発生しては、消えたり、壊されたり、あるいは国は維持を指定したりしている。
ダンジョンは人の思考や記憶、感情などが反映されやすい――あるいは反映された場所であり、ダンジョンはその中に、地球以外で発生した記憶や感情などを蓄えているそうだ。
それがモンスターであり、植物であり、宝箱などから手に入るアイテムなどだ。
あるいは、戦いの最中に閃いたり、マテリアルと呼ばれるアイテムで取得できる魔技や武技なども、異世界から流出してきた誰かの思い出の一部らしい。
最新の検証情報においては、エリアの内外が区切られている明確な理由も分かってきたようだ。
エリア内とは、ダンジョンをダンジョンとして扱える範囲なのだという。
エリア外とは、人の感情や記憶など、思い出の集積部分に近い故に、踏み入れた人の感情や思い出が、過剰に採取されてしまうのだとか。
つまり、エリア外に人が踏み入れると、そのダンジョンだけでなく、ヘタをしたら全てのダンジョンに何らかの影響を与えかねないのだ。
まぁさておき。
つまりはエリア内外の境界線というのは、ダンジョンなりのセーフティあるいはセキュリティの類いなのだろう。
それを思えば、わざわざそこを乗り越えるような危険を冒すのは、よほどの理由か研究の為でもない限りは有り得ない。
不動山ダンジョン。
春先に、窟魔ムルがワ○ルドを名乗る前のセイジに助けてもらったダンジョンだ。
あの時はイレギュラーによって慌ただしいままに配信を終えてしまったので、そのリベンジも兼ねて、彼女はやってきていた。
今、ムルは配信をしながら、そのダンジョンの中を歩いている。
あるいは、歩いていたというべきか。
今は足を止めて、顔を引き攣らせて、ちょっとテンパっている。
「どどどどどどどど、どうしようみんな……!!」
:ムルちゃん落ち着いて
:確かにビビるけど
:っていうか助けた方がいいんじゃね??
あの時、セイジと出会った第三層。
そのフロアの普段はあまり通らないルートを歩いていたところ、ムルはあの時とは別のエリア端に来てしまった。
そこまではいい。
敢えて普段通らないルートを通るのを楽しんでいたのだから、問題はない。
問題は――そう、問題は……そのエリア端の崖の際に、スカートタイプのレディスーツを着たくたびれた感じの女性がフラフラとしたまま眼下を見下ろしていることだ。
精気を感じない青い顔をした女性だ。
もうなんか、そういうことをするつもりのようにしか見えない。
:なんでダンジョンで・・・
:ていうかよく三階まで来れたな?
最初はテンパっていたムルだったのだが、ふと――もしかしたら自分もあんな顔をしていたのかもしれない……と、そう思った。
そう思ったら、もう彼女を止める以外の選択肢が脳裏から消える。
次の瞬間、全身にマナを巡らせて地面を蹴り、自分が出せる全速力で女性の元へと向かう。 そして女性が意を決したように、片足を崖の外へ投げだそうとした刹那――
「え?」
――ムルは彼女を横から素早く抱き止めると、そのまま崖から離れた場所まで一気に移動して彼女を下ろした。
「え? え?」
地面にへたり込みながら、何が起きたか分からない様子の女性。
その女性に何と言葉を掛けるべきか――ムルは悩んだ結果、とりあえず思いついた言葉を口にすることにした。
「まぁ、なんで飛び降りたいかは聞きません。
でも――エリア外へ飛び降りられると、探索者にとってはあんまり良くないコトが発生するのが明白なので、やめてもらえます?」
セイジならもっと気の利いた言葉を口にしたかもしれないなぁ――と思いながらも、ムルはそう告げた。
言われた女性は、ムルを見上げながら――ようやく状況を理解したのか、ポロポロと涙をこぼし始める。
「ご、ごめんなさい……でも、でも……わた、しぃ……」
顔を覆ってわんわん泣き始めた彼女に、ムルは盛大に顔を顰めた。
同時に、セイジのようなドローン撮影ではなく、スキル連動型の視界共有配信で良かった――と安堵する。
泣き始めた女性を見て、思わず顰めてしまった顔が配信に乗ったら炎上必至だった。
そして、改めて思う。
(め、目の前であんまり知らない人が泣き出すのってこんなに気まずいんだ……。
うあー……あの時、セイジさんは、よくあんな優しく対応してくれたなー……)
全然関係ないタイミングで、思わず反省である。
:ムルちゃん困ってるな
:いやまぁこれは困る
:ダンジョンで滅多に遭遇しないタイプだ
:ムルちゃんは今こう考えている『ダウナーさんならどう対応しただろうか』と
:それありそうだなぁw
:なんで毎回毎回あいつの話題が
ともあれ、ムルとしても助けた以上は何かしないといけないだろうという思いはある。
「出口が分からないなら、案内しましょうか?」
ふるふると彼女は首を横に振る。
けれど、泣いたままで何も言ってくれないので、どうすれば良いのか分からない。
途方に暮れつつも、放置しておくわけにもいかず、ムルが頭を抱えていると、この崖エリアの入り口の方から何かの気配を感じて、そちらに視線を向けた。
:この状況で乱入者?
:モンスターなのか人なのか
:どっちにしろ厄介な状況だぞこれ
泣いてる女性を気に掛けつつ、槍を握る手にチカラを込める。
そして――
「…………」
背の高い草が集まって出来た壁の影から、見慣れた男性が姿を見せた。
:ダウナーさんじゃん!
:ナイスタイミングすぎる!!
:よしムルちゃん!丸投げしよう!
ムルは思わず目を輝かせてセイジを見る。
セイジの方は、目を輝かせるムルと、泣き崩れている女性の間に視線を彷徨わせた。
それから、それはもうダルさをまったく隠しもしない盛大な嘆息を漏らした後で、くるりと踵を返す。
「それじゃあ、オレ向こうに行くから」
:あ
:逃げる!
:逃げるな!
:逃がすな!捕まえろ!!
:でも逃げる気持ちも分かるw
:最速の反応で草
:知り合いの横に泣き崩れている見知らぬ女とか関わりたくなさマックス
:厄介事でしかないもんね笑笑
じゃ――と軽く手を掲げるセイジへ、ムルは飛びかかるように手を伸ばした。
「逃がしません!」
:ムルちゃんも必死だwww
:すごい速度でダウナーさんに抱きついて草
:毎回毎回この男になんで
:俺がムルちゃんの立場でもこれはやる笑笑
:笑い事じゃないんだろうけど状況がコントすぎるw
「どう考えたってダルい状況だろこれ! モンスターとか犯罪者とかが絡んでないなら自分でなんとかしてくれ!」
一切隠す気のない遠慮なしのダルい顔をしてセイジが主張する。帰らせろ、と。
:ダウナーさんも面倒くさがってて草
:いやぁ実際どう見ても厄介事遭遇シーンだし?w
しかし、ムルは抱きついたまま逃がさない。
「そんな薄情なコト言ってないで助けてください! 正直、どうしていいか分かんないんですよー!!」
:ムルちゃんの必死な声が可愛いと思ってしまった笑
:なんていうかダウナーさん来たから何とかなると思っている自分もいるw
:確かにダウナーさんなら何とかしてくれそう感はあるなww
「…………」
ひたすらにダルそうな顔をセイジがしたタイミングで、泣き崩れていた女性が幽鬼のような様子で立ち上がった。
「ムル、あの人、急に立ち上がったけど大丈夫か?」
「え?」
:お?泣き止んだ?
:ようやく話が出来るのか?
セイジと共に女性の方へと視線を向ける。
すると、立ち上がった女性は再びふらふらと崖の方へと歩き出した。
:ダメだ泣き止んだと思ったら!
:おいおいおいおい
:二人ともその人止めて!
「ちょッ、なんでまた飛び降りようとしてるんですかッ!?」
彼女が何をしようとしているのか気がついて、ムルは再びダッシュすると彼女を捕まえて崖から引き離す。
「なんで、なんで飛び降りさせてくれないんですかぁ……!」
またもわんわんと泣き出してしまった彼女に、ムルは困った顔をセイジに向けた。
そのムルの顔には、隠すことなく『HELP ME!!』と書かれている。
「心底ダルい……」
言葉通り、心の底から吐き出すようにそううめいたあと、セイジは諦めたように自分の首を撫でながら、ムルと女性の元へと歩き出すのだった。




