045.そして少年たちがやってきた
キョウコとシヅルとの話が終わった辺り、フウリュウも二人の少年を連れてやってきた。
地味な雰囲気の剣士が、丹沢 椚。
糸目で眼鏡の術者が、樹安 桷。
挨拶は交わせたものの、緊張し、恐縮した様子の二人はなかなか話を切り出せないようだ。だが、いつまでも待っているワケにもいかないので、セイジから声を掛ける。
「いつまでもそうされていてもダルいだけなんだな。
悪いが配信開始の時間を遅れるワケにはいかない。まだ時間があるとはいえ、お前たちが望んだから作った時間だ。有効に使ってくれ」
なぜか余計に萎縮されてしまった。
それを見ていたシヅルは、なんとも言えない苦笑を浮かべている。
そして、キョウコは容赦なくセイジの後頭部にチョップをかました。
「……何をする?」
「悪意も怖がらせる意図もないのは分かるんだけど……ダウさん、今のは最初からビビってる子たちには刺激が強すぎるかな」
「?」
別にドスを効かせたワケではないし、二人を排除する意図を持って話しかけたワケでもない。むしろいつまでも黙ってて時間を無駄にするのは勿体ないので、気遣いから掛けた声だったのだが――
「あー……とりあえず、今のは二人にとっての気遣いにはなってないからね?」
キョウコに衝撃的な事実を教えられて、ほんの少しセイジは目を見開く。前髪に隠れていたので、分かった者はいないだろうが。
そんなセイジを横へ押しのけ、キョウコは二人に向けて笑いかける。
「二人とも、今日このダンジョンを登ってきてどうだった?」
「え?」
何を言っているんだろう――という顔をする二人に、キョウコは続けた。
「フウくんと一緒に昇ってきたんでしょ? 学ぶコトあったんじゃないの?」
「あー……うん。なんていうかおれたちと全然違ってた」
それにクヌギがうなずくと、タルキもそれに釣られて語り出す。
「ただ歩いているように見えるのに、あっちにゴブリンがいるとか、そっちにイモムシがいるとか、そういうの見えてないのに気づいてるし」
「戦うときもイチイチ騒いだり驚いたりしないで、相手を見て少ない動きで動いてここぞという時に武技でズバっとやってて」
「しかもゴブリンと接近戦しながら、魔技の準備してたかと思ったら、ゴブリンの足を払って動きを止めるなり、後ろから近づいてくる蝶々に準備してた魔技を撃って倒したり……なんかすごくて……!」
興奮して語る二人に、キョウコがうんうんと楽しそうに聞いている。
その横で、二人に褒められてどうして良いのか分からない顔をしているフウリュウに、セイジとシヅルが、なかなかやるじゃないかと褒め増量運動を行っていた。
それによって、ますますフウリュウが嬉しいような過大評価に困っているような顔をするので、セイジとシヅルは少し面白くなってきている。
そっちの三人はさておくとして――
「うんうん。フウくんがすごいのは分かった。それでキミたちは自分に対して何か思った?」
「なんか、自分たちは全然探索者じゃなかったんだな……って」
「たぶん……探索者の資格を取ってダンジョンに潜れて、超人化できたってコトで、調子乗ってました」
クヌギとタルキは俯いてそう口にしたあと、顔を見合わせてから真っ直ぐにキョウコを見た。
そして、同時に頭を下げる。
「迷惑かけてごめんなさい!」
「迷惑かけてすみませんでした!」
キョウコはうんうんとしたり顔でうなずいているのだが、セイジは無表情に、シヅルは不満そうにその様子を伺っている。
「そんなワケで、しーちゃん、ダウさん! あーしは、二人を許すから!
ちゃんと理解して反省しているなら、おーるおっけー!」
その言葉の裏には、事前に説明した通りだし許すからね! というキョウコの意志が見える。
だから、シヅルもセイジもそれに合わせたリアクションを取ることにした。
「好きにしろ。だがワタシは許さない。友人を危険に晒す元凶だったワケだしな。
真摯に反省している態度は認めてやるが、その謝罪は受け入れない」
「まぁキミが良いなら良いんじゃないか? 正直、二人が反省してようがしてまいがどうでもいい。どっちであれいちいち時間を取らされたのがダルいだけだ」
三人全員が許してしまうのは、キョウコの求める自分と自分の世界の為の平和とやらが、偏ってしまうだろう。
だからこそ、許さない者、中立の者といった謝罪に対する多数のリアクションがあることをセイジたちは示す。
ただ、さすがにそこまでちゃんと空気を読めないフウリュウは、小さな声でボソりと訊ねてくる。
「……セツ兄と、シヅ姉……わざとでしょそれ?」
「分かっているなら、口にするのは無粋だぞ少年。あと実際ワタシはそこまで許せているワケでもない」
「時に沈黙が正解というコトもある。あと、時間を取らされたのコトをダルいと思っているのは事実だ」
「……ごめん。二人とも半分くらいはマジだったんだね……」
何はともあれ、面倒くさい謝罪会議はここまでにしたい。
セイジは時計を確認してから、三人の少年に訊ねる。
「とりあえず、これから配信でガーロ料理を作って食べる配信をする。
配信に顔が出てもいいなら、この場にいてくれ。困るならあっちのテントの右側にある椅子に座れば、そっちにカメラが向かないようにする」
その言葉に、三人は不思議そうに首を傾げた。
「それって、おれたちにも食べさせてくれるってコト、セツ兄?」
「ああ。そう言っている。テントのとこの椅子に座るなら、カメラに映らず食べれるぞ」
「……ボクたちもいいんですか?」
恐る恐るといった様子のタルキに、セイジは首肯する。
「悪いなら、声を掛けない。どうする?」
「えっと、タルキはカメラ大丈夫か?」
「うん」
「なら、オレたちはカメラ大丈夫なんで」
「そうか。なら準備できるまで適当にヒマを潰していろ」
二人の答えに了解を示してから、セイジはフウリュウに視線を向けた。
それに、フウリュウも楽しそうにうなずく。
「おれもカメラおっけーなんでセツ兄たちと一緒に食べる。あ、配信中はセツ兄じゃなくてワルニキの方がいいんだっけ?」
「ああ。そうしてくれ」
「了解だ、ワルニキ!」
「時間が押し始めてる。悪いが準備を手伝ってもらっていいか、フウリュウ?」
「もちろん!」
そうして準備を始めるセイジとフウリュウ。
その光景を見ていて、シヅルは思う。
「……犬と飼い主だな……」
言うまでもないが、フウリュウが犬である。
「あー……ワルド殿。手伝うコトはあるか? 待っているだけというのもつまらなくてな」
「そうか? なら――……」
そうして、配信と料理の準備をするセイジたち。
それを見ながら、クヌギとタルキは不思議そうな顔をしていた。
「許してくれないのに、料理はおーけーなんだ……みたいな顔?」
「ええっと、うん。そんな」
キョウコが訊ねると、クヌギがうなずき、タルキも同意するように首を縦に振る。
「まぁ、許す許さないと、人と付き合う付き合わないの判断は、意外と別ってコトかな」
「そうなんですか?」
「離れる人は離れるよ。でもまぁ、Aという行為を許さないからといって、それをしてしまった人を嫌ったり離れたりするかどうかはまた別問題なワケよ」
うーん……と、二人は首を傾げた。
「許さないとか、どうでもいいとか、言ってはいるけど――キミたちがちゃんと反省しているようだから、とりあえずは突き放す気はないってところかなぁ」
キョウコからしても、セイジとシヅルの態度の五十パーセントくらいはポーズだと理解はしている。
でも、それをここで明かす気はないので、それを利用して説明するだけだ。
「難しいですね……」
「そうだよ。難しいよ。人間って複雑だもん。その人間が複雑に入り交じる以上、世の中が複雑じゃないワケがないよね」
そう口にするキョウコに対して、クヌギとタルキは考えたこともなかった――というような顔をして彼女を見た。
「小学校、中学校あたりまではさ、私立でもない限りはだいたい似たようなエリアから集まってきた人で固まるから、その社会や世界の複雑さみたいなのは、見て見ぬ振りができた。気づかなくてもどうにでもなった。あるいは許容できる複雑さだった。
でもねぇ……高校になると、遠方から来る子だったり、遠方へ行く子だったりもでてくる。学区制なんてのもだいぶ前に無くなっちゃったから、色んなエリアから色んな人が集まりやすくなってるってワケだ。
だから――別のエリアの考え方や、別のエリアから生まれた好悪が、自分の領域に交じってどんどん複雑になってくワケよ。
大学に行けばさらに複雑に、社会に出ればさらにさらに複雑になっていくワケ」
何となく心当たりがありそうな顔をする二人に、キョウコは続ける。
「そして、その複雑さというのはね。自由度の高さと比例する。だからキミたちも、探索者の資格を取ってダンジョンに潜った時、とても自由に感じたんじゃないの?」
「それはあるかも……」
「確かになんかすごい人になれた気分でした……」
「うんうん。そうだろうね。何せ、大学すっ飛ばして事前の心構えもなく、社会というエリアに足を踏み入れたんだから、とても自由な気分になったのは間違いないと思うよ」
そこで、タルキが気がついた。
「でもその自由度は、社会の複雑さを分かっているコトが前提の自由……」
「そういうコト。キミたちって確か一年生だよね? つまりまだ高校の自由と複雑さを味わいきってないのに、いきなり社会の自由を味わっちゃえば、調子にも乗っちゃうよね」
「でもフウリュウは……」
「そ。フウくんは調子に乗らなかった。それは何故だと思う?」
きっと、彼らにはすぐ答えはでないだろう。
なにせ彼らは今まさに、その調子に乗らない為の経験というものを現在進行形で味わっているのだから。
「キョウコ、オレからもいいから?」
「ん? どうしたのダウさん?」
「話は準備しながらも聞こえていたからな」
そう口にして、セイジは二人に向き合う。
「キョウコの話を元にするなら、自分の領域外の影響で、自分の領域の複雑さが増すほどに自由度が増すという話だったな。
なら、自由度が増すと同時に、もう一つ重たくなるモノがあるという話をしておく。そして、それを知っているか否かが、お前たちとフウリュウの一番の違いだろう」
フウリュウが聞いたら照れるかもしれないな――などと思っていると、クヌギが真面目な顔をして訊ねてきた。
「それって、責任ってヤツ?」
「ほう?」
「この前、フウリュウも言ってました。自分が由しと思って選択した行動の結果と結末に責任を持てるのか――って」
クヌギに続いてタルキがそう口にすれば、セイジもキョウコも分かってるじゃないかと、小さく笑った。
「責任の伴わない自由は、身勝手とか好き勝手って呼ばれるただのワガママだかんね」
「それを踏まえた上で、ガーロの時の自分たちの行動や言動を省みろ」
そう言えば、二人はケガを堪えるような顔をするので、自覚はしているようだ。
「許す許さないは別にして、お前たちの態度と言葉による反省は認めてやる。だから今後は、その自由行動において自分たちの在り方を示し続けろ。それが真に自由を理解した振る舞いだと見て取れるようになれば、シヅルもお前たちを許すかもしれないぞ」
「二人とも~、お返事は?」
「はい!」「はい!」
「よろしい」
何となく幼稚園か保育園の先生のように見えるキョウコに、セイジは何となく思うことはあれど、特にツッコミはいれないことにした。
「さて、ダルい話はここまでだ。準備が終わったし、時間も迫っている。配信を始めるにあたって、最低限の段取りの話をしたい」
「おっけー! 二人とも配信に顔出すんなら、ちゃんと聞いておくんだよ」
「わかった!」
「了解です」
「……ダウさんはなんで変な眼差しをあーしに向けてるかな?」
「いや、なんでもない」
セイジは小さく息を吐くと、三人と共にシヅル、フウリュウと合流し、配信の最低限の段取りについて話し始めるのだった。




