043.未成年探索者だからこその大変もある
約束の16時30分少し前。
三十分以上前から、到着していたフウリュウは、カフェスペースで注文したシロップを多めに効かせたアイスカフェオレを飲んでいた。
コーヒーの味とかはよく分からないフウリュウだが、行きつけのファミレスのドリンクバーにあるコーヒーよりは格段に美味しいことだけは分かる。
(いやまぁ、あのチェーン店のドリンクバーのコーヒーが微妙って話らしいけど)
なんであれ、このMサイズ300円のコーヒーはかなりコスパもいい。
一般のカフェチェーンの同じサイズだと、500円くらいはしそうなやつだ。
「あ、いたいた!」
「ごめん。もしかして遅刻か?」
「いや。まだ半にはなってないから、間に合ってるよ」
座れば――と、フウリュウが言えば、二人も素直に席に着いた。
ただ、どこか落ち着かない様子だ。
それを見て、とりあえず緊張を解こうとフウリュウが告げる。
「なんか飲み食いしたいなら、話し始める前に買ってきていいよ。喋ってる途中に買いに行くのもなんかイヤだろ?」
二人は顔を見合わせると、素直にドリンクを買いに行き、戻ってくる。
戻ってきた二人は、それぞれに買ってきたドリンクに軽く口を付けたところで、落ち着いたようだ。
「そういえば、ちゃんと名乗ってなかったよなお互い」
「そうだね。まずは自己紹介からしようか」
それぞれにうなずきあうと、フウリュウが自分を示す。
「おれ、瀬海樹学園高校2年の串谷 楓流な」
カフェオレを口にしながらそう告げれば、二人は驚いたような顔をする。
「あ、年上だったんだ……」
「ん? 1年だったの? まぁ別に気にしなくていいよ」
「瀬海樹学園って、あの化け物ばっかり輩出している学校だよね? 美人社長とか、トップクラスの探索者とか有名配信者とか……」
「んー……単純にその人たちが凄かっただけで、別に学校関係なくね?」
もちろんフウリュウも卒業生たちのことは知っている。実際に有名だ。
まず美人すぎる現役大学生社長などという二つ名で良く報道されていたOG。
彼女は、有名なSNSのWarblerが赤字で、海外の美人IT系実業家が買い取るにあたって揉めている最中――突如現れて横から掻っ攫って見事に買い取ったのが当時現役大学生だったこの先輩だ。
今では、IT技術を利用したダンジョン関連商材などを多く取り扱っており、かなりシェアを拡大している。
ギルドの解体場や探索者用トレーニング施設などに使われる疑似領域発生装置の開発にも関わってるとか。
有名な探索者で有名配信者である鶏肉好きと、そのマネジャーをしていたという生身でふつうに強い逸般人のOBコンビ。
二人とも学校を卒業後、現在もなお探索も配信も続けている。人気者だ。
大学で勉強をしながら配信をしているのもあって、最近は配信ペースは落ちているそうだが、一度配信すればアクセス数はとんでもない数値を叩き出す。
そして有名配信者であるOG。
彼女は正体こそ名乗ってないものの――いつかの配信で上述のダンジョン配信者コンビとは同じ学校であり自分が先輩だったとうっかり漏らしたことがある。
この先輩はチャンネル登録者数100万人越えのVTuberと呼ばれるヴァーチャルアバターを持つ配信者であり、同時にダンジョン配信者である女性だ。
彼女のV姿は、企業コラボなどでよく見かけるようになっている。
今日だってフウリュウの地元駅前の銭湯系スパチェーンが彼女の所属事務所とコラボしていて、店の入り口には浴衣姿が描かれた幟が飾られていたくらいだ。
すごい人たちだとは思うが、そもそも学校は別に彼ら彼女らの活動の支援をしていたというワケではないだろう。
単純にうちの学校に通っていた人たちが、それぞれに努力をしたり運だったりで、すごい地位を確立したに過ぎない。
「実際、別にそういうすごいヤツになる方法とか教えてくれるワケじゃないし、そもそも教えられるもんじゃないじゃん?」
フウリュウがそう口にすれば、二人もそれもそうか――と納得した様子を見せる。
「あ、こっちも名乗らないと。
俺は、殿元高校1年の丹沢 椚です」
確かダンジョンで会ったときは剣を持っていた方だ。
ちょっと申し訳ないと思いつつ、フウリュウはクヌギの顔をモブ顔っぽいと思ってしまった。
「ボクは同じく殿元高校の1年。樹安 桷です」
タルキの方はメガネを掛けているので覚えやすいかもしれない。
どことなく、糸目系黒幕顔っぽさを感じる顔だ。
ダンジョンで会った時は掛けてなかったのを思うと、シチュエーションに併せてメガネとコンタクトを使い分けるタイプなのだろう。
「クヌギとタルキね。あ、名前呼び捨てにしちゃったけど、いい?」
「こっちも別に呼び方は気にしないから」
「うん。好きに呼んでください」
「さんきゅ。おれの呼び方も気にしなくていいから。喋り方も別にムリして敬語じゃなくていいぞー」
軽い雑談混じりの自己紹介をしているうちに、二人の方もだいぶ落ち着いてきたようだ。
そこを見計らって、フウリュウが訊ねる。
「そんで、本題はなんだ?」
「えっと……迷惑をかけたおっさんや姉ちゃんたちに改めて謝りたいんだ」
「だから、フウリュウくんに頼んで貰えないかなって」
「……ふむ……」
二人の言葉に、フウリュウは小さく息を吐く。
少し前の自分であれば、二つ返事でOKを出していたかもしれない。
だが、セイジたちと知り合って以降のフウリュウは、急を要しない物事に対しては可能な限りワンクッションおき、考えてから返事をするようになっていた。
(おれが怒られたりはしないと思うけど、こいつらは怒られる可能性あるよなぁ……)
それはフウリュウが、セイジたちに対して「大人の動きだ」と思った事柄を真似しようと思ったからだ。
無自覚ながらもフウリュウは元々ある程度は出来ていたのだが、それを自覚的にするようになったとも言えるかもしれない。
(大人たちに二人が怒られるコトは、おれが責任を追う必要はないだろうけど、取り次いだことには責任が生じるって感じだよな……)
考えた結果が正解ではないことが多々あるだろうというのは重々承知だ。
ましてや本当に、三人が何かを考えて動いていたかどうかもフウリュウには分からない。
けれど、フウリュウは先日の大人三人組が何をするにも考えて動き、その結果に責任を持とうとしているように見えた。
だからこそフウリュウは、自分の目の前に選択肢が現れたのだと直感した時、それを選んだ結果どうなるかを逡巡するようになっている。
(まぁでもそこまで重い怒られがおれには無いよな。あったとしても怒られるだけで済みそうだし。ま、怒られてもそこでまた気をつけるコトが増やせるならそれでいいか)
きっと大事なのは怒られないことよりも、怒られた時にそれをちゃんと受け止められるか、受け止める必要があるかを見極めることなのだろう。
その上で、過去の大人たちとのやりとりから想像するに、大人というのはさらに一歩踏み込んだことを考える人なのだと思う。
きっと、怒る場合も怒られる場合も――感情や思想、政治や立場とかが存在しているというのを踏まえて、みんな責任の形を考えているのだと、フウリュウは想像する。
本物の大人たちからすれば考えすぎであり、大人もわりとフィーリングとノリで選択して生きている人も多いものだが、今のフウリュウにそれを気づく余地はないかもしれない。
さておき、今は目の前の二人に対する返答が必要だ。
(まぁ取り次ぐくらいなら問題ないかな?)
僅かな時間にそこまで考えたフウリュウはうなずいた。
「一応、LinkerのIDは交換してるから聞いておくよ」
「マジで!」
「ありがとう!」
二人は安堵したように喜んでいる。
だが、フウリュウは素直に喜べるようなモノではないだろうと、想像はできている。
なので――二人に対して、一応は言っておこうと判断した。
「ただまぁ、お前らの言うおじさん――セツ兄……節村さんと、メガネのお姉さん刑部さんの二人から――あーいや、普通にピンクツナギの幡内さんからもありえるか――ともかく、三人から叱られる覚悟は持っとけよ?」
フウリュウの言葉に、クヌギは目を瞬き、タルキは首を傾げる。
「謝りたいのに、怒られるのか?」
「あー……まぁそう思うのは分かる」
実際、フウリュウも少し前ならクヌギと同じ疑問を抱いただろう。
謝罪は悪いことではない。自分の反省の意志を伝える手段として、必要なのも間違いない。
「けどさ、一応お前ら、やらかした側じゃん?」
「そこはそうだけど……だから謝るのに、ボクらは怒られるの?」
「すげー気持ちは分かる。分かるんだけど、抜けてるんだよ、もう一つの感情が」
幼稚園とか小学校の時とか、やらかしたらごめんなさいして、やらかされた側は許してあげようね――と言われてきた。
だからこそ、常にやらかした側にいた場合、謝れば許して貰えると自分たちは覚えてしまったのだろう。
フウリュウも覚えがある。
でも、やらかされた方は、謝られたって許したくないのに、教師や親から許してやれと言われることが多かった。
それを常に経験している側だと、どうして許さないといけないんだと、全ての謝罪に怒りを覚えてしまう場合があるらしい。
これも、過去の経験でフウリュウは覚えがある。
その上で、二人にはちゃんと言っておいた方がいいだろうと、フウリュウは判断する。
「それ、節村さんたちの感情は考慮してる?」
これは敢えて伏せておくつもりだが、二人のやらかしたことは、大人たちが許したからとて、高校生のやらかしのレベルを超えている。
ことピンクツナギのキョウコに関しては、会社の社長だ。なのにスキルを使った代償で一時的な失明が発生している以上、本業への支障は免れない。
この補填を誰がするのか――と言えば、本来はクヌギとタルキになる可能性がある。
もしそれに対して、二人がキョウコが勝手にスキルを使ったことだから――などと思っていたり、あるいは口にしようモノなら……とフウリュウは考えてしまうところはあるのだ。
ただセイジの様子から、自分の報酬を低くしてキョウコへ補填している可能性は大いにありうる。だが、だからといって二人のやらかしが無かったことにはならないし、この場においては余談でしかない。
フウリュウはあまり相手を悪く言ったり、反省している相手を容赦なく切り捨てるようなことは好みではないのだが、二人の為にもこれは指摘しておくべきだろう。
「何より、お前らの謝罪の為に節村さんたちが時間を取るメリットってある?
そこに合理的な理由がなければ刑部さんは容赦なくそこを指摘してくるだろうし、そこに本当の反省が伴わなければ幡内さんはバチギレすると思うぞ。
そうでなくとも、耳を傾けるに値する姿を確立させておかないと、美人コンビがキレる前に、節村さんの『ダルい』の一言で謝罪タイムは終了になる。そのまま切り捨てられて終わるのは間違いない。
その辺りの覚悟、お前らにあるのか?」
戸惑った様子で顔を見合わせるクヌギとタルキに、フウリュウは容赦なく告げる。
「三人への取り次ぎはする。場所もセッティングしてやっていい。
けれど、そこから先がどうなるかはお前らの行動次第だ。
自分たちが由しと選んで行動した結果とその責任、ちゃんと取れるか?」
それに対して、二人が答えられる言葉は少ない。
「分からない」
「そんな風に言われたコトもなかったから」
「まぁそうだよな。おれもそうだったし」
フウリュウとて、二人の気持ちも分からないではないのだ。
「キミって本当に一つ上? すごい大人みたいな考えかたしてない?」
「タルキの言う通りだよ。昨日も思ったけどさ」
「そりゃまぁ……な? おれたちはさ、ある意味で大人の職場、社交場で遊ばせて貰ってるんだぜ? 多少はそこに混ざる努力をしないとさ、本当にただ迷惑なだけじゃん?」
それはフウリュウの持論でもある。
大人からチヤホヤされる未成年探索者というのは、単純に優秀か、いわゆる可愛いがられるタイプのキャラか、そうでなければ探索者という仕事と肩書きに責任を感じているかどうかが重要だと思っている。
自分を自己分析した場合、前者二つはまずないので、後者たろうとしているのがフウリュウだ。
だからそれを踏まえた行動をしようと、常に意識しているところではある。
「探索者って未成年でも資格が取れるから忘れがちだけど、自らの行いに責任を取れる大人たちの職場なんだよ。
未成年は、未成年というだけで報酬が減額されるし、調子乗っちゃう危ないやつも浅瀬パチャパチャしてるようなもんだから、多少邪魔になっても仕方ないと笑って済ませて貰ってるだけだ」
そもそも難易度の高い仕事、報酬の高い仕事ほど、未成年への探索報酬に対する税金が通常よりも多くかかる。中には報酬額の八割が税金で持って行かれることがあるくらいだ。
だがその理由は、憧れや欲に目が眩んだ未成年が無茶をしない為のものだと言われると反論しようがない。
もちろん未成年でも大人同等の支払いがされる例外はいくらでもあるが、例外は例外だ。
あと大人でも憧れと欲に目を眩ませてやらかしたりもするが、それは例外というよりも考え無しの自業自得だ。
ともあれ、未成年に対する報酬の減額処置は目の前の二人のようなタイプが無謀な仕事をしないようにする為の処置なのだと言われれば、納得してしまう。
だけどそれでも――
「中にはお前らのように浅瀬でパチャパチャするのが精一杯なレベルの未成年探索者が、調子に乗って上級の大人すら対処困難な問題を引き起こす場合があるってコトだな」
――そういうことが起きるからこそ、未成年探索者が大人の探索者たちからどう思われているか、知っておくことは大事だ。
「特に夏休みないしそこが近づくと増える、夏に浮かれて調子に乗った迷惑なイキり未成年探索者が何と呼ばれてバカにされてるか知ってるか?」
とはいえ、フウリュウ的には話をしているうちになんだかちょっとムカついてきたという私情が含まれているのも否定はしない。
「おれたちバカにされてるのか?」
「あー……もしかしてネット配信のコメント欄とかと同じ扱いされてる?」
「タルキ正解。『夏休みキッズ』だ。普段からそうならないようにちゃんとしてる未成年探索者も、まとめてそう呼ばれて、大人たちから邪険に扱われる。それが未成年探索者にとっての夏休みだ」
その時になって、二人もようやく気がついた。
自分たちの行いに怒っているのは大人の探索者だけではないのだということに――
「今年は特に、顔見知り以外からはキッズ呼ばわりで邪険にされやすい夏休みになるだろうよ。何せ配信にまで乗っちまったんだしな?」
良くも悪くも、二人はしばらく大変だろうな――なんてこと思いながら、フウリュウはわざと怒ったような笑顔を向けるのだった。




