041.セイジのなんてことのない一日(後)
色々思うところはあったものの、セイジはミマと同じシマエナガのマエナちゃんコラボであるWチョコソースのパンケーキを注文した。
「そういえば、上のフードコートの粉物屋でもやってたな、コラボ」
「そうなんですよ。経営母体が同じだからか、系列店全部でやってるんですよね」
「パンケーキと粉物って接点が無いような気がするが」
「どっちも小麦じゃないですか。会社的にはどっちも粉モンなんじゃないですか? パンケーキだって甘いお好み焼きと言っちゃえば否定できなくないです?」
「場所によっては暴動になりそうな暴論な気もするが……そう言われるとそう思えなくもない、か?」
ミマの言い分を受け入れてしまって良いのだろうか迷いつつ、セイジはうなずく。
ただセイジの心の中にいる架空の大阪人と広島人がやや暴れている気がするのは気のせいだろうか。
雑談しているうちにやってきたのは、二段重ねのスフレパンケーキだ。
上からビターチョコレートソースとホワイトチョコレートソースが、綺麗な半々になるように掛けられている。
皿の縁にはクラッシュナッツが散らされて、輪切りのバナナとオレンジが二枚づつ。さらにはホイップクリームとバニラアイスが添えられている。
そのバニラアイスはチョコなどでシマエナガっぽい姿になっていた。
「なかなかボリューミーなのが来たな」
「そうです? 案外ペロっといけますよ。はい、どうぞ」
「ありがとう」
言いながら、ミマがテーブル備え付けのケースから取ってくれたカトラリーを受け取る。
「なんならテーブル備え付けのメイプルで追いシロップもアリです」
「それはもはや甘味の暴力では?」
世間的にそれはありなのだろうか――疑問に思いつつも、セイジはパンケーキにナイフを入れた。
ビターチョコレート側から入れられたナイフは、驚くほどスッと入っていく。
小さく切りとると、断面からは僅かに湯気が昇り、小麦とバターの良い香りが仄かに漂った。
口に運ぶと、スフレパンケーキ特有のふわふわ感としゅわっとした舌触りが、滑らかなチョコクリームと混ざり合う。
甘過ぎないパンケーキに、甘すぎないビターチョコの風味は、控えめな甘さが好みのセイジには悪くない組み合わせとなっていた。
ホイップやバニラアイスと一緒に食べたり、メイプルシロップを追加すること前提なのだろう。
ホワイトチョコレートのソースも、想像よりも甘さ控えめで、くどさの無いあっさりした味だ。
それに、この店オリジナルブレンドのコーヒーとの相性もいい。
「うん。悪くないな」
「でしょ?」
ミマは自分のことのように嬉しそうな顔をしながら、ホイップクリームをたっぷりのせて頬張った。
そんな彼女の顔を見ながら、セイジは無言で自分の口元を示す。
セイジの仕草の意味に気づいたミマは、恥ずかしそうに口元についたホイップクリームを拭った。
そのあともミマは気持ちの良い食べっぷりを見せてくれる。
そういえば、先日ポークソテーをふるまった際も、気持ちは落ち込んでいながらも食べっぷりは悪くなかった。
二人は談笑しながらも、結構なハイペースでパンケーキを完食すると、一息つく。
そして、店員さんがお冷やのおかわりとともに持ってきたエマナちゃんアクリルスタンドを見て、セイジは小さく笑う。
「誘った狙いはこれか?」
「あははは。お話ししたかった半分、これも半分」
「素直で結構」
それだけ返すと、ミマが安堵した様子に見える。
「怒られると思ったのか?」
「いや、そこまでではないですけど、さすがに何か苦言は言われるかなぁとは思ってました」
「別にこういうのは、仲間内でも時々あるしな。
一緒にメシ喰いに行こうって言われてのこのこと顔出したら、実はカップル限定メニューが食べたかったらしく、女装した友人が現れた時は殴ってやろうかと思った」
「面白エピソードすぎる……! セイジさんって実は大量のエピソードトークネタ持ってそう」
「そうか?」
「ところで、なんで殴ろうと思ったんですか? 変な騙し討ちだったから?」
「本職美容師のくせにどうしようもない下手くそな女装してきたから。元の素材は悪くないし、やろうと思えば外見だけは結構取り繕えそうだったのにやってこなかったんだ」
「そこなんですね……」
「店に嘘ついてでも食べたいなら、もっと本気で女装してくるべきだろう?」
「変なところに完璧主義がでてる!」
ミマがケラケラと笑うのだが、セイジは首を傾げる。
「ともあれ、はい。欲しかったんだろ?」
アクリルスタンドを差し出すと、ミマは驚いたように目を瞬いた。
「いいんですか?」
「ああ。別に興味があるワケではないしな」
「ショッパーに服まであるのに?」
「本当に偶然なだけだ」
たぶんもう、この誤解は解けないのだろう。
「それじゃあありがたく頂きます!」
本当に嬉しそうに目を細めるので、セイジも誤解のままでもいいか――などと小さく息を吐いた。
「あ、そうだ。お礼と言ってはなんですけど、こちらをどうぞ」
「シマエナガのストラップ?」
「はい! くくるんビルの地下にあるゲームセンターで獲ったんですよ。一個だけのつもりが、奇跡的に三個取りできまして、ダブったので」
「そうか。お礼というのであれば、貰っておく」
「是非もらってください」
ニコニコと嬉しそうなミマから、ストラップを受け取る。
「しかし、シマエナガか」
ストラップを摘まんで顔の前に持ってきながら、セイジは僅かに思案する。
「配信する時に、メインでなくともちょっとシマエナガ風おにぎりとか、シマエナガ風プリンとか添えるのはアリか?」
「絶対アリです!」
「えらく前のめりで来るな……」
「女の子はシマエナガ好きですからね! 女性リスナーの多いセイジさんのチャンネルでやればウケが絶対良いですよ!」
――っていうか、自分も食べたい……とまで思うものの、喉元まで出かかったその言葉を、ミマは飲み込んだ。
なぜか口にするのが急に恥ずかしくなったのだ。
「……なるほど。シマエナガか」
ミマの勢いに若干引き気味になるものの、そういうキャラクター弁当的なノリの料理を出すのも悪くはなさそうだ。
「まだまだ配信初心者みたいなモノだからな。アイデアを貰えるのは助かる」
「ま、真顔でお礼を言われるようなコトではないんですが……」
変な勢いで口にしたネタを真面目に受け止められてしまったミマは内心で少し焦りと申し訳なさを覚えた。なので、思考を精一杯高速回転させて、ちゃんとしたアイデアも口にする。
「えっと、そういうキャラネタも悪くないのは間違いないですけど、メインにはしない方がいいと思います」
ミマはマネジャー業はやったことないし、事務所のするようなプロデュース能力なども持っていないと自覚している。
それでも、自分が見たいセイジの配信としての在り方がブレるのは困るので、精一杯、方向性に関することを口にすることにした。
「セイジさんの場合――ダンジョン探索からダンジョン内でキャンプ料理という通常の流れが良いと思いますし、昨日みたいな自宅配信系も悪くないと思うんですよ。
料理の腕や味が、そのままチャンネルの強みになってますしね。なので、毎度毎度やる必要はないですが、昨日みたいに時々は食べてハデにリアクションしてくれるゲストとかを招くとよりウケがいいかと思います」
例えばあたしとか――と言いかけて飲み込む。
気持ち的にはまたセイジの料理を食べたいが、お互いの立場を考えると簡単に口にできることではない。
「見てくれていたのか。ありがとう。しかし、昨日みたいな配信をメイン近くに添えるとダンジョン配信ではなくならないか?」
「だからこそのダンジョン食材なんじゃないですか」
「ああ――そうか。持って帰ってきたダンジョン食材を調理する配信をする分には、チャンネルとしての軸はブレてないのか」
「はい」
「……今まではリアルタイム配信のできない場合の補填や、ダンジョン内での配信が難しい時の代替くらいにしか思ってなかったが……」
「例えば前後編の二日連続配信という形で、初日の前半はダンジョンで食材調達。二日目の後半は確保した食材を自宅配信で調理。そんな感じの回があっても良いかもです」
ふむ――と、セイジは真面目な顔をして黙り込む。
そんな彼を見ながら、ミマは続けた。
「それこそ、昨日の牛タン配信とか良かったと思います
セイジさんの普段の淡々とした配信は、あれはあれでちゃんと需要があるのはコメント欄を見ていればわかります。
なので、そこをブレさせる必要はないのですけど、普段のリアクションが薄味なのも事実。だから、昨日の……えっと、ツカサさんでしたっけ?
彼みたいなゲストを時折呼んで、料理に対してのリアクションをしてもらえば、よりみんなが味に興味を持てると思うんです」
最後にグッと握りこぶしを作りながらミマが告げれば、セイジは感心したようにうなずく。
「そうか……さすがは先輩だ。考え方が為になる。今のオレにはまだない考え方だった」
「え? そうですか? えへへ……」
セイジに真正面から褒められて、ミマは少し照れたようにはにかむ。
「そういう意味では、成り行きとはいえキミにポークソテーを食べて貰ったのも、案外悪くない効果があったのか?」
「えーっと、そうですね。自分で言うのも手前味噌な感じしますけど、間違いなく。
アーカイブを見させていただいた感じからして、多少はトラブルで荒れはしましたけど、おおむねリスナーさんは満足してくれているみたいですし」
「そうか。ならそういう意味ではオレが助けてもらった側ではあるのか。ありがとう」
「え、いや、そんな……あの時はほんと、自分が助けてもらった側ですから……」
流石にそこにお礼を言われても困ると、ミマは手をパタパタ振った。
(ま、真顔で優しい声でお礼とか言わないで欲しい――ちょっと冷静でなくなりそう……)
あとこの出来事がセイジのリスナーに知られたらどうなるか恐ろしい。
特に『シリーズ・フェチネキ<声>』あたりを担当している人たちからの嫉妬がやばそうである。
「えっと、だから、その……お互い助かり合ったというコトで」
「そうだな。それも悪くない」
そうして、話はまた配信から離れた雑談になっていき、やがてどちらともなくそろそろお開きにしようとなった。
なので二人は改札のところまで一緒に向かい、そこからそれぞれの目的地へと向かうべく別れたのだった。
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セイジが地元に戻ってきて、駅を降りると偶然にもコウタとバッタリ出会した。
「よ!」
「ん。その感じ、これからダンジョン配信か」
「ああ。これでも――この俺、カイズ様は人気者だからよ」
わざと偉そうにそう口にしてから、ガラじゃねぇや――とコウタは勝手に肩を竦めた。
それに、セイジも同感だ……とうなずいた。
「買い物か?」
「ああ。シマエナガに支配された町から帰ってきたところだ」
「……そんな町あったか?」
「なぜか行く先々でシマエナガキャンペーンをやってただけなんだがな……」
「ああ――なんか、偶然にも接点のない複数の会社のシマエナガキャンペーンが被ったとか話題になってたな。それで、そんな袋持ってるのか」
「そういうコトだが……話題になってたのか」
「おう。ネットじゃちょっとした大喜利まで始まってるくらいだ。しかしまぁなんだ、てっきりシマエナガ趣味に目覚めたのかと思ったぜ」
「勘弁してくれ。まぁ題材としては悪くはなかったがな」
「題材?」
「キャラ弁ってあるだろう? まぁ弁当ではないんだが、そういうのに挑戦してみるのも悪くないかと思ってな。シマエナガは手頃な題材だ」
「あー……そういうコトか」
なるほど――と、コウタは一度うなずいてから、ゆっくりと首を傾げた。
「お前はどこへ向かってるんだ?」
「さぁな。気になったからやってみる。それだけだ。別にそれを配信の題材にするつもりもないしな」
「まぁ人間らしい生活を送れてるならそれでいいよ。お前は目を離すとサイキよりひどい時あるからな」
「アレより酷いはないだろ……それに最近は、配信以外の日もそう悪くない生活をしていると思う」
「そりゃ何より。んじゃ俺行くわ」
「ああ。気をつけてな」
そうして二人は別れると、セイジは自宅へ向かい、コウタは自分が配信予定のダンジョンへと向かっていく。
(なんてコトのない日ではあったが、意外と得るものは多い、悪くない日だったかもな……)
不思議とそう思う。
それから次の配信でやる予定の牛肉をどう料理してやるか――そんなことをぼんやりと考えながら、シマエナガに囲まれたセイジは、のんびりと帰路を歩くのだった。




