036.なべて世はコトもなし
「待ってたんだからね~~!!」
ギルドへ入ると、いわゆる地雷系ファッションと呼ばれる服がベースの黒い衣装の上から、袖のダボついた白衣を羽織った小柄で童顔の女性が仁王立ちで待ち構えていた。
タバコを咥えてるようにも見えたが、良く見るとロリポップキャンディーのようだ。
不機嫌そうな半眼も相俟って、それはそれで可愛く見えるのだが。
「あ。その声、ここちゃんだ!」
「そうだぞ、ここちゃんだぞ~~。きょ~ちゃんが極眼を使おうとしてると分かった瞬間にここへ飛んできたんだからな~~! つ~か、とっとと医務室行くぞ~~きょ~ちゃん! はやくお前の目ぇ~~診せろ~~!!」
声質は甘く、間延びした口調で喋るのだから余計に幼く見える彼女は、かなり強引にキョウコの手を取る――というかシヅルからキョウコの手を奪い取ったというべきか。
「……不揺、頼んだ」
「任せろ~~。頼まれた~~」
しかし、シヅルは特に怒った様子もなくキョウコを預けた。
実際、キョウコが名前を呼んでいたののもあるので、知り合いなのは間違いなさそうだ。
「シヅ姉。あれ、誰?」
「おや? 知らないのかね? 日本最強の一角と称される探索者チーム『シーカーズ・テイル』の錬金術師、不揺 心愛だ。本業は医者――いや、まだ研修医だったか――。ともあれ、『腕利き探索者の主治医』だとか『ダンジョン素材医療研究の最先端にいる者』という二つ名も持っている」
フウリュウの問いにそう口にするシヅルはどこか不機嫌そうだ。
「苦手な相手なのか?」
セイジが訊ねると、シヅルは軽く鼻を鳴らした。
「どちらかというと嫌いな相手だ。同じ錬金術スキル持ちとして勝手にライバル視している面を指摘されたら否定できんが。あと同族嫌悪もあるのだろうな」
「そんな人に友達預けていいの?」
「ワタシが不揺に対して嫌いという感情を抱くコトと、不揺の『探索者の主治医』とも称される腕前を認めるのは別問題だ。
ワタシが勝手に彼女を嫌っているだけであり、彼女の能力そのものはむしろ信用しているよ」
学生組の三人がよく分からないと、首を傾げている。それを横目で見ながら、セイジは何となく共感を覚えつつも、難儀なものだと肩を竦める。
そのタイミングで、この話は終わりだとばかりにシヅルはクールな笑みを浮かべてみせた。
「――ともあれだ。ワルド殿。ダンジョンで助けてくれただけでなく、ここまで車も回してくれたコト感謝する」
「気にするな。成り行きでそうなっただけだからな」
「それでもだ。助けられたコトには変わりない。素直に礼の言葉くらい受け取ってくれ」
「そうか。ならこう返そう――どういたしまして」
「ああ。そう返して貰えるのは大変嬉しい」
本当に安堵したような笑みを浮かべてから、シヅルは少しズレたメガネを直しつつ、告げる。
「さて、ワタシはこのまま医務室に向かう。仕事の報告はそれぞれ各自でというコトで良いかな?」
「問題ない。証拠動画として、アーカイブのアドレスは教えておいた方がいいか?」
「いや、それは問題ない。車の中で教えてくれただろ。ダウナー・ジャジー・キッチンだったか。チャンネル名が分かってるなら、検索も手間ではないよ」
「そうか」
小さくうなずいてから、セイジはふと思い出すことがあって声を出した。
「ああ、そうだ。討伐報酬の分け方なんだが、そちらに一任していいか?
ペーパー探索者だった期間が長かったんだ。最近復帰したばかりだから、分け方なんかはベテランに頼みたい。
それに、そっちの治療費のコトもある。必要ならオレの分け前を減らして治療費に充ててくれて構わない」
「それは助かるが……こちらがワルド殿に不利な分け前にするとは考えないのか?」
「ないな」
そう即答して、セイジはシニカルに小さな笑みを浮かべた。
「感情と実利を分けて考えられる上に、合理という言葉を口癖のように使っているキミが、そんな不合理な分け前設定にするワケないだろう?」
「……それを言われてしまうと、ちゃんと信用に値する分け方を考えなければならないではないか。とんだ食わせ者だなワルド殿は」
セイジと似たようなシニカルな笑みを浮かべるシヅル。
そんな彼女を見ながら、セイジは自身を示した。
「セイジだ。節村 制慈。カメラは切ったからな。本名を名乗っておく」
「ああ。改めてよろしくだ節村さん」
そうしてセイジとシヅルは握手を交わす。
殿をつけて呼んでいるのは、彼女なりの配信向けのキャラクターだったのだろう。途中から引っ込みがつかなくなってずっと使っている可能性はある。
フウリュウに対しては、わりと素かもしれないが。
「そうだ。そっちの少年二人は、ワタシたちが預かろう。
節村さんはフウリュウ少年と一緒に解体場に行くのだろう?」
本人たちは「え?」「そっち?」と戸惑っているが、シヅルとセイジは気にした様子もなくやりとりを続ける。
「そのつもりだが……そうだ。欲しい部位とかあるか? ガーロも山分けするつもりなんだが」
「そうだな。片方でも構わないから角が貰えるなら欲しい」
「了解だ。片方といわず両方持っていってくれ。こちらとしては可食部が貰いたいだけだしな」
「なるほど。だからキッチンか。ダン材料理人だったのだな」
「そんなところだ。一応、解体を担当してくれる人には伝えるが、念のためにそちらも解体場には一度顔を出しておいてくれ」
「了解した。ああ、そうだLinkerはやっているかね? よかったらIDの交換もしておこう。連絡手段はあった方がいいだろう?」
「違いない」
「フウリュウ少年もな」
「え? おれもいいの?」
そんなこんなで必要な情報交換が終わると、シヅルはギルドの奥にある医務室へ向かう。少年二人も、文句を言うことなくシヅルについていった。
それを見送ってから、セイジは小さく息を吐くとフウリュウに向き直った。
「行くか、フウリュウ」
「おう。あ、セツ兄って呼んでいい?」
「好きにしてくれ」
そんなやりとりをしながら、セイジはフウリュウを伴って依頼報告をするべく、報告カウンターへと向かう。
カウンターに座る女性に声を掛けると、驚くほどスムーズに解体報告が進んでいく。
「ありがとうございました。配信は見ていましたので本物であるのは確認しております」
「確認がダルくないのはいいですね」
「ですよね。報酬はどうされますか?」
「一緒に討伐に参加していた女性二人の方に分配をお願いしてますので、そちらの報告の時にお願いします」
「かしこまりました。解体後の不要部分はギルドが買い取る形でよろしいですか?」
「はい、それで。解体の方も自分だけでなく二人も必要部位があるでしょうから、そちらへの確認もお願いします」
「かしこまりました。では、依頼完了報告の受理をさせて頂きます。解体の際にはこちらの書類を解体担当に渡してください」
「わかりました」
セイジは書類を受け取ると、フウリュウを伴って解体場へと向かう。
ここのギルドは近隣にダンジョンが多いのもあって、大きめの解体場を持っているのだ。ガーロのサイズでも問題はないだろう。
「そういえば、解体場って違和感あるけど超人化するよね?」
今更ながら不思議だ――という調子のフウリュウに、セイジは答える。
「疑似ダンジョン領域発生装置というヤツだな。元々は探索者のトレーニング用に開発されたらしいが、SAIからモンスターを取り出したり、そのモンスターを解体しやすいように、解体場への設置も増えてるらしい。
もっともこのシステムもピンキリだ。ここのギルドで使われているシステムの場合、スキルを使うためのマナはダンジョン内より多く必要だし、マナが循環している空間ではないから、マナの自然回復もしない。万が一スキルを使うようなコトがあるなら覚えておくといい」
「へー」
フウリュウに答えながら、セイジは解体場のスタッフの一人に声をかけ、ガーロを取り出す許可と確認を取る。
そうしてセイジはガーロの身体を、フウリュウはガーロの首を取りだした。
「……デカイとは聞いていたが、これほどとは……」
それを見上げながら担当スタッフは感嘆を漏らす。
「解体、どれくらいかかりそうです?」
「……最低一週間くらいは見て欲しいですね。かなり解体し甲斐がありそうなので。何か急ぎで欲しい部位でもあります?」
問われて、少し考える。
週末にガーロを食べる配信はしたいところだったが、最低一週間はかかるというのなら、配信は来週に回すべきだろう。
とはいえ、だ。
せっかく依頼配信でガーロと戦うところを配信したのだから、リスナーが期待しているであろうガーロ料理を一品くらいは出したいところだ。
僅かな間、ガーロを見――その顔を見た時に思いついた。
「例えば、舌を急ぎで――と言ったらどのくらいで出来ます?」
「ん? そうですねぇ、それなら明日には渡せると思いますよ」
「なら、それだけ急ぎでお願いします。明日の午後にでもとりに来るので」
「わかりました」
それから、解体したら自分は可食部を。
両角は、共同討伐者であるシヅルが欲しがっていると伝えた。
一応あとでシヅル本人も確認しにくるということも。
「そうだ。フウリュウ。キミは欲しい部位とかあるか?」
「え? おれ? おれはそういうのよくわかんないんだよな……」
「そうか。なら護衛と運搬の依頼報酬は、解体後の売却金額が判明したらでいいか? そこからの一部をキミに回す形になる」
「え? ほとんどこの首を運ぶだけだったのに、お金貰えるの?」
「この首を運べるというコトそのものがお金を貰える行いだ。それに帰り道、手の塞がっていたオレたちを護衛してくれたコトには違いない。なら相応の報酬は支払うべきだろう?」
「いや、えー?」
戸惑うフウリュウに対して、そのやりとりを聞いていたスタッフが小さく笑う。
「フウリュウくんだったかな? ちゃんと受け取っておきなさい。彼の言う通り、この首を運ぶ手伝いをしたというだけで十分に報酬がでる仕事だと思います。
さらに護衛までしていたというのであれば、追加報酬の支払いも間違いではありません」
「でも、護衛って言っても森林樹塔の一階だし……」
「ダンジョンの難易度も、モンスターの強弱も関係ないんですよ。キミはこちらのお兄さんに頼まれて仕事をした。だからお兄さんは相応の報酬を支払う。それだけのコトです」
ね? とスタッフに言われて、セイジは大きくうなずく。
「ああ。この人の言う通りだ」
「わ、わかった。もらっておきます」
まだイマイチ釈然としていないようだが、貰う気になってくれただけで十分だ。
「それじゃあ、これが解体依頼受付票になります。解体部位の回収に来る際にはこれをお持ちください」
「わかりました。じゃあ解体、よろしくお願いします」
これで、事後手続きは大体終了だ。
解体場から出ると、セイジは大きく伸びをする。
「あー……ダルかったー……」
それから横を見て、告げる。
「付き合わせて悪かったな」
「そんなコトない。自分じゃあやったコトのない報告や相談が横で見れたから、勉強になったし」
「そうか。お前がダルいと思わなかったなら、悪くなかったのかもな」
セイジはそう口にしてから、自分の腹に触れる。
気が抜けたら、かなり空腹を訴えだした。
「フウリュウ、オレはこれからメシを食いに行くが――腹減ってるなら、お前も一緒に来るか?」
「え? いいの?」
「ああ。来るなら奢るよ」
「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えさせてもらいます!」
「そうか。なら駅前に行こう。旨いランチが食える居酒屋があるんだ。この時間ならまだランチメニューを出してもらえる」
「居酒屋? おれまだ酒飲めないけど」
「ランチメニューだって言っただろ。オレも今は酒よりメシの気分だしな」
そんなやりとりをしながら、二人はギルドを後にして駅前に向かうのだった。
:フウリュウ日記:
セツ兄と一緒に遅めのランチを食べた。
学生の自分だとなかなか入れないような、大人の人のお店って感じのお店だった。
店長の気まぐれミックスフライ定食というのを頼んだんだけど、ファミレスのランチセットと同じくらいの価格で、それ以上のボリュームのやつがでてきて驚いた。
エビフライや、唐揚げと一緒に出てきた大きいメンチカツの中には卵が入ってた。
卵入りメンチカツじゃなくてスコッチエッグって名前らしい。どれも美味しかったけどこれがすげぇ美味しかった。
成人したら、こういうお店に一人でも入れるようなセツ兄みたいにカッコいい大人ってやつになりたい。
「別に店がお断りしてないなら、未成年でも居酒屋に来るのは問題ないと思うぞ」
「え? そうなの?」
「酒を飲まずに、ランチやディナーに使ってる人は少なからずいるしな」
「そうなんだ……」
「店にもよるから、どこもかしこもとはいかんだろうし、常連の空気にもよるから選ぶのは難しいが」
「なるほど。そういうお店を探して選べるようになるとカッコいい大人って感じになれるかな?」
「……カッコいい? 単に気になった店を試して、気に入ったら使うというだけだろ? 普段から食べ歩いてれば、いくらでも選べるようになるぞ?」
やっぱセツ兄は大人だと思う。




