031.思った以上にダルい相手だ
「ちょちょちょ!! お兄さん、これ一人で戦る気!?」
壁を壊して現れた傷ついた赤鬼、ガーロを見て、キョウコと呼ばれていたピンクツナギの女性が慌てた様子を見せる。
:まぁ慌てるよな
:ニキの強さ知っててもガーロの実物見ると不安になる
「元々ソロ勢だ。想定よりもダルそうだが、邪魔がなければ何とかなるだろ」
そう答えるとガーロの直線上に、キョウコたちや少年たちがない位置へとゆっくりと移動していく。
途中で石を拾い、それを玩びながらもガーロへ向けて軽い殺気を放つ。
「BUMOoooo……」
セイジを警戒するようにガーロが視線だけを向ける。
:緊張感がすごい
:怖いツラしてんなぁ・・・
:なんでニキゆっくり歩いてるんだ?
:突進やばそうだしな周囲を巻き込まない射線管理大事
ガーロを中心に、元いた場所から時計の針でいうところの十五分ほど動いた位置へとセイジは移動した。
チラリと女性二人組の方を見れば、二人はガーロからゆっくりと距離を離しつつ動いている。
少年たちはガーロの迫力にビビっているようだが、セイジからすると自分や女性たちの邪魔にならないならどうでもいい。
ややして女性たちがセイジの視線に気づいて軽くうなずく。
直後、セイジは自身が放てるもっとも強い殺気をシャープに束ねて、ガーロに向けて解き放つ――と、同時に小石を投げた。
「――!?」
鳴き声すら出さず、ガーロが最大警戒で動く。
大きな身体を大きく揺らし、けれども軽やかにも見えるステップで、強引に小石を躱した。
:動く度に地響き起きる巨体で軽やかな
:デカい速い強いってシンプルに強敵だよね
元より小石に何のチカラも込めてはいない。
当たったところで、ロクな効果もなかったものだ。
それでも、強烈な殺気と共に投げられた小石を、ガーロを脅威だと判断した。判断してくれた。
睨み合うセイジのガーロから離れたところで、地面に落ちた小石かカツンと音を立てる。
だが、両者はもう小石への意識など皆無だ。
:すごいな 殺気と小石だけでヘイトを取った
:ヘイト稼ぎ系スキルでなくてもこんなのできるんだな
:ただ殺気ぶつけるだけじゃなくて石ころとセットで使うとかマジ参考になる
ガーロを睨みながら、セイジは右手を剣の柄に掛ける。
(掠っただけでもマズいならギリギリで躱すのは危険か。さて、どう仕掛けるか)
:睨み合いが怖すぎる
:このニキの背後からのアングルだとサイズの対比がハッキリしてエグいな
「BuMo……」
ゆっくりとガーロが動き、首を振りながら助走を付けるように前足で地面をひっかき始める。
「……来るか」
両者の緊張感が極限まで高まり――
「BuMoooooooo……!!」
「…………ッ!!」
――ガーロが嘶きと共に、セイジに向けて突進する。
ひと踏みごとに石が砕け、土が飛び散り、雑草が舞う。
ドシドシドシという音と共に振動そのものが迫ってくる。
:はっやッ!?
:でっかッ!?
:こっわッ!!
(想定よりは速い……が)
余裕を持って横へと飛ぶ。
「疾ッ!」
飛びながらも、抜刀から一閃を放つ。
ガーロの側面を剣閃が撫でるが――
(毛も分厚ければその下の皮も分厚いな……それを裂いたところで肉も分厚い。生半な斬撃は致命傷にはならないと思った方がいい、か)
分厚いタイヤの表面を切ったような感触に、ダルい――と舌打ちしながら、距離を取る。
居合いを構え、こちらへと向き直るガーロを見据えた。
「次はこちらから行かせてもらおう。
武技:葬一刃」
:居合い系の初級スキル?
:どんなスキル?
:この場面で初級技なん?
:宣言したスキルは、シンプルに抜刀一閃を行う技だな
:上位探索者がガチで使う初級スキルは下手な上級スキルより効果でかいのよ
:葬一刃を極めて秘奥義に昇華した化け物剣士も実在するしな
:居合いによる斬撃の攻撃力を大きく跳ね上げる効果がある一方で、一度放つと納刀するまで他のスキルが使用不可能になるというデメリットがある初級技
:初級なのに使いこなすの大変そうだな
まるでゲームのようなメリットとデメリットが存在しているが、超人化している時にダンジョン内で習得するスキルと呼ばれる必殺技や魔法的な能力の多くはそんなものだ。
:なんちゃって居合い勢はともかくダウナーニキみたいにちゃんと納刀速度すら鍛えてる探索者からするとデメリットなんてあってないようなもんだけど
:そういや日本人最強の居合い剣士って呼ばれる鳴鐘も納刀速度すごいんだよな
:ついつい武器を振り回す速度を鍛えがちだけど上級者ほど武器を戻す速度や次へ繋ぐ速度を大事にしてる印象はある
:ある程度武器を振るえるようになったら戻し方を鍛えた方がいいって聞いたことあるなー
:格ゲーでも不利フレーム少ない技で押し続けるの強いもんな
スキルの話題で盛り上がるコメント欄を余所に、セイジが動く。
「吹ッ!」
ガーロを見据えたセイジは、鋭い呼気と共に一足飛びで間合いを詰める。
突進のあとで、完全にこちらへと向き直れていないガーロに向けて、力強く地面を踏みしめながら踏み込み、鋭く素早くその刀を抜き放つ。
「斬ッ!」
塔内なのにどこからともなく降り注ぐ陽光のような光に照らされた白刃が閃く。
それはガーロの前足を深々と切り裂いたかと思えば、即座に納刀されて鞘と鍔がぶつかる音を響かせた。
一瞬送れて、切り裂かれたガーロの前足の付け根あたりから鮮血が迸る。
直後に、セイジは素早く間合いを離す。
(だが、これでも浅いレベル……! 足の動きは封じれない……!)
なんてダルい相手だ。そう思っていると、ガーロは大きな声を上げた。
「BuMoooooooo!!」
ガーロは激痛にもがくように前足を掲げ、後ろ足だけで立ち上がる。
三メートルは越える体長が立ち上がり、大きな影を作り出す。
ただその姿勢はたいした時間を待たずに終わる。
勢いのままに前足が地面へ降りてくる――否、空から降ってくるといっても過言ではない動きだ。
「……ッ!」
ズズンという激しい揺れ。
前足が叩き付けられた地面はへこみ、小さなクレーターのようだ。
すぐ近くでその揺れを受けたセイジは、小さくバランスを崩す。
即座に態勢を立て直そうとしたが、そんなセイジを狙うようにガーロがその場で一回転してみせた。
「なッ!?」
ガーロの長い尻尾がムチのようにしなってセイジを横から強打する。
「……ぐッ!」
咄嗟に全身にマナを巡らせて、瞬間的に防御力を高めるもセイジは勢いよく弾き飛ばされた。
女性二人組の近くまで吹き飛ばされ、地面を転がりながるも剣は決して手放さず、素早く立ち上がる。
「今のは痛かったな……」
思わず掲げて防御に使った右腕の具合を確かめながら、セイジは小さく息を吐く。
痛みはあるが普通に動くし、折れたりはしてなさそうだ。
「尻尾で助かったというべきだな」
小さく独りごちてから、しーちゃんの方へと視線を向けた。
「キミ、ドローンの設定操作とかできる?」
「ん? ああ。他のメーカーのモノと大差ないようであればな」
「なら頼んだ。必要ではあるが、立ち回りに邪魔なんだ」
告げて、セイジは腕時計型のデバイスを外すとしーちゃんへと投げ渡す。
「あ、あの! おにーさん、ケガとかへーき?」
「ああ。このくらいなら問題ない。だが、戦場が広がっていく可能性がある。常に逃げたり距離を離したりするコトは視野にいれておいてくれ」
心配そうなキョウコに応えて、セイジはすぐに動き出す。
ここにいては、ガーロの攻撃に二人を巻き込みかねないのだ。
:尻尾攻撃とか器用な真似しやがって
:ちょっと焦ったわ
:まだニキには余裕在りそうだけどこれどうすんだ?
:ドローンの位置が変わってく・・・
:ニキを間近でみたいけど邪魔ならしゃーなしか
:状況が状況、相手が相手だしね
セイジはガーロの側面をキープするように立ち回りながら、いつもの居合いや葬一刃で斬り続ける。
:ある程度の有効打ではありそうだけど決定打じゃないよなぁ
:デカくて硬くて速くてパワフル!ただただ強いの塊なんだよなガーロ
:あの巨体相手にまとわりつくような戦い方ができているだけですごいけど
遠巻きに置かれたカメラから見える光景に、リスナーたちが不安げにコメントをしていると――
「しーちゃん、あの人大丈夫そ?」
「どうだろうな。負けはしないだろうが……」
――ドローンのマイクが、二人の声を拾っていく。
「勝てないの?」
「いや……勝てなくはないが、決定打がない――が正しいな」
:しーちゃんの言う通りなんだよなぁ
:致命傷でなくともそれなりにデカイダメージ通す為の溜めの時間が作れてない
:葬一刃連打もいつかは倒れてくれるだろうけど我慢比べみたいなもんだしねぇ
「あーしたちで何とかできないかな?」
「チカラ不足だろう。あそこに割って入っても足手まといにしかならん。それに我々の場合、彼以上に決定打になるような手段がないからな……」
「そうじゃなくて。その決定打を使うチャンスを作るの。あの人が必殺技をどかーんと出せる状況を作るみたいな?」
「言いたいコトは分かるが、そうは言ってもな……」
:生まれた隙であれを倒せればいいんだけど
:あの手のモンスターは何が決定打になるかわからん
ふと、しーちゃんが自分のすぐ側に浮かぶドローンを見た。
「集合知というのも悪くないか」
「しーちゃん?」
「我々は彼と初対面だ。どんな手段があるかは分からん。だが――」
セイジから預かったデバイスを操作して、コメント欄のホロウィンドウを表示する。
「彼について詳しそうなリスナー諸君に少々知恵を借りたいが、コメント欄は解放されているだろうか」
:されてるよ~
:OKだ しーちゃん!
:何が聞きたい?
:かもんしーちゃん!
「おお! あのおにーさんコメント欄開けてるんだ!」
「なぜコメント欄からもしーちゃん呼びされている?」
:いやしーちゃん以外の名前わからんし
:キョーコちゃんがそう読んでたから
「……刑部 紫鶴だ。しーちゃん呼びはコイツ以外からされるのは苦手なんだ」
:てぇてぇの波動を感じる
:今は萌えフェチ談義はあとだろ
:それでしづるちゃんは何を聞きたいの?
「思っていた以上にリスナーたちが冷静で助かる」
そう言ってから、シヅルは戦っているセイジを見る。
「彼が決定打になりうるスキルを持っているかどうか。持っているなら、どういうスキルか……だな。本来はマナー違反だろうが、状況が状況だ。許して欲しい」
:許す許さないはないけど
:スキルかぁ
:ニキがよく使うのはマナを乗せただけのスキル未満の抜刀術による一閃だけ
:だいたいそれでモンスターはほぼ瞬殺してるし
:そういや配信者になる前にムルちゃん助けた時って白刃落首使ってなかったっけ?
:白刃落首かぁでもそれだって居合い系の初級技じゃなかったっけ?
:ヴァイオレットネイルのイレギュラー種を瞬殺した技だよな
好き勝手に流れていくコメントを目で追っているうちに、一つのフレーズが目に付いた。
「なるほど白刃落首か。彼ほどの使い手が使うなら決定打になるかもしれん」
:お?
:なにか思いついた?
:ダウナーさんが大変そうだから何かアイデアがあるなら助けてほしい
シヅルは自分のSAIから小さな薬瓶を取り出した。その中には透明に近い仄かに黄色づいた何らかの液体が入っている。
「キョウコ。これを牛の顔に浴びせられるか?」
「なかなかの無茶振りするねしーちゃんは」
:ほんとにな
:それはそれで高難易度だぞ
「あ。でも待って。使いたくないけど、あれは使えるか……」
僅かな逡巡のあとで、腹が決まった顔でうなずく。
「しーちゃん。それ貸して!」
「ああ!」
:お?何か思いついた?
:頼むぞキョウコちゃんとやら
「あーしらも、やられっぱなし、守られっぱなしはシャクだもんね」
「同感だ。動けない私の分までよろしく頼む」
「OKしーちゃん! 任されて!」
シヅルから受け取った薬瓶を握りしめながら、キョウコはガーロへと真剣な眼差しを向けながら一歩踏み出した。




