024.恋雀 美摩の悩み事 2
騒動から翌日。
恋雀 美摩が午前中にひと仕事終えて事務所から出てくると、いつぞやと同じ流れて友人の天空院スカイに捕まってランチに連行された。
前回は中華だったが、今日はイタリアンだ。
「ここ美味しいんだよねー」
「小さめの一人前サイズになってるいいね」
厨房にある本格的な石窯で焼き上げたナポリスタイルの焼きたてピザを、伸びるチーズに苦戦しながらハフハフと頬張る。
「んー! しらすアンチョビいい!」
「半熟卵のピザって初めて食べたけど、美味しい……」
「一枚交換しない?」
「もちろん!」
熱々になった口の中を、お冷やとして出されたベルガモットの効いたアイスティーで冷やす。
これも柑橘の風味だけでなく、そもそも紅茶の味そのものが普段飲んでるモノとは全然違うようだ。
「あー……これに前菜とサラダ。さらには食後のコーヒーとドルチェがついて1300円は安いわ。ほんと、こんなお店よく知ってるね」
「まぁね~」
美摩が感心したように口にすれば、スカイが少しドヤっと笑う。
中はそこそこ広いものの、店の入り口そのものは路地の奥まった場所にあって、非常に分かりづらい店だ。
お店があると気づいてもなかなか踏み入れるのに勇気がいる雰囲気もあった。
スカイに連れてこられなかったら、美摩はまず入ることはなかっただろう。
「食べ歩き趣味が講じてね~♪ こういうお店いっぱい知ってると話題の種にも困らないしさ」
それは確かに――とうなずきながら、美摩は手に持っているピザの最後のひとかけを口に入れた。
お互いにピザを食べ終えて、テーブルに食後のデザートが届いたところで、スカイが切り出す。
「前回よりだいぶマシな顔色してるじゃん。何かあった?」
問われて、美摩は少し考えてからうなずいた。
「うん。この前の悩みがね。だいぶ気持ちが落ち着いたし、考えもまとまったんだ」
「それは何より。その答えは聞いていいやつ?」
「まぁスカちゃんにならいいか」
僅かな逡巡がてらティラミスを口に運んでから、美摩は結論を出す。
それから言葉を選びながら口にする。
「事務所を移籍する方向でマネジャーさんと話してる」
「……そっかぁ」
スカイは少し残念そうに、けれどどこか納得したように相づちを打った。
「やっぱ切り抜きされまくってるあの逮捕された厄介ファンが原因?」
「半分は、かな」
「そっか。でも移籍したところでアンチや厄介ファンは消えないよ?」
「分かってる。でも、事務所自体がダンジョン配信に興味がないよりずっといいでしょ?」
「……まぁそうね」
そこはスカイも納得せざるをえない。
「元々、わたしはダン配メインで入ったはずなのよ。なのに一般配信が大ウケして以降――配信内容の比率からダン配がどんどん下がっていってる。しかも事務所からのダン配の配信内容の制限が増えていくばかりで、結構不満もあったから……」
「あー……ダン配に限らず、キャラウケしたタレントは、主要ジャンルよりもキャラウケを広げる為の一般ネタをメインにやらせるようにしてくもんね。うちの事務所って」
スカイのようなVチューバーだと最初からキャラウケありきだから、うるさく言われない。
とはいえ、同じVでもデビュー時の属性付けとして、落語見習いVチューバーだとか考古学大好きVチューバーだとかでスタートした子が、キャラウケしたので、本格的な古典落語配信や、真面目な考察動画などを行う回数を露骨に減らされたりはある。
正直、スカイからするとディープなネタを本格的にやるからこそのキャラウケだと思うのだが――事務所は専門ネタを減らす方向に舵を切ってしまう。
結果として、窟魔ムルのファン同様に、専門ネタをやってくれるVのファンと、一般ネタやアイドル配信だけやってくれればいいファンとで対立が始まるのだ。
その手の悩みを抱えた後輩たちから相談を受けることが少なからずあるスカイからすると、窟魔ムルの移籍に驚くようなことはなかった。
「正直、配信でもっとちゃんとした探索したかったんだよね。
ゲーム好きのスカちゃんに通じるように例えるなら……私のレベルは30なのに、配信でもプライベートでも潜っていいダンジョンは推奨レベル15くらいの難易度まで――みたいなね。制限がっつりだったから」
「え? プライベートでも?」
配信内容の指示だけでなく、プライベートすらも制限があったことに流石のスカイも驚いて聞き返すと、美魔はうなずく。
「顔出しで歌やダンスをさせたがってるからね。実力相応のダンジョンや、壁や床からの矢や槍が飛び出すタイプのトラップ多めのダンジョンとか――ようするに、顔や身体に目立つ傷が付きやすいダンジョンには入って欲しくなかったのよ」
「あー……」
理解に至ったスカイは思わず天井を仰いだ。
脳内で自分の分かる範囲でゲームに変換すると、あまりにも縛りが多すぎて面白みがなくなってしまって頭を抱える。
ダンジョンの難易度関係なく、偶然であろうともHPが70%を下回ったり、運が悪いと毒やマヒ、石化などが発生するようなダンジョンには入ってはダメ――なんて言われたら、そりゃあ美摩だって困るだろう。
それでもダンジョン配信そのものがウケていたのは、ひとえにムルの配信の仕方などのセンスが良かったことに他ならない。
「それに、今回の切り抜きの件でね……お世話になってる事務所への義理みたいな感情にトドメ刺されちゃったというのも大きいかな」
「トドメ?」
「顔出しのダンジョン配信はああいうのに襲われて危ないから一般配信メインでダンジョン配信をやらないように方向転換しないか――って提案された。傷つくのが危ないし、ダンジョン配信しないなら、ノルマ探索なんてのもやらなきゃ免許を維持できない免許更新なんてしなくていいだろ、とも。
それをお前のコトを気遣ってるんだ分かって欲しいみたいな感じでね」
これにはスカイも顔を覆って嘆くしかない。
ダンジョン配信志望で入社したタレントに対して言う言葉だろうか。
それをしたくて入ったタレントにそれをヤメロだなんて、なんて残酷な言葉だろうか。
更に言えば免許を返納しろとか、正気の発言とは思えない。
「マネジャーさんも頭抱えてた。
でも、事務所のお偉いさんの中に、所属タレントの内面を一切考慮しない人がいるのは間違いないのが分かっちゃったからね。純粋に、この事務所には居られないな……って」
「……それを聞かされる事務所のVタレント一期生の気持ちを答えよ……」
「えっと、その、ごめん……?」
「いや、いいんだけどね。あたしだって不信感がなかったワケじゃないし。ただ、あたし単体の視点ではそこまで厳しい環境じゃないからさ。難しいし、悔しいなって」
後輩の意見だとか、ムルが言われたことだとか、そういうのを一切無視して、スカイ個人のみの視点でいうなら不満はそこまでない事務所だ。でもそれはただのゲーマーVチューバーという自分のスタンスと事務所の方針が一致していただけに他ならないのだろう。
あるいは自分がこの方向でウケてしまったから、後輩や後続がみんな自分と同じ方向になるように行動の範囲を狭められてしまっているのかもしれない。
「はぁ……なんかままならんわぁ……」
突撃ランチで何度か社長と一緒に食事をしてるけど、そこまで理不尽なことを言うタイプではないと感じてるくらいなのだが。
「スカちゃん。これはわたしの感覚の話なんだけどさ」
「ん?」
「うちの事務所。ダンジョン配信に限らず、専門性の高いネタをウリにしているネット配信メインのタレントに対する扱いが悪いところはあると思うんだ」
「それはまぁ否定できないところはある」
「加えて、メンタルケアがヘタクソ」
「そこに関しては異論ないな」
スカイは真面目にうなずく。
傷心しているダンジョン探索好きのタレントに、ダンジョンは危険だから免許返納してくれとか言い出すような事務所が、メンケア上手なワケがない。
「方針を決めている人は、専門性の強みと面白さをちゃんと把握できてない気がする。そしてそれはたぶん社長じゃあない」
「…………わざわざそれを口にする理由は?」
「立つ鳥跡を濁さず――じゃあないけれどね。ちょっとした置き土産?」
「その置き土産、跡を濁しまくりというか、開けようものなら勢いよすぎたスナック菓子レベルで飛び散って汚しまくりそうだけど?」
立つ鳥跡を濁す為に糞尿垂れ流しでは? などと思ったが、飲食店で口にしないだけの理性はスカイにもある。
これが自宅で雑談配信とかゲーム配信中だったら口にしていた可能性が高いが。
「袋の開け方や使い方にもよるでしょ?」
美摩が可愛らしくウィンクしてみせると、スカイは口を尖らせる。
「仕方ない。近いうちに社長にランチ奢ってもらうかぁ。ディナーでもいいな。むしろディナーをたかるか……?」
そんなタイミングで、食後のコーヒーがやってきた。
「あ、そうだ。移籍先って決まってるの?」
「まだ。悩んでるんだよねぇ」
「候補とかあるの?」
「一応、電影戯演、レインボーサプライ、それとルベライト・スタジオ」
「ストリーマー系タレントの箱としては最大手の二社じゃん。ルベライトも中堅でかなり強いところだよね?」
「うん。あとルベライトは、ストリーマー事務所としては中堅だけど、ダンジョン関連ストリーマーに限定すれば現状の最大手と言ってもいいかな」
「……どこも簡単に移籍が出来るような事務所じゃなくない?」
「それがそうでもないんだよね」
ホットコーヒーを啜り、小さく息を吐いてから美摩は答える。
「三社とも、基本的にタレントのヘッドハンティングはしてないんだけど、ダンジョン配信者だけは別なんだって。
事務所所属であれ個人勢であれ、今のやり方だと配信者自身の命に関わりそうな活動をしているダンジョン配信に関しては、保護も兼ねてヘッドハンティングするみたい。事務所所属しなくても、安全なダンジョン配信の仕方とかレクチャーしてるみたいよ」
「それがミマっちのところに来たってコト?」
「うん。昨日あのあと家帰ったら三社からメールが届いてたから、慌ててマネジャーに相談したよ」
「そっかー……」
スカイは何とも言えない顔をして、コーヒーを口にした。
そういうダンジョン配信者の保護と指導にチカラを入れている三社からヘッドハンティングが来ている。それはつまり三社から見て窟魔ムルという配信者は、今のまま活動していたら配信中に命を落としていた可能性があると判断されたということになる。
言い換えればVヴァンプという事務所が、ダンジョン配信に関するリスク管理や、活動方針において、なっていないと宣告されたことに他ならない。
(これ……うちの事務所、理解してるのかな?)
社内政治やら事務所方針とやらにあまり口出ししたくはないが、事務所立ち上げと同時にデビューしたスカイだ。古参として上層部に苦言くらい呈するべきだろう。
(ヘタしたらダンジョン以外の専門知識持ちタレントたちだって、各種専門家たちからその扱い方を睨まれてる可能性もある、か……)
社長とのディナーだけで何とかなる状況でもなくなってきているので、少しばかり頭が痛い。そもそもタレントが悩んだりするような案件じゃないだろう――と思わなくはないが、スカイの性格的に無視はできない。
それはさておきだ。
会社や後輩のことは後回し。今は美摩とのお喋りの時間だ。
「ミマっちは三社のどこがいいとかあるの?」
「んー……各事務所の特徴とか方針をよく知らなくてどうしようかなって」
「そっか。まぁわたしの知ってる限りでなら教えるね」
「え? ほんと?」
二人はコーヒーのおかわりと共に、サイドメニューを数品追加すると、もうしばらくお喋りの時間を延長するのだった。
連載2週間目にして早くも10000pt超えました٩( 'ω' )و
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(はやく続きの書きためしないと……!)




