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ダウナー・ジャジー・シーカーズ~テンション低めの気怠げお兄さんによる飯テロ有のマイペースダンジョン配信~  作者: 北乃ゆうひ
第1部 春

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022.意図してないけど人生相談


「あ、全然辛くない……それに、お肉すごい柔らかい」


:声から分かる絶対美味しいやつ感

:やっぱ旨いんだろうなぁ


 一口食べて動きを止めたミマに、気遣うようにセイジが告げる。


「カメラやコメントは気にしないで好きに食べればいい。なんなら、配信も止めるが」

「あー……止めなくてもいいかな。その、むしろダウナーさんの名誉の為というか、変に途中で止めると、妙な憶測で面倒事が増えるかもですし。ある種の保険として回しておいた方が良いかと」

「そうか。なら、キミは映さずとりあえずカメラは回しておく」


:さすがベテラン配信者

:お互い配慮しあっててええな

:悪意ある切り抜きへのカウンター用か


「……あいつら以外に、悩みあるのか?」

「そう見えます?」

「元々悩んでて、連中がキッカケでデカいダメージ負ってるように見える」

「……正解です」


 そのまま(うつむ)いてしまうミマに、セイジは少し考えてから、気を遣うように言葉を紡いだ。


「とりあえず喰え。料理の師匠曰く、腹が減ってる時というのは悩むのに向かないらしい。悩みがあるなら、喰って腹を膨らませてから悩んだ方がマシらしいぞ」

「……うん。改めて頂きます」


:茶化せる空気じゃないな

:なんか悩み相談室みたいな空気

:優しさマシマシのニキボイスやばい

:シチュボじゃないのにこの威力・・・!

:ブレねぇなぁw

:なんかネキたちが騒いでると安心感覚えるようになってきた笑


 そのままカトラリーが擦れたりするような食事の音や、ダンジョン内の自然音だけが響く時間が続く。


 食べ終わった――という感じではないのだが、どちらかの動きが止まった気配に、視聴者たちの意識が向けられる。


「最近、ずっと悩んでたんです」

「……そうか。何を――と聞いた方がいいか?」

「そう、ですね。聞いて欲しいのかもしれません」

「なら聞こう」


 先に手を止めて口を開いたミマに、セイジは手を止めず、けれど丁寧な様子でうなずき、先を促した。


 セイジの配信に乗るのを承知で語り始めているのであれば、問題ないだろう――と、魔術師ことツカサは遠隔操作でドローンを動かす。

 そのことにセイジも気づいていたのだが、ツカサがこのタイミングで動かそうとしたのであれば意味があるのだろうと判断して気づかないフリをした。


「わたしの配信。人気が増えてくるのは良いんです。だけど、売れれば売れるほど自分という存在がなんなのかよく分からなくなってきてて……」


 カメラが二人を映す。


 肉を切る途中のまま俯いて、語り始めたミマ。

 それを見守るように、姿勢良く丁寧な仕草で肉を切り分け、口に運びながらもしっかりと耳を傾けるセイジ。


「最近は本当にずっと、ミマ(わたし)がやりたかった配信者のムル(わたし)ってこんなだったのかな……って。

 本来の美摩(わたし)を皆が知らないのはアタリマエだけど、だけどまるで誰も配信者としてのムル(わたし)すら見てないんじゃないか……って、本当にここ最近はずっと、そういうコトばっか考えてて。

 悩んでるうちに、ミマとムルがどんどん乖離していって、本当の自分がどこにいるのか分からないっていうか、なんかそんな感じなんです」


 そこまで言って、ミマはわさびたっぷりのソテーを口に運ぶ。


「わさびたっぷりだと、ちょっと目に来ますね」

「そうだな。辛みは少ないといってもわさびだからな」


 無理して笑うようなミマにうなずいてから、セイジは訊ねる。


「配信者のキミすら見られてないというのは、さっきのような連中の話か?」

「あれも、込み……かなぁ」


 悩むような素振りを見せてから、もう一切れ口に運ぶ。

 それから、言葉を選ぶように、あるいはどう口にすればいいのか悩むような顔をしてからうなずいた。


「ファンもアンチも……たぶん、ムル(わたし)をちゃんと見てくれてないのに、ムル(わたし)に対する責任だけは重くかぶせてくるような……そういう感じと言いますか」


:ガチの人生相談になってきてるな

:さっきまで暴れてた冒険者ども見てるか-?

:ムルちゃんに限らずそういうの見るよなぁ


「……うん。そうだ。これだ。

 ファンもアンチも、自分の理想の窟魔ムルを、本物のムル(わたし)へと押しつけてくるのに、わたしの意見も、目指すところも、微塵(みじん)も気にしてないというか……注意も苦言も、役に立ってないっていうか……わたしって、どんな存在なの(どこにいるの)? っていうか……」


:重傷じゃん

:いやでも暴れてた連中見るとな

:ちゃんとしたファンの方が多いだろうが悪目立ちするやつの声も態度もデカいしなぁ

:大なり小なりタレント業してるとぶつかる壁かもな

:窟魔ムルの場合は探索配信スタートでたまたまやった一般配信が大ウケしてそっちからやってくる人が増えたタイプだからな

:ダンジョン配信者としての壁は覚悟しててもアイドルの壁は覚悟してなかったのか

:覚悟っつーか視聴者のマナーの話では?


 カメラがミマをフレームアウトさせるように動いた。

 その意味をこの配信を見てる大多数は理解する。


:カメラ良い仕事するな

:ニキの意志を尊重する良いドローンだ

:泣いてるすっぴんムルちゃんを見るチャンスが・・・

:カメラさんもっと見せて

:あーあ

:なるほどな

:これか

:推しを悲しませる行動を推し活扱いするヤツ許さんネキが暴れそう

:ここで暴れたらニキもムルも困らせるからしないよ キレてるけど


「キミは、ミマとしてムルとして――やりたいコト、やれるコト、望まれているコト、望んでいるコト、出来るコト……それらが今チグハグになって噛み合わなくなってるのかもな」


 静かに聞きに徹していたセイジは、ソテーの小さな欠片を口に運びながら、そう言った。

 それから、少し思案してから、セイジは訊ねた。


「ダンジョン配信とアイドル的配信を両立させてると聞くが、キミはどちらかを辞めたいと考えたコトはあるか?」


 問われて、しばらく動きを止めてから――ミマはゆっくりと首を横に振る。


「ない……ですね」

「なら、プライベートのダンジョン探索は?」

「それも……やめたくないです。今日一人で探索してて、あいつらに会うまではやっぱ配信ナシの探索も楽しいなってなってましたし」

「そうか」


 ミマの言葉にセイジは深々とうなずいてから、告げる。


「なら――もうどこまでも悩むしかないのかもしれないな」

「どこまでも悩む……ですか?」

「ああ」


 セイジはうなずき、ソテーを一つ口に入れてそれを咀嚼(そしゃく)しながら逡巡(しゅんじゅん)し、ゆっくりと嚥下(えんか)してから答えた。


「オレからすると、そんな風に悩めるのが(うらや)ましくはある」

「羨ましい……?」

「オレには好きなコトがないからな。趣味やコダワリもないんだ。料理も配信も何となくやってて、それなりに続けられそうだから続けてる。ただそれだけだ。配信は始めたばかりだが」


:ニキはどこまでもダウナーなのか?

:物事に熱を持てないってコト?


「料理は好きじゃないんですか?」


 ミマに問われたそれは、すでに何度か自問をしていた内容だ。

 だから、言葉を選ぶ時間はあれど、答えそのものはすんなりと口から出る。


「嫌いじゃないが、好きかと問われると難しい」


:なんか意外

:美味しそうな料理作るのにな

:料理人もしてたらしいのに


「料理で人を幸せにしたいとか、誰かに美味しいと言って貰えるのが嬉しいとか……そういうのは特にないんだ。

 その上で、まぁなんだ。ただ――料理をする。その行為そのものが性にあってるだけなんだよ」


:性に合ってる・・・かぁ

:ニキの基準はそれなんだろうな


「とはいえ、意味も無くその行為だけ続けるのも違う気がした。だから、せっかくやるなら、美味しい方がいい。そう思って料理を続けてたら、気がつくと腕が上がってただけにすぎない」

「じゃあ、わたしが美味しいって言っても嬉しくないんですか?」


 当然、その問いはくるだろうな――という顔で、セイジはゆっくりと首を横に振った。


「嬉しくないワケじゃあない。

 ただ……そうだな――誰かに美味しいと言ってもらいたいタイプの人の喜びを10。一般の人の喜びを5とか6とするなら、オレは1とか2くらいしか感情が動かないだけだ。

 褒められるのは嬉しいが、報われたとか自分すごいとか、そういう感情は特にない」

「そ、そうなんだ……」


:元々無表情っぽいニキだけど感情の機微が薄いのかな?

:嬉しくないワケじゃないけどそれを目的にできるほど強くもないのか

:ムルちゃんに美味しいと言われて喜ばないとかなんなのこいつ

:ほんと話を聞かないんだなダメな冒険者って


「オレからしてみると――今の世の中は趣味であれ仕事であれ、5以上の感情を求めすぎだ。オレみたいに、1とか2の感情だけで何かしてるコトは別に悪いコトじゃないだろ」


:あー……

:なんか分かるかも

:確かに別に悪いコトじゃねーよなぁ

:ニキがいっぱい喋ってくれて嬉しいイケボよき


「趣味ならこだわれとか、配信するならバズれとか、ゲームするならランカーになれとか、全部そればっかりってのは、息苦しいだけだろ」


:それはある

:SNSの普及でそういう空気感強くなったのはあるかもな

:他人の能力を数字として把握しやすくなっちゃった時代の弊害かもな

:プラモを素組みしてきゃっきゃしてるとシュバってくる塗装しろマンとかいるな

:仲間内エンジョイトークに急に混ざってくるガチ思考的動画勢とかな


「面白くないけど好き。暇なときになんとなく手を出してしまう。感情はあまり動かないけど性にあってる。

 そういう理由で――何らかの行為や興味を続けるのって悪いコトだと思うか?」

「悪いコトでは、ないかな。うん」

「だろう? 続けたいと思ったから続ける――くらいの雑で軽いものだって、馬鹿にできないものだ」


:そうだよな

:わかる~

:生産性とか考えないなら暇つぶしにマインスイーパー延々やるのも悪いコトじゃないよな

:ニキの言ってるのはそういうことじゃないと思うが

:推しだからってグッズを買い揃える必要とかあるワケじゃない的なコトかな?

:推してるワケでもなくグッズやライブや配信も見ないけどなんかコイツの歌が好きくらいでもいいだろって話じゃない?

:だから私はニキの喉仏を愛でる

:そのだからはどこにも接続できてないぞ喉仏ネキ


「まぁ、最近は自分と他人の意見や感情が合わないのが嫌だ……とか、周りの意見に乗っからないと寒いとか……そういうものになりやすかったりするが。

 そのせいで、余計に0か10かしか認めないみたいな風潮になりやすいのはどうかと思うんだけどな。

 本来は、その間に1~9の意見や感情がグラデーションで存在するし、実際に4や7の意見や感情も探せばあるんだが……。

 だがまぁ、周囲がそれらを0か10か……としか扱かわず、変な騒がれ方するコトも多い」


:心当たりしかないな

:周囲がそう扱った上で第三者がそこに乗っかってくるからな

:タイパコスパを言い訳に体験を蔑ろにしてる影響とかもあるかもなぁ


「……っと、すまん。途中からただの愚痴になった」


 セイジは小さく咳払いをする。


:咳払い助かる

:何がどう助かるんですか・・・


「話が逸れたので戻すが――ともあれ、キミは配信に対して強い感情があるんだろう。だから迷う。それは悪いコトではないと思う。あとはその感情とどう付き合っていくかだ。

 キミからすればプラスであれマイナスであれ、視聴者の感情が動かない配信はしたくないんだろう?」

「……それは……、はい。それは間違いなく!」


 最初は戸惑うように――けれど、途中でしっかりと自覚したのか、力強くうなずいた。


 話をしながら食べていた最後のソテーを、ミマは口に入れる。

 それを、セイジがしてくれた話と共にゆっくりと噛みしめていく。


「見てくれた人に楽しんで欲しい、喜んで欲しいという思いは強いです」

「それはミマとして? それともムルとして?」


 セイジに問われて、ミマは目を(しばたた)く。

 それから、考え込みはじめぶつぶつと言い出す。


「……わたしは、探索者を、ダンジョン配信をしたかった……。

 だからムルとしてダンジョン配信デビューして……それなら、どっちのわたしも……」


 そんな彼女の背を押す効果があれば――と、セイジが告げる。


「仕事や趣味の悩み――特にミマみたいな悩みは、涙を流して嘆いて悩み、それでもそれを続けたいと思う自分の意志……その核になる自分の本心と向き合うしかないんじゃないか? オレの知り合いなんて美容師と探索者と配信者で三足わらじだ。自分がやりたいからってな」

「……続けたいと思う自分の心の核……」


 もう少しで何かが掴めそうだという顔をしながら、ミマが訊ねてくる。


「その核を掴んだら、迷うコト……なくなる、かな?」

「無理だろうな。どうしたって悩みや迷いはなくならない。オレだって自分の在り方を受け入れた上で、それでも迷ったり悩んだりするんだ」

「ダウナーさんでも……?」

「オレを何だと思ってるんだ?」


 若干、目を眇めてセイジがうめく。

 その様子をコメント欄は面白おかしく見ているようだ。


:迷いも悩みもダルいと一蹴してそう

:格好いい大人って感じだけど悩むんだ

:迷ったり悩んだりしない人間なんていないっしょ

:常に人生という道の迷子のおれに隙はない

:隙しかないの間違いだろ


「ともあれだ――常に悩みと向き合うのであれば、基準を作ると良い。

 オレの『性に合う』じゃあないが、自分の中の判断軸や評価軸を用意しておくんだ」

「自分の中の、軸……それって、ミマとムルと別々に、ですか?」

「それでもいいし、両方ひっくるめた自分としての軸でもいい。

 迷ったとき、悩んだ時、明らかに人生の分岐路のような選択に迫られた時――あるとないとでは、動きやすさが違う……と、個人的には思っている」


:断言しないところかニキらしい

:結構大事だとは思う


「……自分の心の核と向き合うコトと、軸を作っておくコト……か」


 何か掴んだような顔をして思案を始めたミマに、セイジは小さく安堵した。


 ミマが何を掴んだのかは興味はない。

 けれど、何か掴めたことで悩みが多少軽くなったのであれば、そう悪いことではないだろう――そんなこと思いながらセイジは最後の一口を口に入れた。


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