第22話 光の戦士②
【ミッション:Lock Request
難易度:Rank 2
ターゲット:Crash Smile
フィールド:HAPPY_PARK.verβ】
轟音とともに、景色が再びねじれた。
観覧車の残骸が宙を回転し、床のタイルが歪んだスマイルマークの形に張り直され、僕たちの足元にステージを形成する。
すると、クラッシュ・スマイル本体が、場外へ飛び退いた。
代わりに、無数のマネキンが、僕たちのまわりを取り囲む。
『ハッピー・フィールド、起動ぅぅ! 笑顔でいれば、みんな守られる!』
電子ノイズ混じりの声が響く。
次の瞬間、僕たち4人の頭上に、虹色のゲージが現れた。
【Smile Value:100%】
「……何これ、気持ち悪い」
朱里が、そうつぶやいた瞬間。
彼女のゲージが、じりっと減少した。
「スマイルゲージ――笑顔を保つほど防御が上がり、怒りや悲しみを見せれば下がる、らしいぜ」
レイヴンが、ギミックを看破し、冷静な声で伝えた。
なるほど。感情を抑えない者ほど傷つく構造、ということか。
「僕が前に出ます。皆は攻撃に集中してください!」
タンクである、僕の役割は明確だ。
押し寄せる「スマイルマネキン」の群れを引きつけ、仲間への攻撃を受け止める。
「防御魔法!」
セラフィムの声とともに、僕の周囲に白金の光が広がる。
冷たい幸福に吞まれぬよう、柔らかな光が僕の防御力を向上させた。
「助かります、セラフィム!」
「気を抜かないで、リブート! スマイルゲージを下げないように注意して!」
レイヴンが槍を構え、風のように舞う。
歪なステージの形をした戦場を翔けた。
『怒ってるねぇ、レイヴン。そんな顔じゃ、バッドエンドだよ?』
「黙れッ!」
怒声とともに、雷槍がマネキンの群衆を貫く。
だけどその瞬間――彼のゲージが急降下し、全身にノイズが走った。
クラッシュ・スマイルの笑い声が、空から降るように響く。
『ほら、見てごらん! 怒ると傷つく、笑えば癒える。簡単だろう? それが「幸福の法則」さ!』
「そんなもの――幸福じゃない!」
スカーレットが叫び、床を蹴った。
手にした刃は紅く輝き、笑顔を浮かべるマネキンの列を切り裂く。
すると、クラッシュ・スマイル本体のHPが、減少した。
どうやら、マネキンの体力と連動しているみたいだった。
しかし、彼女のスマイルゲージも、急速に減少していく。
「ダメだ、スカーレット!」
「……わかってる。でも、あいつの言うことは、間違ってる!」
スカーレットが、激しく叫んだ。
こんなの、普段の彼女らしくない。
――何となく、感じていた。
深層心理に潜ってのバトル。そこでの戦いは、僕たちの心もむき出しなんだ。
だから、敵からのちょっとした精神攻撃で傷つくし、感情的になってしまう……
床のタイルが波打ち、ステージ全体に光の柱が立ち上がる。
すると、その中央に、場外にいたクラッシュ・スマイルが姿を現した。
醜く歪んだ人間のを笑顔を携えた、四つ足の怪物。
頬に刻まれた亀裂から、強制的な笑みを象る、筋肉のような光が滲み出ている。
『泣いてる顔は、醜いんだ。笑えば救われる、ほら、そうだろう?』
その声とともに、空中に「鏡」が浮かび上がった。
そこに映ったのは、スカーレット――その本体である、朱里だった。
動画配信中、満面の笑みを浮かべる彼女。
そして、コメント欄に溢れる、賞賛の声。
「……違うっ! そんなの、あたしじゃない!」
スカーレットが、絶叫した。
スマイルゲージの残量が、30%、20%――と落ちていく。
「惑わされないで! あれは幻覚だよ!」
僕は、両手で剣を構えて、鏡面へ突進した。
けれども、衝突の瞬間――目に見えない壁に弾かれる。
クラッシュ・スマイルの歪んだ声が、鼓膜の奥に響く。
『悲しい顔は、伝染するんだ。だから、笑ってよ――スカーレット!』
「はあっ……はあっ……」
呼吸を荒げる、彼女の動きが止まった。
もう、笑顔を作ろうなんて気力は、残っていないのだろう。
次の瞬間、クラッシュ・スマイルの口が、大きく裂けた。
そこから溢れ出す光は、まるで爆心のように、周囲の空間を揺らし始める。
『さあ、みんなでハッピー・エンドを迎えよう! 泣き虫は、ここでお別れだぁ!』
頭上に、警告ウィンドウが点滅する。
【Warning:全体攻撃。発動まで、10秒】
――まずい、まずい、まずい!
スカーレットのゲージは、ほとんど0に近い。
彼女の防御力では、きっとこの攻撃に耐えられない。
「スカーレットの援護を!」
そう叫び、自分も彼女に駆け寄ろうとする。
しかし、同時に四方からスマイルマネキンの群れが突進してきた。
――ダメだ。僕がここを動いたら、皆が襲われる。
「くそッ、オレがやる!」
と、レイヴンが羽ばたこうとする。
しかし、相手にしていたマネキンの数体が、彼の脚を絡め取った。
「チッ、離せ!」
雷槍を振るい、何体かを吹き飛ばした。
けれどもう、時間内にはたどり着けそうにない――
「セラフィム! スカーレットのサポートを!」
「……ごめん。詠唱が間に合わない……」
セラフィムもまた、皆のHPを維持するため、回復で手一杯だった。
その間に、クラッシュ・スマイルの発光は、刻一刻と強まっていく。
【SCARLET Smile Value:5%】
「スカーレット! 逃げて!」
僕の声が、届かないのか。
鏡の幻影に捕らわれたまま、彼女は微動だにせず、ただ空を見上げていた。
『笑わない子は、消えちゃうよ?』
クラッシュ・スマイルの、両腕が広がる。
歪んだステージ全体が、光に満たされていく。
マネキンたちが一斉に拍手を始め、狂った合唱のような声が響いた。
逃げられない。防げない。
誰も、スカーレットを助けられない。
――その時。
銀色の影が、スカーレットの前に躍り出た。
盾をかざし、身を挺して彼女を守ろうとする。
「やれやれ。まだそんなにいじけてるのかい?」
その人物が、声を発した。
懐かしい響きに、横で聞いていた僕の感情まで、強烈に揺さぶられる。
「――お兄ちゃん?」
スカーレットがつぶやいた、その刹那。
クラッシュ・スマイルの放った、鈍い閃光が、パーク全体を呑み込んだ。




