第20話 笑えないスカーレット④
公園での、朱里との会話のあと。
僕は彼女を連れたまま、近くに潜んでいた燈やヤマトと合流した。
どこか落ち着ける場所ということで、なし崩し的に、僕の自宅へ行くことになってしまう。
「ここに来るのも、久しぶりね」
自室に通すなり、朱里がぽつりとつぶやいた。
燈はというと、珍しそうに室内をしきりに見わたしていた。
窓を開けるなり、カラスが1羽、部屋に入ってくる。
『とりあえず、戦力は確保できそうだな。朱里には、DPSの適正があるぜ』
ヤマトの声が、スマホ越しに全員へ届いた。
すると、朱里が戸惑ったような表情を浮かべる。
「……待って。カラスが喋ることも含めて、あたしまだぜんぜん話についていけてないんだけど」
――まあ、そりゃあそうだよね。
僕は少し苦笑しながら、できるだけゆっくり説明する。
「すぐに理解するのは難しいと思うけど……
これは『他人の悪意が見えるアプリ』で、きみの学校の小田桐先輩は、悪意あるモンスター『クラッシュ・スマイル』としてすでに認定されてるんだよ。
そして、さっき朱里と話している間に、彼の新しい情報が追加されたんだ」
と、僕は彼女にスマホ画面を見せた。
【モンスターネーム:クラッシュ・スマイル
悪意スコア:72(警戒域)
悪意タグ:嘲笑 虚飾 侵犯
本名:小田桐 直哉
性別:男性
年齢:17歳(高校3年生)
生年月日:2008/11/02
居住地:荒川区東日暮里付近
HEXアカウント:@smile_nao
HEXパスワード(ロック中):************ 《解除申請》※難易度:ランク1
[New!] 赤城朱里に関する情報:赤城彬良の妹 《ロック申請》※難易度:ランク2】
「この《ロック申請》をすると、どうなるの?」
『この情報を広めるにあたって、対象者が強いリスクを感じるようになる。
法的な責任を負わされたり、社会的な制裁を課されるんじゃないかってな。
もちろん、これで「絶対安心」とは言いきれないが、相当な抑止にはなると思うぜ』
燈の問いに、ヤマトが答えた。
僕は頷いて、
「朱里と話しながら、ずっと考えていたんだ。今回は、SNSアカウントを取り上げるだけじゃダメだって。
発信するチャンネルを1つ潰したところで、本人がその気なら、公開する手段は他にいくらでもあるんだから」
そう。今回はグリーンアイの時とは状況が違う。
前回は、すでに公開された情報をどうにかすればよかった。彼の動機からして、情報の拡散そのものが目的ではなかったからだ。
でも、クラッシュ・スマイルはそうじゃない。
理屈は理解できないけれど、彼は朱里と彬良くんの関係を公表することが「正しいこと」だと、本気で信じているように思えた。
――ならば、その元を断たないと。
そう思っていた時に、この新着通知がアプリから来た。
まるで神様が、僕たちの事情や心情を、すべて見透かしていたかのようなタイミングだ。
朱里は、しばらく画面を見つめていた。
表示された「赤城彬良の妹」という文字に、指先が微かに震える。
それは、過去と向き合うかどうかを、自分に問う仕草のようにも見えた。
「……つまり、この情報をロックするってことは、『あたしとお兄ちゃんとの関係を、彼が公表しづらくなる』ってことね?」
その声には、ためらいと決意の両方が混じっていた。
『そうなる。だが、申請するためには、アプリのバトルで勝利する必要がある。
今回の難易度は、ランク2だ。前回のグリーンアイよりも上がってる。戦力が足りねぇ』
ヤマトの低い声が響いた。
「私たち3人だけじゃ、難しいってことね」
燈が、こちらを見た。
「……朱里、きみに協力してほしい」
僕は、正面からそう言った。
朱里はすぐには答えなかった。膝の上で両手を握りしめ、視線を落とす。
目に見えない葛藤が、沈黙の間にゆっくりと波打っている。
「まさかあんたが、まだ『世直し系インフルエンサー』みたいな活動をしてるなんてね……」
かすかな皮肉が混じる。けれど、その声は震えていた。
僕は思わず視線を逸らし、言葉を選びながらゆっくりと話し出す。
「……過去のことは、すごく反省しているよ。
でも今回は、前のとは違うんだ。ちゃんと客観的な『悪意スコア』って指標に基づいて、主観的な断罪にならないよう証拠も集めてる。
それに、二次被害を起こさないよう、色々と考えてもいるんだ。
彬良くんみたいな人を、二度と出さないために……」
「戦うって言っても、あたしに何ができるの?」
すると、カラス姿のヤマトが、彼女の肩に止まり、片方の翼を軽く広げる。
『聞け。オマエのコードネームは、「スカーレット」だ』
「スカーレット……?」
『深紅の意。血の色であり、傷の色。
古くは「聖なる痛み」の象徴でもあったらしい。
つまり――オマエは、自分の痛みを力に変える側の人間だってことさ』
――なんだかよくわからない由来だけど。
それでも、朱里のまぶたが、かすかに震えた。
その表情は、痛みと誇りのあいだで揺れているように見えた。
燈が、やさしく言葉を添える。
「傷は、無理に癒すものじゃないと思う。
でも、それを『意味のあるもの』にできるなら……戦う理由にはなるよ」
朱里は、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳に、もう迷いはなかった。
「わかった、あたしも行く。スカーレットとして、戦うわ」
短く、けれど強く言い切った。
その言葉に向かって、僕はまっすぐな視線を返す。
「……もう、あまり時間はないよ。
朱里の話を聞く限り、クラッシュ・スマイルはいつ情報を公開してもおかしくないから。
今日の残り時間、模擬戦でトレーニングをして、明日の朝、本戦に挑もう」
『例に漏れず、チャンスは一度きりだぜ。
もしバトルに負ければ、俺たちが干渉していることが、ヤツの深層意識に伝わる。慌てて公表に踏み切るかもしれねえ』
部屋の空気が、わずかに張りつめた。
窓の外の曇り空が、いつの間にか鈍い鉛色に変わっている。
ヤマトの声に、全員が黙って頷いた。
それぞれの胸に、覚悟が静かに宿っていた。




