第18話 笑えないスカーレット②
店を出てすぐ、僕と燈は歩道橋の下で足を止めた。
僕はスマホを手に取り、先ほど取得したクラッシュ・スマイルの情報を確認する。
【モンスターネーム:クラッシュ・スマイル
悪意スコア:72(警戒域)
悪意タグ:嘲笑 虚飾 侵犯
本名:小田桐 直哉
性別:男性
年齢:17歳(高校3年生)
生年月日:2008/11/02
居住地:荒川区東日暮里付近
HEXアカウント:@smile_nao
HEXパスワード(ロック中):************ 《解除申請》※難易度:ランク1
悪意ログ:
2025-09-14 駅前広場で無作為に通行人を観察 嘲笑/侵犯(Score72)
2025-09-13 通学路で不特定多数に学生の笑顔を強要 嘲笑/侵犯(Score70)
2025-09-13 SNSライブ配信で通行人にカメラを向け、執拗に笑顔を要求 虚飾/嘲笑(Score71)
2025-09-10 通学路で女子生徒に執拗に笑顔を要求 嘲笑/侵犯(Score69)
2025-09-09 女子生徒の帰宅中を尾行し、スマホで撮影 侵犯/虚飾(Score70)
2025-09-08 バス停で女子生徒に接近、「笑えば幸せになれる」と発言 嘲笑/侵犯(Score68)】
これ以降も、まだまだ悪意ログには続きがある。
彼は去年の4月頃から、不特定多数に対し「悪意ある行為」を続けてたみたいだ。
――件数は多い。でも……
街の雑踏の音が、妙に遠く聞こえた。
画面の奥で笑う彼の顔が、ふとこちらを見た気がして、指が止まる。
再生ボタンの光が、まるで生き物みたいに脈打っていた。
ほんの一瞬、スマホのスピーカーから「笑い声」が漏れたような気がして、僕は思わず音量を下げる。
「……意図がよくわからないね」
燈の言葉に、僕は頷く。
そう。これらがすべて事実だとして、彼の行動の理由や目的に、見当がつかなかった。
『意図なんて、関係ないぜ。重要なのは、MALICEがスマイル野郎の行為を「悪意アリ」と認定したってことだ。
そこにどんな事情があろうが、どうだっていい。こいつを晒せば、街の悪意レベルは下がる。それがすべてだ』
――それは、そうなんだろうけど。
僕は画面をスクロールし、もっとも新しいログをタップした。
すぐに「動画ダウンロード中」の表示が出て、数秒後、再生が始まる。
映し出されたのは、昼下がりの駅前広場。
クラッシュ・スマイルが、通行人をじっと観察している。
笑顔で声をかけ、立ち止まった人間に「笑って」と促していた。
でも相手は戸惑い、引きつった笑顔を浮かべて逃げていく。それを背後から撮影して、SNSに上げていた。
「……被害としては、軽いんだろうけど。でも、悪趣味!」
燈が、怒ったような顔で言った。
続いて、別のログを再生する。
通学路。制服姿の数人の学生にしつこく声をかけ、笑顔を強要していた。
そのうちひとりが無言で睨み返すと、彼はさらに顔を近づけて、スマホを突き出した。
『無理やりでも笑わせるのが、こいつのやり口か』
ヤマトの声は、冷たかった。
さらにもうひとつのログを開いた。
SNSのライブ配信。通りすがりの学生たちが背景に映り込んでいる。
その中に、見慣れた後ろ姿があった。
日暮里第一の制服。髪の色。歩き方。
――朱里だ。
次の瞬間、彼女がカメラに気づいたように顔をそむける。その横顔は、明らかに嫌悪を滲ませていた。
けれども、クラッシュ・スマイルは「いいね、その照れ笑い!」と声を張り、わざと画角に押し込む。
僕の沈黙から、何かを察したのか。
燈が、横から画面を覗き込んで、目を見開く。
「……そうよ。昨日、『ひび割れたスマイルマーク』のことを尋ねたとき、少し変だった。
彼女、すでに被害にあってたのね……」
燈の声は落ち着いていたけど、その手は微かに震えていた。
彼女の瞳に映るスマホ画面の光が、涙のように揺れる。
正義感だけじゃない。
朱里を守りたいという思いが、言葉の奥に滲んでいた。
その横顔を見ながら、胸の奥に小さな焦りを覚える。
もし彼女が、再び悪意の標的になったら、僕は冷静でいられるだろうか。
『見ろ。9/8から9/10まで、朱里が3日間連続で映ってるぞ』
――粘着、されてる?
朱里の何かが、クラッシュ・スマイルの気に障ってしまったのだろうか。
気の弱い人なら、少し怯んでしまう。そんな威圧感すら抱かせる映像だ。
でも……
「……今の状態で、晒してしまってもいいんでしょうか。
確かに、うっとうしい人だとは思うけど、この映像だけでは、悪人とまでは言い切れない気がします」
僕は、胸の内を、正直に打ち明けた。
すると、燈が唇を噛み、吐き出すように言う。
「私は、晒してもいいと思う。彼の行動は、常識の範疇を超えてると思うし、このまま放置するのは、怖いよ。
でも、朱里さんの気持ちは確かめたい。彼女がどうしたいか、次第かな」
――それは、朱里と話してこい、ってことですよね?
僕の心が、少しだけ重くなる。
『悪意は悪意だ。さっさと晒せ』
ヤマトが、にべもなく言った。
僕は、二人をゆっくりと見回し、深く息を吸う。
「……明日、朱里と話してみます。彼女の意思を確かめてから、次の動きを決めましょう」




