第17話 笑えないスカーレット①
午後2時過ぎ。
雲が低く垂れ込め、駅前の雑踏には、昨日よりも湿った風が吹いていた。
僕と燈は、ヤマトに案内されるまま、日暮里駅前のファストフード店にたどり着いた。
そこは、昨日も皆で来店した場所だった。
ガラス張りの自動ドアをくぐった瞬間、2人のスマホが同時に震える。
【悪意を検知しました 対象:不明】
画面を見て、互いに目を合わせた。
店内に視線をやると、すぐにその「発信源」が現れた。
カウンターの奥から現れたのは、白い歯を輝かせるように笑う男子。
店のユニフォームである、赤いポロシャツに身を包んでいる。
「いらっしゃいませ! 本日はポテトのLサイズが半額になってます!」
声は明るく、受け答えも丁寧。
接客マニュアル通りというより、むしろ自然体で人懐っこい。
客の中には顔なじみもいるようで、談笑しながら注文を受ける姿は、まさしく「好青年」そのものに見えた。
――この人が対象者? 本当に?
燈に目をやると、彼女も首をかしげていた。
それから列に並び、適当に注文を済ませる。
ドリンクを受け取った直後、ポケットからスマホを取り出し、カメラを向けた。
アプリが作動し、さりげなく対象をフレームに収める。
画面に、赤い文字が浮かんだ。
【モンスターネーム:クラッシュ・スマイル
悪意スコア:72(警戒域)
悪意タグ:嘲笑 虚飾 侵犯】
その瞬間、アイコンが歪み、店員の笑顔がノイズの中で「仮面」のように凍りついた。
わずかにノイズが走り、スピーカーの奥から、誰かの笑い声のような残響が聞こえた気がした。
――やっぱり、この人だ。
背中に、小さな悪寒が走った。
席に移動し、結果を3人でシェアする。
店外にいるヤマトも、僕たちがアプリに登録した情報にはアクセスできるらしい。理屈はわからないけど。
『クラッシュ・スマイル、ね。あの笑顔の裏に、何やら意外な加害性が潜んでいそうだぜ』
と、ヤマトが言った。
本当にそうなんだろうか。今のところアプリからの情報以外、不審な点が見当たらないけど……
燈が眉をひそめ、カップを指先で転がしながら言う。
「あの人、不自然なくらい、ずっと同じ笑顔ね。普通なら、少し変化したり、緩んだりするのに」
対して僕は、まだ信じきれない気持ちだ。
「それだけでは、なんとも……
客観的には『気さくでフレンドリーな店員』にしか見えませんし……」
スマホ越しのヤマトが、低く笑った。
『見た目はな。だが、人間の「他人の表情を読み取る能力」は、案外バカにできないぜ。
もしオマエたちが、奴の笑顔に違和感を抱くなら、その感覚は大事にしたほうがいい』
「ねえ。顔認証も済んだし、悪意ホットスポットでダウンロードし直せば、今度は鮮明な動画が手に入る?」
燈が言った。
確かに。そのはずだ。
『よし。じゃあもう一度、このあたりで動画の収集にあたろう』
そうして、飲み終えたカップを片づけようとした、その時。
カウンターの奥から、さっきの店員――クラッシュ・スマイルがやって来て、声をかけられる。
「お2人、学生さんですよね? このへんの学校?」
笑顔は、変わらない。
けど、その問いかけは接客の一環というより、こちらの素性を探るような生々しさを帯びていた。
「え、あ……」
予想外の展開に、僕は思わず言葉を詰まらせた。
その隙に、彼はさらに一歩、こちらへ近づいてくる。
「制服は見覚えあるんだよなあ。巣鴨翠雲? あ、家はどっちの方面?」
土足で、他人の事情に踏み込んでくる。
必要以上に距離を詰めながら、にこやかに。まるで、相手を観察して楽しんでいるかのように。
燈がさっと前に出て、僕と彼との間に立った。
「すみません。こういうご時世なので、プライベートなことは」
声は穏やかだけど、鋭い切っ先のような気配を帯びていた。
一瞬、クラッシュ・スマイルの目が、笑顔に似つかわしくない光を帯びたように見えた。
けれど、次の瞬間には、また白い歯を見せて笑っていた。
「ごめんごめん。悪気はないんだ。ただ、友達増やしたいだけだから」
その「悪気はない」という一言が、まるで冷たい刃のように、背筋をなぞった。
――でも、これはチャンスだ。
彼が、燈に視線を向けている、この間に。
僕は、彼の背中に、スマホでタッチした。
ピン——ピッ。
スマホ本体から、短い電子音が鳴った。
クラッシュ・スマイルが、振り返った。
笑顔はそのままだが、瞳の奥だけが凍りついたみたいに冷たい。
「今……何か、しました?」
なんて誤魔化そうか考えていると、燈がすぐに声を挟んだ。
「ごめんなさい。彼、スマホの調子が悪いみたい」
さりげなく僕の腕を引き、出口の方へと歩き出した。
それに合わせて、僕は頭を下げる。
「そ、そうなんです。すみません……」
クラッシュ・スマイルは一拍置いてから、また白い歯を輝かせて笑った。
「そっか。いや、気にしないで。……ありがとうございました」
その声が背中に貼りつくように追いかけてきて、店を出るまで消えなかった。
外気を吸った瞬間、ようやく呼吸が戻る。
スマホ画面を見ると、新しいアイコンが点滅していた。
【クラッシュ・スマイル 詳細情報ダウンロード完了】




