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第14話 壊れた正義②

 同じ日の放課後。

 夕暮れに染まる日暮里の街を、僕は歩いていた。


 繊維街のショーウィンドウには、仕立てかけのスーツや、色褪せたマネキンが並ぶ。

 シャッターを下ろしかけた商店の隙間からは、アイロンの焦げた匂いが漂ってきた。


『本来なら、悪意ランキングの上位を狙うのが効率的なんだが……』


 イヤホンから、ヤマトの声が低く響いた。

 一見、万能なようなMALICEだけど、悪意のある対象者を探す手段は、実のところかなり限られていた。


 1つ目は、悪意アーカイブ。


 ランキング機能のほか、サーチ機能もあって、本名・生年月日・居住地の入力をキーに、対象者の様々な情報を入手することができる。

 ただし、悪意スコアが一定以上であることが条件だ。


 2つ目は、悪意コミュニケーション。


 悪意スコアが一定以上であることを条件に、対象に接近・カメラで捕捉・スマホでタッチなどをすることで、リスクに応じた情報を入手することができる。


 3つ目は、悪意ロケーション。


 悪意コミュニケーションで捕捉した対象者の、位置をマップ画面で確認できる。

 悪意ホットスポットについては、距離や登録に関係なく閲覧することができる。ただし、登録が済んだ対象者のものでなければ、不完全で限られた情報しか得られない。


 いずれの機能においても、今は決定的な情報が足りない。

 だから僕らは最近、悪意ホットスポットが頻繁に生まれる地域を、しらみ潰しに回ることにしたのだ。


 それがここ、日暮里だった。

 僕にとっては地元――住み慣れた街であるはずが、こうしてVALGATEの活動として訪れると、全く知らない場所のように感じた。


 通い慣れた駅前の風景も、どこか薄暗く見える。

 制服姿で笑い合う学生たちの声が、夕陽に照らされて妙に遠く感じた。


 この街にも、悪意が渦巻いているのだと考えると、胸の奥がわずかにざらつく。

 朱里が毎日歩いているはずの通学路も、いまはまるで、別の世界のようだった。


『じゃあ、朝日くんは駅前を。わたしとヤマトは、反対側を回るね』


 燈の提案に従い、僕たちは別々の道を進んでいた。


 MALICEの通話機能のおかげで、物理的に離れても会話は途切れない。

 街の雑踏に紛れながら、イヤホンマイクを介して2人とするやりとりは、どこか秘密めいていて、何やら悪事を働いている気にさせられた。


 商店街のアーケード。駅前のロータリー。

 再開発中のビルが鉄骨のまま夕空を切り裂き、その影の下でバスを待つ人々がざわめいていた。


 端末をかざすたびに、断片的な動画がダウンロードされていく。


 怒鳴り声、罵倒、嘲笑。

 画面に浮かぶのは、ノイズの混じった声と、モザイクのかかった人影ばかりだった。


『こちら住宅街。数件ダウンロード完了。……でも、不鮮明だね』


 燈の声が、イヤホン越しに届いた。


『たとえ悪意のある対象者であっても、顔認証が済んでいない限り、システム的に保護されているんだぜ』


 と、ヤマトが告げた。


 ――そうか。グリーンアイの時は、あらかじめカメラで登録をしてたっけ。

 だから、彼に関する動画は、姿や声が鮮明に入っていたのか――


 すると、燈が何かに気づいたように『あっ』と声を漏らす。


『……顔はよくわからないけど、映っている人たち、学生服姿が多いね。

 朝日くん、ここ地元でしょ? どこの学校か、わからない?』


 僕はスマホを操作して、燈から共有された動画を確認する。

 画面の中で、灰色がかった紺のブレザーが、何度も揺れていた。胸元には、銀糸で縫い取られた、見覚えのある校章。


「日暮里第一学園の制服ですね」


 それは、朱里が通う学校。

 僕にとっても、見慣れすぎている制服だった。


『日暮里第一? 公立の、スポーツ強豪校だよね?』


 と、燈が反応した。


『なるほどな。ホットスポットの発生源がその学校、もしくは生徒に関連している可能性があるってことか』


 ヤマトが、淡々と推論を述べた。


 僕は、燈が取得した動画を、ひと通り再生していった。

 確かに、日暮里第一の生徒がよく映っている。


 でも、地元の高校だし、それたけで何かを判断するのは早計な気がする――


 ――あれ?


 同じ制服集団の中に映る、1人の男子生徒が目に止まった。

 この人、僕がダウンロードした動画の中にも、よく登場していた気がする。


「……同じ人が、何度も出ていますね」


『えっ、本当?』


 燈が、驚きの声を返した。


 モザイクがかかっていて、顔まではわからないけど、特徴的な笑い声。

 そして、鞄につけたキーホルダー――ひびの入った、ニコニコマーク。


 その歪んだ笑顔は、なぜだか僕に向けられている気がした。


「間違いありません。同一人物です」


 ノイズがひどくて、何を言っているかまでは聞き取れない。

 けれど、大声で誰かを笑い飛ばす横顔に、どこか底知れぬ悪意を感じた。


『大手柄だな、悠。よし、次はそいつを特定しよう』


 ヤマトの声が、冷たく決意を帯びて響いた。

 それはいいけど、どうやって? 僕は頭を悩ませ始めた。

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