第12話 再起動④
翌日の昼休み。
校舎の影が落ちる体育館裏で、僕はいつものように弁当を広げていた。
教室に居場所はないけれど、ここなら静かだ。
風に混じって、校庭の歓声や購買のざわめきがかすかに届いてくる。
ポケットから、スマホを取り出す。
画面に映るのは、今朝投稿したばかりの晒し動画――グリーンアイの悪意ログから集めたネタを、編集してまとめたものだ。
再生数は、すでに3万を超えていた。
コメント欄も想像以上の反響だった。
『ストーカーなんて最低』
『こいつ自宅特定されてるじゃん』
『ダークヒーロー爆誕』
動画内では、意図的に個人情報を伏せた。
けれど、視聴者の中に有志の特定班が現れて、グリーンアイの素顔や住所はあっという間に拡散されてしまっていた。
校舎の廊下からも、ひそひそと声が聞こえてくる。
「昨日の動画見た? グリーンアイのやつ」
「あれって、生徒会長のストーカーだよね?」
「ざまあみろって感じ」
――さすがに、夕波先輩のことを知っている人には、わかっちゃうよね。
昨日、僕たちはグリーンアイのHEXパスワード入手に成功した。
それを使って、彼がネットにアップした燈の写真はすべて、個人を特定できないように顔や映っている固有名称を隠した。
おかげで、徹夜だった。
僕は、小さく息を吐く。
――やっと、終わったんだ。
ちょうどそのとき、背後から影が差した。
「朝日くん、ここにいたのね」
振り向くと、燈が紙袋を手に立っていた。
その隣に、カラス姿のヤマトが降り立つ。
『動画、バズってるらしいな。街の悪意レベルも、わずかだが下がったのを確認した。大成功だぜ』
スマホから、ヤマトの嬉しそうな声がした。
「……ありがとう、朝日くん。わたしのために、HEXの写真まで加工してくれて。きっと、あんまり寝てないよね?」
燈が、持っていた紙袋を差し出した。
中身は、和菓子の詰め合わせだった。
「正式なお礼は、後日ちゃんとするけど……
これでもう、あの人に怯えなくて済むと思ったら、すごく心が軽くなった。朝日くんと、ヤマトのおかげ」
少し気恥ずかしくなって、僕はごまかすようにうつむいた。
横目でヤマトを見ると、彼はまんざらでもなさそうに羽をばたつかせている。
「ねえ。ところで、動画の最後に出てた『VALGATE』って、あれ何?」
――まあ、気づきますよね。
燈が言っているのは、エンディングに挿入したリザルト画面のことだ。
ちなみに、あれはヤマトが「絶対に入れろ」としつこく要求してきたからであって、僕の趣味では決してない……
【──MISSION RESULT──
ターゲット:GREEN EYE
ステータス:COMPLETED
メンバー:REBOOT / RAVEN / SERAPHIM
チーム:VALGATE】
『聞け。VALGATEの名には「VALUE」と「GATE」――すなわち「価値を見極める門」という意味が込められている。
悪意の臨界を見極め、裁きを下す者……オレたちにふさわしいチーム名だろう?』
ヤマトが、意気揚々と言った。
「いい名前ね。でもそれって、今後もこの活動を続けるってこと?」
と、燈が僕に視線を送ってきた。
ヤマトもまた、こちらを見てくる。
僕は、思わず視線を落とした。
――裁きを下す者。ヤマトはそう言うけど、実際はそんなに単純じゃない。
人を裁くってことは、同時に自分たちも裁かれる危険を背負うってことだ。
昨日の動画だって、やっていることはストーカー男とさほど変わりがない。
僕らは一歩間違えれば、彼らと同じ穴のムジナなんだ。たとえ相手が悪人でも。
――その怖さを、僕は知っている。
あの日、僕は確かに一線を越えた。
誰にも言えないやり方で、人を追い詰めてしまった。
僕には、街の悪意レベルを高めた責任があるらしい。
だからこそ、今回の戦いは、贖罪の機会だと思った。
もし、この活動で誰かの恐怖を取り除けるのなら。
もし、少しでもこの街から悪意を減らせるのなら。
顔を上げ、燈とヤマトを順に見た。
「……危うい橋を渡ってる、とは思うけど。
でも、僕にできる範囲ということでよければ、これからも続けるよ」
燈が、柔らかく微笑んだ。
ヤマトは……カラスの感情表現がよくわからない。この首を忙しなく振る動作は、喜んでるのだろうか?
「夕波先輩は、どうしますか? 正直、先輩にはこの活動に対してなんの責任もありませんし、無理はしなくていいと思いますが」
すると、燈は首を振り、
「わたし、考えてみたの。今回、2人はわたしを守ってくれた。
もし、他に同じように困っていて、怯えている人がいるなら、今度はわたしが守ってあげたい」
と、僕をまっすぐに見る。
「それにグリーンアイみたいな、犯罪スレスレだけど、警察も手が出せないようなやり方で、他人を傷つける――
そんな卑怯な人、わたし許せない。VALGATE、必要だと思う」
他人を守りたい優しさと、卑怯な悪を見過ごさない正義感。
温もりと冷たさ――その相反するものが、彼女の中で静かに共存している。
僕には、それが少し危うくもあり、同時に眩しくも感じられた。
『決まりだな』
ヤマトの低音がしたところで、昼休みの終わりを告げるチャイムが周囲に鳴り響いた。
それでも僕たちは、しばらく顔を見合わせ、無言のうちに頷きあった。




