表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/25

第11話 再起動③

 怪物の虹彩は、確かに僕を見据えていた。

 触手の奔流はすべてこちらに集中し、セラフィムとレイヴンの周囲にわずかな余裕が生まれている。


「いいぞ、このまま押す!」


 レイヴンが声を張り上げ、翼をはためかせて宙を駆ける。

 槍の閃光が、眼球の縁を穿ち、飛沫のような緑の粘液を散らした。


回復魔法(ヒール)!」


 セラフィムの杖から柔らかな光が溢れ、僕の傷が癒されていく。


 ――よし、戦況は安定した。


 そう思ったのも、束の間だった。

 床の赤いひび割れが、みしりと大きく走った。黒水が泡立ち、そこからぼんやりと人影が浮かび上がる。


 ――夕波先輩?


 セラフィムが、小さく息を呑む音が聞こえた。

 現れたのは、彼女自身の姿だ。けれど、純白のローブ姿ではなく、現実の彼女――制服姿の燈。


 その幻影が、虚ろな目でこちらを見つめている。

 目の奥には光がなく、まるで誰かに操られているようだ。呼吸をするたび、胸の奥が締め付けられる。


 「本物の彼女」を攻撃するような錯覚が、僕の腕を重くする。


 ――なっ……


 さらに、もう一人。

 鏡面から這い出してきた、燈と同じ制服を着る男子生徒――僕だ。


 制服姿の僕が、ゆらりとこちらに歩み寄る。


『……守れなかっただろう……あの日も……』


 掠れた声が、耳を打つ。

 胸の奥に鈍い痛みが走り、思わず手を止めてしまった。


 幻影は、僕の内側を正確に突いてくる。

 まるで、心の奥の「罪」そのものが、形になって立っているかのようだ。


「リブート! 気を取られるな!」


 レイヴンの声が、鋭く響く。

 同時に、燈の幻影がセラフィムに顔を近づけ、囁く。


『……あなたのしていることは……ただの偽善よ……』


 セラフィムの杖がわずかに揺らぎ、詠唱が途切れた。

 皆を鼓舞するかのように、レイヴンが大声で叫ぶ。


「あれはただの幻影じゃない! 奴が現実に知っている顔だけを再現して、精神に干渉してきている。

 動揺して動きを止めてしまうと、詠唱が中断したり、体が硬直して動けなくなるぞ!」


「じゃあ」セラフィムが声をもらす。「レイヴンに幻影が出てこないのは……」


「ヤツが、オレの本体を知らないからだろうな」


 ――つまり僕は、敵に顔を覚えられていることが確定?


 だとすればこの戦い、ますます負けるわけにはいかない。

 これまでのやりとりがグリーンアイ本体の記憶に残ってしまえば、今後挽回するチャンスは訪れないかもしれない。


「よくわかったわ。でももう、まったく動けない……」


 セラフィムの言うとおり、この幻影たちは断続的に「スタン」のデバフをかけてきていた。

 その合間を縫って、さっきから自分の幻影に攻撃を加えているけど、まったくダメージが通らない。


『……守れなかった……また繰り返すんだ……』


 幻影の僕が、そう言った。


 ――守る? もしかして……


 僕は、スタンが途切れるタイミングを狙い、幻影に向かって走り出した。

 自分のものではなく、燈のものに。


 ――夕波先輩と同じ姿の敵を倒すなんて、気が引けるけど。


 僕は、両手剣を振り抜いた。

 黒い斬撃が閃き、幻影の燈は、無言のまま砕け散る。


 その瞬間、セラフィムの体が解き放たれたように動きだした。


「セラフィム! 自分の幻影は、自分では倒せません。僕のほうをお願いします!」


「――なるほど。そういうこと!」


 聖杖から水の矢が放たれ、幻影の僕を貫いた。

 制服姿の悠が、静かに崩れ、鏡面の床へと溶けていった。


「……チッ。オレはそろそろ限界だぜ……」


 レイヴンが、槍を払いながら言った。

 動けない僕ら2人を守るため、無数の触手を相手にひとりで戦っていたのだ。もうHPが残り少ない。


「セラフィム、レイヴンに回復を!」


 彼女が、詠唱を始める。

 それを見届けるより早く、僕はレイヴンの前に出て、触手たちを素早く斬り伏せた。


 レイヴンから、安堵のため息が漏れる。


 ――よし、耐えきったぞ!


「反撃に出ましょう! 全員、突撃!」


「「了解、リーダー!」」


 机や椅子の残骸が、狂ったように飛び回り、グリーンアイの周囲を覆い隠した。

 けれども、レイブンは怯む素振りすら見せず、宙を駆けながら相手に突進する。


「退けぇっ!」


 連撃で無数の残骸を吹き飛ばし、本体の目玉が露わになる。

 その一瞬を逃さず、セラフィムが杖を掲げた。


第2位階土魔法(セカンド・ストーン)!」


 頑強な石槍が放たれ、緑の眼窩へ突き刺さる。

 粘液が爆ぜ、グリーンアイが苦悶の声を上げた。


「今だ、リブート!」


 レイヴンの叫びに応じ、僕は大剣を構える。

 黒き炎が刃にまとわりつき、視界を焦がす。


「――断罪・ゼロカット!」


 渾身の斬撃が、暗黒の奔流となって虹彩を真っ二つに裂いた。

 凄まじい衝撃が空間全体を揺らし、鏡の床に走っていた赤いひび割れが、一気に広がる。


 怪物の断末魔が、歪んだ笑い声と混じって響いた。


『……は、はは……燈……また……見て……』


 声はそこで途切れ、緑の眼球は崩れ落ち、黒水の中へ沈んでいった

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ