第10話 再起動②
【ミッション:Unlock Request
難易度:Rank 1
ターゲット:Green Eye
フィールド:ENVY_CAGE.verα】
僕――リブートの足は、黒い鏡のような床に立っていた。
シャドウブリンガーのジョブにふさわしく、全身に漆黒の甲冑をまとい、背中には巨大な両手剣を携えている。
その場所は、崩れかけた教室を模した空間だった。
天井は抜け落ち、机や椅子が宙に浮き、ぐらりと傾いたまま停止している。
黒水の床は揺らめき、こちらの姿を歪んで映し返す。
その鏡面には、赤いひび割れが走っていた。
――これが、グリーンアイの深層。
隣に立つのは、ライトメイジのセラフィムだ。
顔の作りは、燈そのもの。でも、純白の衣をまとい、手に聖杖を握るその姿は、「熾天使」のコードネームに恥じない高潔さを漂わせていた。
その向こうでは、スカイランサーのレイヴンが、鋭く周囲を見据えていた。
人型の少年のような姿で、青黒い翼をはためかせながら、鋼鉄の槍を構えている。
「気を抜くな。出てくるぞ」
その言葉に呼応するように、黒水の床がぐにゃりと盛り上がった。
やがて浮かび上がったのは――巨大な目玉。
血管を走らせた緑色の虹彩が、ぎょろりとこちらを睨みつける。
その周囲には、粘液に覆われた肉塊のような付属器官がうねり、机や椅子の残骸を絡め取っては、吸い込むように飲み込んでいった。
呼吸をすることさえ、怖かった。
現実の空気を忘れるほど、空間のすべてが悪意で満ちている。
視線を合わせるだけで、心の奥にまで覗き込まれるような感覚――
これが、人の「憎しみ」が形を持った姿なのか。
背中を伝う冷気が、這い上がっていく。
生き物のような怨念が、肌の裏から侵入してくる気がした。
『……燈……』
低く増幅された声が、空間に響いた。
セラフィムの体がピクリと動いたのを、僕は見逃さない。
「あの人の声よ……」
どうやら、本人の声に似ているみたいだった。
でも、まるで水中から響くようなこもった声で、それが怪物の不気味さを際立たせている。
『……見てるぞ……は、はは……』
低く歪んだ声。
次の瞬間、眼球の中央から光がほとばしった。
――ビーム……!?
白と緑の混じった閃光が、一直線にセラフィムへと放たれた。
「くっ!」
彼女が杖を掲げるよりも早く、僕は身を滑らせた。
黒い甲冑がきしむ音とともに、両手剣を前に突き立てる。
鏡面の床ごと爆ぜるような圧力が、全身を貫いた。
背後で椅子や机の残骸が吹き飛び、宙を舞う。
「リブート!」
セラフィムの声が響いた。
彼女を守れたことに、ひとまず安堵する。ヒーラーが死亡してしまっては、敗戦は必至だ。
足元を見ると、床の赤いひび割れが広がっていた。
割れ目から滲み出す緑色の液体が、じわりと鎧の足を絡め取る。
「足を取られるな!」
レイヴンが鋼の槍を構え、羽ばたいて宙へ跳び上がった。
直後、グリーンアイの触手が振り下ろされ、床を叩き潰す。
レイヴンの槍が閃光のように突き出された。
鋭い一撃が、眼球の縁に深々と突き刺さる。
『……ぅぐ……は、ははっ……』
苦悶とも恍惚ともつかない笑い声が広がり、触手が狂ったようにのたうった。
「下がって!」
僕はセラフィムの前に立ちふさがり、両手剣で触手を斬り伏せた。
それでも、さばききれなかった分が全身を打ちつけ、HPがごりごり削られていく。
――まずい、敵の攻撃が分散してしまっている。
僕はタンクなんだから、ちゃんとこちらを狙わせないと――
背後で、セラフィムが詠唱を始める。
「回復魔法!」
温かな光が体を満たし、受けた傷が癒されていった。
その隙を縫うように、レイヴンが宙を駆けた。
翼をはためかせ、怪物の眼球の真横へ滑り込む。
「貫け――ランサーストライク!」
槍が炸裂し、肉塊の一部を吹き飛ばした。
怪物が大きくのけぞり、ぐるりと虹彩を回転させる。
触手が暴風のように振り回され、机や椅子の残骸を粉砕していった。
「今だ、リブート!」
レイヴンの声に、僕は頷く。
両手剣を構え、胸の奥で力を集中させる。
暗黒の闘気が刀身を包み込み、低いうねり声のような響きが空間を震わせた。
「――ダークプロヴォーク!」
斬撃が黒い波動となって、怪物の虹彩を直撃する。
轟音とともに、床の鏡面が赤く波打った。
『……ぉぉ……! おまえだ……見てるぞ……リブート……!』
巨大な目玉が、こちらを見据えた。
触手の全てが僕へと向き直り、セラフィムとレイヴンへの圧力がわずかに緩む。
「ヘイト、取った!」
全身がすくむほどのプレッシャーに耐えながら、僕は剣を構え直した。
「防御魔法!」
背後で、セラフィムが声を上げた。
淡い結界が広がり、僕の鎧を包み込む。
「これで、少しは守れるはず」
「助かります。あとは僕が!」
レイヴンが、宙から声を飛ばす。
「前は任せた! オレは死角から削る!」
三人の役割が、かちりと噛み合った。
ようやく戦場が形を成し、ここから僕たちは反撃を始める――




