刻め、情熱のビート!~勇者の背後でシャカる俺~
吟遊詩人の適性を持ち、今まさに神殿で転職とスキルを目覚めさせたエルクは困惑していた。
……なに『打楽器初級:マラカス』って。
吟遊詩人ジョブの場合、多くは竪琴や洋琵琶、笛だ。時折、弓を得意とする者もいるが、大半はこの三種類のどれかである。
自分の適性を知る前、ただの戦士であったエルクは歌声には自信があった。実際、酒場などで歌を披露して小銭を稼ぐこともあったし、酒場のマスターから専属歌手にならないかと持ち掛けられたこともある。
だから吟遊詩人への適正があるとわかったとき、エルクはこれこそ天職と神に感謝を捧げた。
補助役とはいえ、彼のパーティは前衛の剣士と、中・後衛の魔導士だ。吟遊詩人に転職すれば味方へはバフを、敵へのデバフを撒くことができるようになり、パーティとしてのバランスは更に高まる。これはエルクだけでなく、パーティの総意でもあった。
なのにエルクに授かったのは打楽器、それもマラカスという聞いたことのない楽器である。困惑するのも無理はない。
神殿でスキルを目覚めさせるためには寄付が必要だ。最低でも50Gと決して安くはない料金、もとい、寄付をして、目覚めたのが打楽器初級。しかもマラカスとかいう謎の楽器ときた。もう泣きたい。
金色の髪に青い目の美しい彼の手に、持ち手の先が丸く膨らんでいる、一対の奇妙な楽器が顕現する。軽くゆすると、シャカシャカ、ジャラジャラと音が鳴った。
「なに、この……なに?」
困惑するエルクと、目を逸らす神官達。それらに構わず、スキルの女神はやさしく語り掛けた。
『さあ、お行きなさい。あなたの道に祝福を……』
もたらされたのは困惑である。間違っても祝福ではない。両手にマラカスを握り、エルクは立ち尽くした。
そんな彼の肩を、先日勇者に目覚めたばかりの女剣士・リリーナが叩く。
「とりあえずレベリングしてみようよ。もしかしたら、それで魔物をぶん殴れるかもしれないしさ」
やさしい言葉だ。さすがパーティのリーダーは言うことが違う。
感動したエルクは振り返ったが、しかしリリーナは彼の顔を一向に見ようとはしていなかった。
「リリーナ? リリーナさん? ちょっと、なんで目を逸らすんだいリリーナさァん!!」
顔を背け、ぶるぶる震える彼女に訊ねるが返答はない。顔を覗き込もうとしたら、ついに背を向けられてしまった。
「おい、そのへんにしとけ」
唖然としているエルクに待ったをかけたのは、魔導士のマークだ。
「で、でも!」
「小動物に囲まれて竪琴弾いてそうな面のお前が、そんな間抜けな音する楽器授かってんだぞ。無理だろ」
反論する余地が一切ない一撃に、エルクは肩を落とす。その拍子にマラカスもシャカ……と音を立てた。
窓から光が差し込む中、女神像の前ではらはらと涙をこぼすエルクの姿は、まるで宗教画のようだった。
――ただしその両手にマラカスさえなければ。
泣いたところで、授かってしまったものは取り消せない。エルクは泣く泣く、リリーナに従ってレベル上げを行うことになった。しかしダンジョンでは、他の冒険者に見られる可能性がある。
そこで選んだのは、魔障の森だ。ここは魔物が多い割に、得られるものが少ない。経験値もたいしておいしくない。つまり冒険者からは敬遠されている場所のため、他の冒険者に会う可能性が限りなく低い、というわけだ。
森に足を踏み入れてすぐ、熊のような肉体に山羊の頭をしたレッサーデーモンの群れに出くわす。物理攻撃が効かないため、魔力を帯びた武器でなければ倒せないところが厄介な魔物だ。
しかし逆に言えば、魔力を帯びた武器、あるいは魔法であれば難なく倒せる魔物ということである。魔導士のマークはもとより、リリーナの剣も炎の魔力を帯びたロングソード。問題らしき問題はまったくない。
そんな中でエルクはマラカスを振り続けていた。振り続ければ楽器の特性もなんとなく理解するものである。たとえばマラカスというのは、持ち手の先にある球体の中に、うんと小さな石やビーズ、あるいは小さな木の実のような、ある程度硬い粒が入っている……とか。
この楽器は中に入っているもの同士がこすれたり、球体の内側に当たったりすることで音が出る仕組みらしい。
また、重さが左右で異なる。これは左右を互い違いに振り下ろした際、音が違うことをきっかけに気付いた。
中の粒を当てる場所によっても、音の高さが違う。更にうまく粒をまとめて当てることができれば、力強くシャカッ! と鳴ることも……
「だからなんなんだよ!!」
エルクはやけ気味に叫び、同時にマラカスを渾身の力で振り下ろした。どうやれば音が出るのか、それは理解したが、だからどうということもない。単純にうまく鳴らせるようになっただけである。
ちなみにリリーナが期待した…したかは謎…ように、マラカスを敵に振り下ろして攻撃は無意味だった。魔障の森にもいる小さなスライム相手に試したところ、シャカ! ぽいん……シャカッ! ぽいん……という間抜けな音がしただけである。結果はお察しだ。
これが弦楽器なら、次はいよいよバフ・デバフの源でもある歌へ移行となるだろう。エルクは前もってバフ用の楽譜を買っておいたくらいだ。
しかし授かったマラカスでは、そういうわけにもいかない。というか、そもそもメロディーを奏でることができないのだ。歌えるはずもなかった。
20Gで買った楽譜が泣いている……いや、泣きたいのはエルク自身だが。
そんな彼の前では、レッサーデーモン相手に、リリーナとマークが攻防を繰り広げていた。
やや距離を取っているマークの指先から放たれる炎の矢、あるいは氷の槍が、レッサーデーモンを貫く。打ち漏らしたレッサーデーモンには、リリーナがダッシュで距離を詰め、剣を振るった。剣を斜めに振り下ろし、一刀両断。
返す刀で、右から肉薄していたレッサーデーモンを斬りつけた。仰け反ったレッサーデーモンの頭部に、マークが放った白い閃光が突き刺さる。
視野が広く、複数の敵を同時に相手できるマークと、範囲の狭さを速度でカバーできるリリーナのふたりは、明らかに優勢だった。
特にリリーナは勇者に目覚めたからなのか、攻撃力が格段に上がっている。マークもレベルアップを果たしているようで、呪文の威力が増しているようだ。レッサーデーモンの群れが壊滅するのも、時間の問題だろう。
……もうあのふたりだけでいいんじゃないかな。
マラカスをシャカシャカ鳴らしながら、エルクは眼前の光景に打ちのめされていた。
リリーナはいつも以上にキレッキレの動きでレッサーデーモンを翻弄し、マークは攻撃だけでなく彼女のフォローにも回っている。なのに自分は、戦いの場にはまったく不釣り合いな音しか出せない。
せめて竪琴なら格好もつくだろうに、両手が握り締めるはマラカスという謎の打楽器。しかもなんとなく、振り下ろす腕の動きにキレが出ている気がする。そんなキレ捨てたい。
女神のもたらす祝福は、人知を超えている。だというのに、予想外のスキルを得てしまったらどうすればいいのかを、女神は教えてくださらない――!
理不尽への嘆きは、やがてエルクの中で怒りと変わった。怒りに身を任せてマラカスを振り続けていた彼は、曲の〆とばかりにシャシャシャシャシャ……シャカカッ!! と、絶妙なタイミングで左右のマラカスを振り下ろして止める。
リリーナとマークが最後のレッサーデーモンを倒したのは、エルクがマラカスを振り下ろすのと同時だった。
その様子を見届けたエルクの額には、珠のような汗がびっしりと浮かんでいた。楽譜もない中、理不尽への怒りのまま一心不乱に振り続けたのだ。戦闘と同じくらいの疲労度であった。
はあはあと肩で息をしながら見上げた空が、泣きたいくらいに青い。エルクの眦から零れ落ちたのは、はたして汗か、それとも――
放心状態のエルクは気付かなかった。リリーナとマークの訝し気な視線が向けられていることに。
刀身を鞘に納めたリリーナは隣のマークにこそりと訊ねた。
「……ねえマーク、アンタいつもより出力上がってなかった?」
「あー……わかっちゃった?」
がしがしと頭を掻き、マークは首を竦める。
「たぶんエルクのバフなんだろうなあ。なんか光ってるし……」
彼の言う通り、エルクの全身はうっすらと光っていた。レベルアップとスキルレベルアップの証拠である。さほど経験値がおいしくないとはいえ、数を倒せばなんとかなるものなのだろう。
三人が立ち尽くす中、どこからともなく声が響く。
『吟遊詩人、あなたに新たなスキルを授けましょう……』
女神の声だ。拒否できるものならしたいが、女神から与えられるスキルに拒否権はない。意識を取り戻したエルクは、渋々両手を差し出した。
彼の手の中に顕現したのは、またしても奇妙としか言いようのない物体だ。長さの違う金属製の角笛が、細い棒を曲げた両方の先端についている。そして短めの木の棒も一緒に。
またしても奇妙な楽器を前に、エルクは言葉を失くす。そんな彼を挟むように立ったリリーナとマークは、揃って手の中の楽器を見つめた。
「また変なのが来たわね。この棒で叩けばいいのかしら」
「だろうなあ。ま、ちょいと叩いてみろよ」
「……うん」
エルクは促されるままに木の棒を右手に、左手には謎の楽器の持ち手と思しき細い棒の部分を持つ。そして、すう、と息を吸い、木の棒を振り下ろした。
――カンカンココンッカンカカンカッコンコンッ!
陽気な金属音のリズムが奏でられる。祭りの現場ならともかく、戦闘中にはあまりそぐわないだろう陽気な音だった。
「なに、この……なに?」
困惑する三人に、再び女神の声が降り注いだ。
『打楽器初級2:アゴーゴ……。さあ、お行きなさい。あなたの道に祝福を……』
「だからァァァァァァ!!」
女神の祝福に拒否権はない。エルクはついに両膝から崩れ落ちた。這いつくばり、おんおんと泣く彼と、そんな彼になんとも言えない表情を浮かべるリリーナ、マークはまだ知らない。
彼等がこれから数年の後、魔王を倒す勇者と魔導士、そして最強の吟遊詩人として名を馳せることを。