2.打ち合わせ
宮坂誉率いる『オフィス宮坂』は、商業関連の経営戦略の提案とブランド構築、そしてその資産管理まで手掛けている。
始めのころこそファッション業界で活躍した宮坂らしく、アパレル業のリニューアル案件を遊び感覚で手掛けていたが、そこから派生してセレクトショップの開業や飲食業の支店立ち上げや経営の見直しなど、次から次へと仕事が舞い込むようになった。
最初は企画設計程度だったはずなのに気が付いたら会計及び法務管理まで請け負い、なんでも屋の様相を呈している。
そして宮坂は発想が柔軟かつ確実に成功へ導くため依頼が後を絶たず、業界トップと言われるまでに成長した。
それにもかかわらず、会社自体の規模はさほど大きくない。
もちろん宮坂の仕事ぶりは非凡だ。
しかし彼を支えるスタッフに優秀な者が集結しているからこそ、普通では考えられないほど円滑に業務を進めることが可能だった。
その『優秀な者』の半分近くを占めるのが、『バース特性保有者』だ。
かと言って、非保有者の能力も負けてはいない。
アルファであれオメガであれ、ベータであれ。
つわものぞろいだという自負が、この会社には浸透している。
「今回のターゲットは『志水堂』。もう一度最初からおさらいするよ」
今日は、最終的な契約締結を予定している。
発注内容、作業工程、納入期日、金額の確認、修正、そして法的手続き。
この時にお互いの意見がかみ合わなければ、破談となることもあり得る。
宮坂と開発チームは「面白そうだから」と乗り気の案件だが、違法性のあるものや無茶な要求が潜んでいないか目を光らせておくのが裏方の仕事だ。
今は波に乗っているが、いつ何時足をすくわれるかわからない。
人は、存在するだけで様々なものを消費する。
その最たるものが、金だ。
多くを求めはしないが、それなりに生きるためには必要不可欠だろう。
そんな時代に生まれ育ったのだから、面倒だが仕方ない。
依頼主も、自分たちも、生きるために戦っている。
「『志水堂』は江戸時代に京都で開業した老舗和菓子屋。大政奉還後、東京へ移転。御用達の称号も得ていたからね」
臨席するのは、宮坂、八澤、開発スタッフ二名、そして庄野の代打で蜂谷。
宮坂の美貌は神の域だ。
十数年の付き合いになる八澤ですら、まつ毛一本に至るまで芸術品だなとしみじみ見とれることがある。
それを本人は十分に自覚し、『武器の一つ』と言う。
使えるものは存分に使う。
それで道が開けるならば楽なものだろう。
だって『とっておき』なんて、大事に仕舞っていても意味がないじゃない?
錆びさせてしまう方が悪だよ。
意外にも、宮坂はいついかなる時も全力で戦うのが好きだ。
だからこそフル装備でやる気に満ちた彼が普通の社会人として目の前に降り立つと、仕事と理性を忘れる依頼人もたまに・・・いや、かなりいるので、盾替わりかつ柔軟にあしらう能力のある者を必ず一人連れて行くようにしている。
おおむね、庄野。
彼が『巣籠』に転じたならば、蜂谷。
「依頼内容としては、客層と商品のマンネリ化と景気その他要因にわる売り上げの下降傾向の打破。顧客の新規開拓のために製品、店舗、パッケージデザイン、広告、経営方針の一新。ついでに言うなら、ゆくゆくは国内だけではなく、海外への展開も視野に入れる。ようは、長期契約の見込みありの案件だね」
宮坂の説明を聞きながら、八澤はもう一度状況を叩きこむ。
製品の一覧を見る限り、これといった特徴の持てないごくごく平凡な老舗和菓子屋。
技術力のある職人たちを多数抱えており、味も見た目もそれなりのものが作れるようだがとにかく『普通』。
伝統と御用達の看板で茶道界につながりがあるため一見安定しているように見えるが、それがかえって足かせになっていると開発スタッフは分析していた。
正直に言うなら、これはかなり難しい仕事だ。
どの枝を捨てるか。
どの葉を生かすか。
まるで生け花に挑むようなものだ。
「あ、ここはちょっと重要。依頼主は十八代目の当主なんだけど、就任したのは昨年の夏。十七代目の急死による継承。一応十六代目が役員として後見。このご隠居さんがお父さんで、十七が長男、十八が次男ね」
これは庄野の担当案件のため、八澤が依頼主の個人情報にまで目を通すのは初めてだった。
「・・・て、これ」
社長近影は和装の若い男。
かなり若く、どう見ても二十代。
いや、それよりも。
「うん。どこから見てもまごうかたなき北欧の男。ついでに言うならアルファだから、この人」
絵にかいたような金髪碧眼の男が綺羅綺羅しい笑みを浮かべていた。
大理石の彫刻のようにほりの深い顔立ち。
あり得ないくらいの左右対称。
しかしなぜか冷たさは感じられず、濃紺の瞳と厚めの唇はどこか甘い。
程よく知的な額と、すんなりと後ろに流した飴色の髪。
さらに胸から上しか写っていないにもかかわらず、首から肩にかけての線でかなり鍛えた身体なのも分かる。
「こんなベタな男は久々だな・・・」
「なるほど」
へらりと宮坂は笑った。
「カイル・ノア・志水。志水家の男性はおおむねアルファ家系で、母親がアメリカ国籍のオメガ。長男さんとは一回り以上年の離れていて、ほとんど欧米で生活していた。だからこその海外展開の起案だね」
十六代目当主と関係を結んだ女性はせっかく産んだ長男をを置いて日本を離れた。
とはいえ縁を切ったわけではなく程よい距離を保ちつつ十数年が過ぎ、今度は次男を産み、その子は彼女が引き取った。
バース特性の一つとして、多いのが事実婚。
子供を成したからと言って一緒に暮らすとは限らない。
同じパートナーとダンスを踊り続けるか、曲ごとにチェンジするか。
それは本能であり、個性だ。
新たな遺伝子の組み合わせを求めたくなる性質の者は、ひたすら漂流し続ける。
また逆に長い歳月を一人の伴侶のみと過ごす者もいる。
しかし、よくよく考えてみればベータ社会でも大した違いはない。
愛しあうことも、別れることも。
全ては自由のはずなのだ。
「彼と僕の間で一致している方針が一つ。当面はカイル・ノアの容姿を利用しないこと。メディア展開はありだとしても、まずは揺るぎない状態にまで構築しない限り、彼の存在は前面に出さない」
新当主の華やかな容姿はこの老舗和菓子屋において諸刃の剣だ。
それを両者が理解した上なら、仕事も順調に進むだろう。
けっこうな量の起案をどんどんめくって素早く目を通す八澤に、宮坂は問いかける。
「どう?晶の見立てとしては」
「いけるんじゃね?ただし、この美形が城内をどの程度掌握しているかにかかるけど」
「だよね。多分、そこがこれからの課題だとは思うけど」
コーヒーの入ったマグカップを両手に抱え、首をちょこんと傾ける。
「まあ、会ったら解るから。面白いよ、あの子」
「あの子…って」
先ほど写真に気を取られて飛ばしてしまった経歴欄を改めて見直した。
「マジか・・・」
八澤は唸る。
「うん。そうなんだよねえ。人は見た目ではわからないというか」
カイル・ノア・志水。
現在二十三歳。
「まあ、もうすぐ二十四歳だから、大丈夫」
「なにが大丈夫なのか、今ここで聞いても無駄なんだろうな・・・」
自分もこの世界ではたいがい若造だが、これは。
「ふふ」
白い花が咲いたような、それはそれは清らかで無邪気な笑みを宮坂は浮かべた。
とんでもない悪魔だ、この男。