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第4話 ね、姉さん⁉これどういう状況!?!?

こんにちは

 校門をくぐると、灰色の雲がどんよりと空を覆っていた。天気は相変わらず曇り。ちょっと気を抜いたら雨が降り出しそうな、そんな空だった。

 昇降口で上履きに履き替えて、無言で校舎を歩く。

 教室の扉を開けると、前の方で先生の声が響いていた。


 「……失礼しまーす」


 気だるそうにそう言って、ゆっくりと自分の席――窓際の一番後ろへ向かう。先生は俺を見たけど、何も言わなかった。今さら、何も。

 席に座り、椅子を少し後ろに倒して足を伸ばす。ノートもペンも出さない。けど、話はちゃんと聞いてる。聞いてないふりして、頭の中じゃ内容を追ってる。

 まわりからの視線も感じる。停学明けで、しかもまた遅刻。目立つのはわかってるけど、今さらどうこうしようなんて思わない。

 チャイムが鳴って3限が終わり、教室の空気がわずかにゆるむ。

 俺は黙って席を立ち、廊下へ出る。

 窓の外を見上げると、やっぱり雲は分厚いままだった。


 「……リナは、もう学校に着いたのかな」


 ぼそっと呟く。あの人、今日は電車降りそびれてたけど……どうしたかな。もしかして、また寝ちゃってたりして。そんなことを考えると、ちょっとだけ口元が緩んだ。

 トイレで軽く顔を洗って、ぼんやりした頭を少しだけ冷やしてから教室に戻る。

 再び窓際の席に腰を下ろし、机に肘をついてぼーっと空を眺める。

 教室の中はざわざわしてるけど、その雑音がどこか遠く感じた。

 不意に、視線を感じる。何人かの奴が俺を見てる気がした。

(…ま、気にしても仕方ないしな)

 気にしないようにして、また目をそらす。やりたいようにやるだけだ。

 チャイムが鳴って、四限の授業が始まった。国語だ。

 先生が教科書の内容を読み上げながら、板書を始める。

 俺はノートも開かず、ただ視線だけ黒板に向ける。腕を組んで、ちょっとだけ背もたれに体を預けながら。

 内容は頭に入ってる。けど、書き留めたりはしない。

 周りから見れば、ただの“授業を聞いてない不良”ってとこだろう。別にそれでもいい。どう思われたって。

 やがてチャイムが鳴って、昼休みに入る。

 周りの生徒たちは一斉に動き出し、机を寄せたり、購買に走ったり、パンの袋を開けたりしている。

 その喧騒の中で、俺は静かに鞄から弁当を取り出し、窓の外を眺める。

 ――あいつ、もう学校に着いてるのかな。

 そんなことを思いながら、曇り空の向こうを見ていた。


 *


 昼休みに入って、教室内が少し落ち着き始めた頃だった。

 教室の後ろのドアが、バンッと勢いよく開いた。

 その瞬間、空気が一変する。注目が一気に後方に集まった。


有愛ありあの弟くんどこー?」

「どこどこー?」

「あ、いたいた!窓際のあそこ!」

「マジじゃん!へいへい弟くん、お姉さんたちとご飯行かない?」


 突如として現れた数人の女子の先輩たち。

 教室にずかずかと入ってきて、3年の女子たちが笑顔で俺の目の前で止まった。


 (な、なんで……なんで俺がこんなことに!?)


「みんなやめてって!恥ずかしいから!ほんとに!」


 俺の姉、有愛が抵抗するがほかの女子の勢いには全く勝てない。


「そんなこと言って~、有愛も大成たいせいくんとご飯食べたいんじゃないの~?」

「そ、そんなことないから!」


 姉の声が、焦ったように飛んできた。けど、全然説得力がない。


「ほら一緒に行こ!」

「ほらほら~!」


 腕をつかまれ、ずるずると席から引きずり出される。まるで人さらいにでもあった気分だった。


「ね、姉さんっ!? これどういう状況!?!?」


 まわりのクラスメイトの視線が痛い。

 中には嫉妬に満ちた目、呆れたような目、ニヤニヤ笑いながら見てくるやつもいる。


「ほ、ほら大成! 僕はここでお弁当を食べるから大丈夫ですって言いなさい!」


 姉が最後の砦のように、背後から必死に指示を出してくる。


「え、えと……」


 何か言おうとしたけど、女子たちの笑顔と、ぐいぐい引っ張る力に完全に押されてしまった。


「うわ、金髪野郎、女の先輩に囲まれてる……羨ま……憎らしい」

「調子乗りすぎでしょ、あいつ」

 聞こえる悪意混じりのつぶやき。

 背中にじんわりと汗が滲む。笑われてる。妬まれてる。でも、抵抗できない。


 姉が俺のクラスメイトに軽く頭を下げていたのが視界の端に入った。


「お騒がせしました……」


 俺はというと、女子の先輩たちに囲まれたまま、まるでVIPか何かのように教室を後にする。


 (……頼むから、夢であってくれ。いや、これ悪夢か……?)


 廊下を歩くと、他の生徒たちの視線も刺さってくる。

 3年生の教室が近づくたびに、心臓の鼓動が速くなっていく。

 ――どうして、俺の日常はこうも落ち着かないのか。

 そんなことを思いながら、俺は黙って先輩たちに連行されていった。


 姉の友達に引きずられるようにしてたどり着いたのは、3年生の教室。

 ちょっと広く感じるこの空間に、見慣れない顔がずらりと並んでいた。全員、俺より年上。姉と同じ3年生の女子たちだ。

 その中に放り込まれるようにして教室の後ろの空いた席に座らされた。


「さ、一緒に食べよ」

「「「「いただきまーす!」」」」


 教室の中に明るい声が響く。なんだこの空気……完全にアウェイだ。


「ずっと大成くんと話したかったんだよね、うちら」

「まじそれ。金髪だし」

「有愛の弟だしね」

「ねー」


 そんなこと言われても、俺はただ姉の弟ってだけで、別に大した人間じゃないんだけど。

 なんなら、今すぐ自分のクラスに帰って一人で静かに弁当食いたいくらいだ。


「ごめんね、大成……」

 姉が申し訳なさそうに呟いたけど、もう遅い。


「いや、俺は大丈夫だけど……」


 そう答えながら、カバンから弁当を取り出すと、女子たちの目が一斉に俺の手元に集まった。


「えー、大成くんってお弁当持ってきてるんだ」

「ていうか見た目とギャップありすぎじゃない?可愛すぎん?」

「ほら見て、ちゃんと卵ふわふわ!美味しそう~」

「てかさ、不良っぽいのにこんな家庭的なとこあるの、ギャップ萌えじゃん」

「ばりイケメンだしね」

「ねー」


 ……うん、想定以上のリアクションだった。

 こういう時、否定しても余計にからかわれるだけなのを俺は知っている。


「しかも美味しそうだし! 自分で作ったの?」

「いや、姉さんが作ってくれたんすよ」


 すると一瞬、空気が止まったような気がした。


「え、有愛が!?」

「有愛弟くんのお弁当作ってるの?!」

「うわ、さっすがブラコn……ちょっと何するの!」


 友達の口をふさいだ姉の顔がみるみる赤くなる。

 ざわつく教室。視線が姉に集まり、彼女は机に突っ伏しそうな勢いだった。


「ちょっ……そ、そんなことないから!まじそんなことないから!!うちは親が忙しいから私が作ってるだけ!!大成も私のお弁当作ってくれることあるし」


「はいはい、弟くんのために早起きしてお弁当作る姉なんて、ブラコン以外の何者でもないよ~?」


「てかさ、大成くんってさ、思ってた感じとちがうよね~」


「わかる!なんか不良っぽいけど話し方は礼儀正しいし、ギャップすぎる~!」


「ねー」


「大成くん彼女いるの?」


「いや、いないっすけど……」


「えっ!チャンスあるじゃん!」


「やばいやばい誰か告りなよ~」


 こっちがやばいやばい。

 先輩たちのノリに完全に飲まれてる。

 弁当の味がしねぇ……いや、うまいんだけど、それどころじゃない。

 姉の必死な弁明も、女子たちのキャッキャとした声にかき消されていく。


(俺、なんでこんな状況になってるんだっけ……)


 周囲の女子たちは楽しそうに笑い合い、誰かがスマホで写真を撮りそうになるのを、姉が慌てて止めたりしていた。


「ちょっとほんとやめてってば!勝手に写真撮るのダメだからね!」


「私だけの大成だからってこと!?有愛独占欲強すぎ~もう彼女じゃん!」


「ねー」


「べ、別にそういうことじゃないから!!」


 窓から見える空は、相変わらず曇りがち。

 でも教室の中は、異様に明るくて、騒がしくて、うるさくて……それなのに、ほんの少しだけ、嫌じゃなかった。

 やがて、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

 俺はそっと、ため息をついた。

 心なしか、安堵の混じった吐息だった――いや、もしかしたら、少しだけ名残惜しさもあったかもしれない。


 *


「またおいでねー!」


 名残惜しそうな声に手を振って、俺は苦笑いで教室を後にした。

 なんていうか……嵐みたいだった。

 昼休みを過ごしたあの空間は、にぎやかで、やかましくて、恥ずかしくて、でも……少しだけあたたかかった。

 有愛の友達――姉さんのまわりにいた女子たちは、どこかノリが良くて、遠慮がなくて、でも悪気のない人たちばかりだった。

 教室のドアを開けて、いつもの空間に戻る。

 その瞬間、息を呑んだ。


 ……視線。


 十数人のクラスメイトの目が、俺に向いていた。

 チラッと見る人、あからさまにジロジロ見る人、ニヤニヤしながら友達と何かを囁いてる人――。

 予想通りというか、わかりやすいというか。

 まるで帰ってきた有名人を見てるような空気に、俺はただ小さくため息をついた。

 何も言わずに自分の席――窓際の一番後ろ――へと向かう。

 イスを引いて、そっと腰を下ろすと、昼の間に感じたあの暖かさが、少しずつ体から抜けていく気がした。

 窓の外を眺める。

 相変わらずの曇り空。どこかぼんやりとしたグレーに染まった景色が広がっている。

 五限が始まる。数学の授業。

 先生が黒板に数式を書きながら、テンポよく解説を始めた。

 先生の声が前方から響くが、どこか遠くに聞こえる。


「ねーねー」


 くすぐったいほどの小声と、肘のあたりをつつく感触。

 振り返ると、隣の席の女子がこっちを見ていた。

 目が合って、一瞬言葉に詰まる。たぶん、ちゃんと顔を見たのは初めてだった。


「大成くんって、人気者なんだね」


「……そんなことないよ」


 軽く返すと、彼女はくすっと笑った。


「そんなことなくないよ。さっき3年の教室で女子に囲まれてたじゃん。すごかったよ? あれ」


「……あれは、姉さんの友達に無理やり連れてかれただけで」


「しかも大成くんのお姉さんって、去年の生徒会長だったんでしょ?」


「へー、そうなんだ。初めて知った」


「え、あ、知らなかったの? 弟なのに?」


「あー、うん。姉さんとはあまり話さないしね」


 本当のことだ。

 家に帰っても、リビングで顔を合わせることはあっても、言葉を交わすことは少ない。

 でも――今日の昼休みの姉は、違って見えた。

 笑って、怒って、慌ててた、そんな姉はすごく新鮮だった。

 少し照れくさい。でも、少し嬉しかった。

 数学の授業は、思ったより早く終わった。

 続いて六限目。現代社会。

 黒板に貼られたプリントと、先生の落ち着いた語り口調。

 眠くなりそうな内容を、窓の外を眺めながらなんとなく聞き流す。

 でも、さっきの会話や昼の出来事が、頭の中でぐるぐると回っていて、まったく集中できなかった。

 ふと、教室の時計に目をやる。

 もうすぐ放課後だ。

 一日の終わりが近づくにつれ、少しずつ空気がゆるんでいくのがわかる。

 やがて、チャイムが鳴る。六限終了の合図。

 教科書を鞄にしまいながら、ふぅ、と小さく息を吐く。

 カバンのファスナーを引きながら、周囲を見渡すと、いつもの放課後の風景が広がっていた。

 「部活行こー!」と元気に教室を出ていくグループ。

 「明日どこ寄る?」と相談している女子たち。

 友達と笑い合いながら帰る支度をする男子たち。

 そんな中で、俺は一人。

 静かに立ち上がり、カバンを肩にかける。

 昼の騒がしさが嘘のように、いつもの帰り道へと戻っていく。

 だけど、心のどこかにほんの少し、火が灯ったような温かさが残っていた。

 今日の昼、姉と、そしてその友達たちと過ごした、あの数十分。

 その記憶が、なんとなく――今日という一日を、ちょっとだけ特別なものにしていた。


 *


 高校の最寄り駅に向かって、俺はいつものように歩き出す。

 夕方の街は、どこか一日を終えた安堵感のような空気に包まれていた。

 舗道に沿って並ぶ住宅や小さな商店、その間をすり抜けるように人々が家路を急いでいる。

 少し肌寒くなってきた風が、制服の裾をはためかせる。

 信号を渡り、いつも通りカフェの前を通り過ぎた、そのときだった。


 ――ブルッ。


 ポケットの中でスマホが震える。

 立ち止まって取り出すと、画面には“リナ”の名前が表示されていた。


 (……リナ?)


 その瞬間、妙な胸騒ぎが走った。

 画面をタップしてメッセージを開く。


 『大変だ!早く私に会いに来て欲しい!!』


 一瞬、意味が分からなかった。


 “私に会いに来て欲しい”。


 それだけなのに、ただならぬ何かを直感した。

 まるで、ふざけたテンションの文面の裏側に、リナの切迫した声が隠れているような気がしてならなかった。


 (……なにがあったんだ?)


 理由なんて考える暇はなかった。

 気がつけば、俺は走り出していた。

 アスファルトの上を全力で蹴る。

 夕焼けに染まりかけた空が視界の隅で流れていく。

 カフェの看板が遠ざかり、人の群れがすれ違いざまに驚いたように振り返るのも構わず、ただ前を見て走った。


 (冗談……じゃないよな。あいつの“早く来て欲しい”って……)


 心臓が早鐘のように打ち鳴らす。

 何かが起きた。そうとしか思えなかった。

 リナのことはまだよく知らないけど。

 風景が音を失ったみたいに静かになる。

 夕方の駅前が近づいてくる。

 駅のホーム、改札、その向こうにいるはずのリナ――その姿を思い浮かべながら。俺はただ、走り続けた。

また会いましょ

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