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第2話 また明日

こんにちは

 高校まであと3駅。

 リナと名乗る同じ高校の制服を着た少女(18歳らしいが18歳に全然見えない)と知り合ってから15分くらい経った。

 電車の中は相変わらず乗客がまばらで、静かな空気が流れている。窓の外に広がる景色も変わらず灰色の雲に覆われ、どこかぼんやりとしていた。


「それにしても、君ってやつは結構ノリがいいね」


 リナがイヤホンを外しながら、ニヤッと笑う。

 さっきまで大成のスマホで流れていたヒップホップを一緒に聴いていたのだが、気に入ったらしく、リズムに合わせて髪が揺れている。


「そうか?」


「うん。初めは高校デビューの痛い子かと思ったけど、普通にツッコミとか入れるし、面白い!」


「高校デビューの痛い子言うな。 ……むしろそっちボケすぎなんだよ」


「えー? お姉さんそんなにボケてるかい?」


「十分すぎるくらいに」


「うわ、ひど。もっと優しくしてくれてもいいのに~」


 リナはわざとらしく肩を落とし、大げさにため息をついた。

 それを見て、大成は思わず苦笑する。


「てかさ、そっちは何で今日遅刻したんだよ?」


「うーん…………特に理由はないけど、朝起きたらすっごくだるくてさ」


「仮病?」


「違うよ! まぁ…ちょっとね……」


「考え事?」


「……秘密」


 それ以上リナは言わなかった。無理に聞くのも違う気がして、大成は話題を変えることにした。


「そういや、リナってほんとに3年なん?」


「え、………3年だけど?」


「まじで見えないなぁって思って」


「お姉さんになんてこと言うんだい!こんなにも立派な”レディー”なのにさ!」


 その言葉に俺は吹き出してしまう。


「れ、レディーって」


「わ、笑ったなぁ?!」


「いや、見た目もノリも同級生っぽいからさ」


「それって褒めてるのかい!? 貶してるのかい!?」


「……まあ、褒めとく」


「うわー、適当!」


 リナは笑いながら大成の肩を軽く叩いた。

 そんなふうに軽口を叩き合っているうちに、電車は次の駅に到着する。


「次は○○、降り口は右側です」


 アナウンスが流れるが、乗り降りする人はほとんどいない。

 電車はすぐにドアを閉め、再び走り出した。


「さっきの続き、私の好きな曲もっと聴いてもらうよ」


 リナはそう言って、またイヤホンを片耳に戻した。

 大成もつられて音楽を再生し、しばし無言の時間が続く。

 電車は次の駅を過ぎ、いよいよ高校の最寄り駅が近づいてきた。


「次は○○、降り口は左側です」


「さて、そろそろお姉さんは行くとしよう」


 車内にアナウンスが流れ、リナが軽く伸びをしながら立ち上がる。


「ん?」


「友達が別の車両にいて、早く来てってうるさいからそっちに行くとするよ」


「お、おう。…じゃあ」


「うん。じゃあまた明日ね。大成くん」


 そう言って彼女は隣の車両の方へ歩いて行った。


「また明日。……また明日!?俺別に明日学校行くとは言ってな……」


 彼女の姿はもうそこにはなかった。


「はやっ…」


 おもわずぼそっとつぶやいてしまった。



 電車が高校の最寄り駅に停まると、大成はイヤホンを外し、静かに立ち上がった。

 電車を降りると、あたたかい空気が肌に触れる。

 駅のホームは静かで、降りる人も少ない。

 相変わらず空は分厚い雲に覆われていて、太陽の姿はどこにも見えない。

 改札へ向かい、ICカードをタッチして通る。

 駅の構内を抜け、外に出ると、湿った空気が少しだけ重く感じられた。


「だるいな…」


 小さく息をつきながら、学校へ続く道を歩き出す。

 駅から学校までは徒歩10分ほど。

 道沿いにはコンビニやカフェが並んでいるが、この時間帯は通勤・通学のピークが過ぎているせいか、人の姿はまばらだった。

 信号待ちの間、スマホを取り出して時間を確認する。

 もう2限目が始まっている時間だった。

 校則違反の金髪とピアス。なんて言われるかな…。

 次は停学じゃなくて、退学かな。

 そんなことを考えながら、重い足取りで歩き続ける。

 校門が見えてきた。しかし時間も時間なので生徒はいない。


 (あれ、リナはもう着いたのかな。学校に向かってる途中に抜かしてもいないし。)


 校庭では体育の授業が行われていた。


「……さて、と」


 遅刻は確定しているので、のんびりと校舎へ向かった。



 「終わったぁ」


 帰りのホームルームが終わり、伸びをしてから、席を立つ。

 スクールバックにペンケースやらノートやらを入れて、立ち上がる。

 空になったペットボトルを手に取って教室の扉に向かった。

 停学明け初めての学校。

 当たり前だけど誰も話しかけてこないし、だけど、俺の事を皆好奇の目で見てくる。

 ……まぁこうなったのは自分のせいだが。

 廊下に出ると、湿った空気が肌にまとわりつくようだった。

 窓の外を見上げても、相変わらず空は灰色の雲に覆われたまま。

 ペットボトルを片手に持ちながら、靴箱へ向かって歩き出す。

 廊下はそれなりに人がいたが、俺が通ると、まるで波が引くように道が開いた。

 ──避けられてる。

 まあ、予想通りだ。

 停学明けの俺に気軽に声をかけるようなやつはいない。

 みんな、俺のことをちらりと横目で見ては、すぐに視線を逸らす。

 興味はある。でも関わるつもりはない。

 そんな無言のメッセージが嫌でも伝わってきた。


 (……まあ、しょうがねぇか)


 ため息を飲み込みながら、黙って歩を進める。

 遠くで誰かの笑い声が聞こえる。

 教室から漏れる楽しげな会話。

 そのどれもが、自分には関係のない世界みたいだった。

 廊下の突き当たりを曲がると、靴箱が見えてくる。

 普段と何も変わらない景色なのに、どこか違って見えた。

 ローファーを履き終え、近くにあったゴミ箱にからのペットボトルを捨てて、無言のまま校舎を出る。

 目の前には、部活帰りの生徒や友達同士で談笑する姿が広がっていた。

そんな中、姉──有愛ありあの姿が目に入る。

 別に声をかけるつもりはなかった。

 けれど、姉の周りにいた女子たちの話し声は、自然と耳に入ってくる。


「あ、有愛!弟くんそこにいるよ!」


「べつに大成のことはどうでもいいでしょ、さっさといこーよ」


「えー、有愛の弟くん金髪なの!? ちょーいいじゃん、あの遊んでる感じ……ちょっと声掛けてこようかな」


「「「賛成!!!」」」


「やめてってみんな! 早くス〇バ行こ、ス〇バ!」


 興味津々の視線がいくつか向けられるのを感じる。

 正直、面倒だった。

 ふと、有愛と目が合った。

 一瞬、何か言われるのかと思ったが──

 次の瞬間、彼女はわずかに眉をひそめ、すぐに視線を逸らした。


(……まあ、そんなもんか)


 気にしても仕方ない。

 俺はそのまま校門へ向かう。



 校門を出ると、風が少し強くなった気がした。

 空は相変わらず分厚い雲に覆われていて、太陽は見えない。

 駅までの道を歩く。

 部活帰りの生徒たちの笑い声が遠くで聞こえる。

 コンビニの前には、制服姿の高校生たちが立ち話をしている。

 俺はいつものように、そのどれにも関わることなく歩き続けた。

 駅が見えてくる。

 ICカードをポケットから取り出しながら、ふと息をついた。


(……今日は疲れた)


 ただ学校に行っただけなのに、無駄に気を遣ったせいか、リナと朝喋ったからかどっと疲れが押し寄せる。

 駅の入り口をくぐり、改札へ向かう。

 ⅠCカードをタッチして改札を抜けると、まばらな人影が目に入る。

 夕方の駅はそれなりに人がいるが、ラッシュ時ほどの混雑はない。 

 電光掲示板に目をやる。


「次の電車まで15分」


 思わず小さく息をついた。


(……微妙に長いな)


 ホームへ向かう階段を下りながら、スマホを取り出し、時間を確認する。

 特に連絡が来ているわけでもなし。

 イヤホンをポケットから取り出し、適当にヒップホップのプレイリストを再生する。低音の響くビートが耳に広がり、少しだけ気が紛れる。

 ホームに降りると、風が吹き抜けていった。

 曇った空の下、線路はどこまでも続いているように見える。

 ベンチには数人が腰をかけていて、みんなそれぞれの時間を過ごしていた。

 俺はベンチには座らず、ホームの端でぼんやりと立ったまま、遠くの景色を眺める。


(15分……長いな)


 スマホを取り出し、適当にSNSを眺めるが、特に面白いものは流れてこない。

 ──ふと、あの姉とのやりとりを思い出す。

 いや、やりとりってほどのものでもないか。

 向こうが俺を見て、睨んで、逸らして。

 それだけ。


(……まあ、別にいいけど)


 気にしない、と思いながらも、頭の片隅にはわだかまりのようなものが残っていた。

 イヤホンから流れるビートに身を委ねながら、ぼんやりと電光掲示板を見つめる。

 次の電車まで──あと10分。

 ホームには少しずつ人が増えてきた。

 それでも、まだまばらなまま。

 俺と同じようにスマホをいじっている学生や、仕事帰りらしいスーツ姿の男が数人いるだけだった。

 風が吹き抜ける。

 空は相変わらず曇っていて、どこか重たい雰囲気が漂っている。

 電車が来る気配はまだない。

 スマホをポケットに突っ込み、軽く伸びをする。

 ──と、そのとき、遠くからレールの軋む音が聞こえた。

 顔を上げると、ホームの向こうから電車がゆっくりと近づいてくるのが見えた。

 線路の上を滑るように進み、少しずつその姿がはっきりとしていく。


「まもなく、○○行きの電車が到着します」


 駅のスピーカーから流れるアナウンス。

 ホームにいた人たちが、それぞれ乗る準備をし始める。

 俺もイヤホンを少しだけ音量を下げ、足を一歩前に出した。

 電車がホームに滑り込み、静かに停車する。

 ドアが開くと、降りる人はほとんどいなかった。乗る人も少ない。

 俺は無言のまま電車に乗り込み、一番端っこの空いている座席に腰を下ろした。

 車内は静かで、スマホを見ている人、ぼんやり外を眺める人、それぞれが思い思いの時間を過ごしている。

 聞いている曲のヒップホップの音量を少し上げるためにスマホを取りだした時、


「やぁ、大成くん!」


 聞こえた声に反射的に顔を上げる。

 しかしその声の主はどこにもいなかった。

 周りの乗客が一瞬俺の方を見るが、すぐに視線をスマホに落とす。


(気のせいか……)


 それにしても、今朝の出来事は驚いた。

 いきなり話しかけてきたもんな……

 ガタン、ガタン、と電車の揺れが心地よく、イヤホンから流れる低音のビートがさらに意識を遠ざける。

 今朝のことを思い返しているうちに、まぶたが重くなり、気づけば意識が途切れていた。



──カタン。


電車が揺れ、身体がわずかに傾く。

ぼんやりと意識が浮上し、微かに開いた目に、見慣れた景色が映った。

アナウンスが流れる。


「まもなく、終点、○○に到着します」


(……もう着いたのか)


 軽く頭を振り、ぼやけた視界をはっきりさせる。

 俺は軽く伸びをして、イヤホンを外した。

 ヒップホップのビートが途切れ、車内の音が耳に戻ってくる。

 電車がゆっくりと減速し、やがてホームへ滑り込む。


 ガタン。


 揺れとともに、完全に停車した。

 ドアが開くと、数人が降りていく。

 俺も立ち上がり、スクールバッグを肩にかけながら、ゆっくりとドアへ向かう。

 電車を降り、改札へ向かうためにホームを歩く。

 冷たい風が吹き抜け、曇り空の下、ホームは少し薄暗く感じた。

 人はまばらで、ほとんどが改札へと向かっている。

 ──と、その時。


「やぁ、大成くん! 朝ぶりだね」


 不意に横から声がした。

 反射的に顔を向けると、ベンチに腰掛けていスマホをいじっているリナの姿があった。

 俺と目が合うと口元に軽い笑みを浮かべる。


「どうしたんだい、ハトが……ええと、拳銃?」


「豆鉄砲っすよ」


 思わずツッコミながら肩をすくめる。


「……てか、いきなり声かけられたら誰だってビックリするわ」


「ふふ、確かにそうだね。立ち話もあれだしお姉さんのお隣どーぞ」


 リナは楽しそうに笑うと、スマホをポケットにしまった。

 俺は一つ息をついて、軽く頭をかく。


「そういえば、学校で見かけなかったっすけど、結局、行ったんすか?」


 そう言いながらリナの横に座る。

 彼女は少しだけ視線を泳がせ、曇り空を見上げた。


「…………まぁ、ね」


 その微妙な間に、何か含みがあるような気がしたが、深く突っ込むのはやめた。

 代わりに、リナは俺を見て、ニヤリと笑う。


「そういう君はちゃんと学校行ったのか、偉いね。お姉さんがよしよししてあげよう!」


 そう言って、わざとらしく手を伸ばしてくる。


「いらないわ!」


 即座に手を払いのけると、リナはくすくすと笑った。

 その笑い声は風に混じって、どこか心地よく耳に残る。

 ホームに吹く風が少し強くなり、地面に落ちていたゴミや落ち葉がふわりと舞い上がった。

 遠くでは電車の出発を知らせるベルが鳴り、ゆっくりと動き出す車両を横目に、俺は再びリナに視線を向ける。


「ていうか、君は学校で私のことを探していたのかい?」


 リナは冗談めかした口調で言いながら、胸に手を当て、どこか芝居がかった仕草を見せる。


「知り合ったばかりの男の子を恋に落としてしまうだなんて、私はなんて罪な女!」


 その自信満々の表情に、思わずため息が出そうになる。


「別に探してもないし、恋に落ちてもないわ!」


 俺が即座に否定すると、リナはわざとらしく頬を膨らませる。


「ちぇっ」


 ……あ、今舌打ちされた!?

 俺は苦笑しつつ立ち上がる。


「俺そろそろ家帰んなきゃだ」


「もう行ってしまうのかい、高校デビュー君」


「高校デビュー君いうな!!」


 思わず語気を強めると、リナは楽しそうに笑う。


「今日は俺が飯作る日だからさ、早く帰んなきゃ姉にどやされる」


 そう言いながら、姉の顔を思い浮かべる。

 リナはそんな俺の言葉に、どこか懐かしそうな表情を浮かべる。


「ふふっ。あの子らしいね」


「……あれ? 俺の姉のこと知ってるんだ」


「……あ、えっと……まぁ……うん、そんなところ」


 言葉を濁すリナ。


(まぁ、同じ高校で同じ年齢ってことは、そりゃ知っててもおかしくないか。姉、高校だと有名人だし)


 俺が納得していると、リナは立ち上がり、俺の方へと向き直った。

 いつもの飄々とした笑みを浮かべながら、軽く手を振る。


「じゃあ大成くん、また明日会おう」


「……ああ、うん。また明日」


「君とまた会えること、楽しみに待ってるよ」


 その言葉に、なんとなく妙な引っかかりを覚えた。

 でも、それがなんなのかはよくわからない。

 俺はひとまずその違和感を流し、リナに軽く手を挙げると、速足で改札に向かった。

 背後で、リナがまだこちらを見ているような気がしたけれど──

 振り返ることなく、俺は歩き続けた。

 空は相変わらず、分厚い雲に覆われたままだった。


また会いましょ

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