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第1話 はじめまして?

はじめまして。

カクヨムにも投稿してます。

 5月中旬。天気はくもり。現在の時刻は10時12分。

 篠原大成しのはらたいせいは一週間ぶりに制服に腕を通し、高校に向かうため最寄りの駅に向かって歩いていた。

 歩道に並ぶ家々の軒先には、初夏の花がちらほら咲いている。風に乗って、どこかの庭先から甘い香りが漂ってきた。


「……一週間か」


 ふと呟いた。

 長かったような、あっという間だったような曖昧な感覚。

 制服の襟元を軽く引っ張りながら、小さく息をつく。

 曇り空の下、通学路にはあまり人影がなかった。

 平日のこの時間なら、ほとんどの生徒はもう学校に着いている頃だろう。駅へ向かう途中で誰かに会うこともなさそうだった。

 やがて視界の先に、線路をまたぐ歩道橋が見えてくる。その向こうには、駅の入り口。

 信号が青に変わるのを待ちながら、大成は無意識にスマートフォンを取り出し、時間を確認した。


 10時18分。


「……学校だるいなぁ」


 軽く息を整えると、信号が変わるのを見計らって再び歩き出した。

 

                 *


 駅に入り、ICカードをタッチして改札を通る。

 この時間の駅は、朝のラッシュが終わった後で、人の姿はまばらだった。

 改札の先には、ゆっくりと歩く老人、制服姿の生徒、スーツを着た会社員がちらほらと見える。

 ホームへと続く通路では、足音が静かに響いていた。

 大成はポケットからイヤホンを取り出し、耳に装着する。再生ボタンを押すと、重めのビートと低温の効いたラップが流れ始めた。

 少し音量を上げ、周囲の雑音をかき消す。

 大成はふと喉の渇きを感じ、自販機の前で足を止める。

 硬貨を取り出すのが面倒で、ICカードで水を買った。

 ボトルを片手に持ち、キャップを開けることなく、そのままホームへと向かう。

 階段を下りる途中、下から吹き上げる電車の風が頬をかすめた。

 ホームに降り立つと、待っていたのは数人の乗客だけ。

 ベンチに腰掛ける老人、スマホをいじるスーツ姿の男、柱にもたれかかる学生  ――誰もが静かに電車を待っている。

 大成はホームの端に立ち、イヤホンをしたまま空を見上げた。

 雲がどこまでも広がり、太陽の気配はなかった。

 しばらくすると、遠くから電車の走行音が聞こえ始めた。

 線路の向こうにヘッドライトが見え、次第に音が大きくなる。


キィィィ……ガタン、ガタン――


 減速しながら、電車がホームに滑り込んできた。

 ドアが開き、数人が降りてくる。

 曲を聴きながら大成は一歩前に進み、車内へと足を踏み入れた。


                 *


 電車に乗り込むと、ふわりと暖かい空気に包まれた。

 車内はがらんとしていて、立っている人は一人もいない。座っている乗客もまばらで、みんなそれぞれの時間を過ごしているようだった。

 大成は適当な席に腰を下ろし、背もたれに軽くもたれる。

 この電車は下り方面。

 ここから高校までは5駅。

 イヤホンからは変わらず低音の効いたヒップホップが流れていた。

 窓の外を見ると、灰色の雲がどこまでも広がっている。

 まるで空に蓋をされたような景色だった。


 不意に隣の席から声がした。


「おやおや、なんでこんな時間に青峰の生徒がいるのかなぁ?」


 イヤホン越しに聞こえた声に、大成は一瞬遅れて顔を向けた。

 同じ高校の制服を着た女子がこちらを見ている。 

 髪は肩につくくらいの長さで、前髪は自然に流している。

 見覚えはあるが、名前までは思い出せなかった。


「……ああ、いや」


 とりあえず片方のイヤホンを外して答える。


「しかも金髪ピアス!ヤンキーかい」


「あ、あんたにはかんけーないだろ?金髪だろうがピアス開けてようが!」

 

 その一言とともに、車内に一瞬の緊張が走った。大成は口ごもりながらも、内心で腹立たしさと戸惑いが交錯していた。

 

「……あ、俺は…」と、何とか言いかけるが、言葉は喉元でつかえてしまう。

 

「あぁ、あれか高校デビュー?」


「うるさいわい!」

 

 その言葉に、大成は顔を赤らめながらも、どこか反論する気持ちが芽生えた。しかし、同時に、どうしてこんな形で声をかけられたのか理解できず、言葉が出なかった。

 しばらくの沈黙の後、車内の揺れとともに、女子はふっと笑いながらも続けた。

 

「冗談だよ、冗談。こんな時間に青峰の生徒がいるなんて、ちょっと珍しいと思ってね」

 

 その声は、どこか挑発的でありながらも、どこか親しみやすい響きを持っていた。 

 大成は、戸惑いと安心が入り混じった表情で彼女を見る。

 

「……寝坊でもしたのかい?高校デビュー君」


「うるさい! ……寝坊っていうわけでもなく、ただちょっと行きたくねえなぁって思ってたらこの時間になったっていうか…」


「ふふっ、そうかそうか学校でなんかあったのか。このお姉さんになぁーんでも相談してもいいんだぜ?」


 ぺたんこの胸を張る自称お姉さん。

 お姉さんって…おまえ、俺と年齢変わらなそうだし身長低いからなんなら年下に見える…。


「あっ今失礼なことを考えたな君! 私は……じゅうなっ…18歳だぞ!そういう君は何歳なんだ?」


 18ってことは高校三年生か。

 目の前の女子が18歳という事実に驚き、疑いつつ、


「15歳。高1っす」


「高校一年生か。高校入学したてほやほやじゃないか!もう高校行きたくなくなったのか? 恋に恋愛に勉強に恋愛に文化祭に、まだまだ青春はこれからというのに!」


 恋と恋愛はおなじでしょ、なんてツッコみを入れつつ、


「1週間停学食らったんすよ。クラスの奴殴って。そんでなんかどうでもよくなって」


「なるほどねぇ…。それで自暴自棄になって金髪にしてピアス開けたと……まぁ似合ってるしいいではないか」


「別に似合って…」


 恥ずかしくなって顔を背ける。


「そっ、そういえば先輩名前は?」


「女の子に名前を聞くならもっといい感じの言葉を選んで聞くべきじゃないのかい?高校デビュー君!!」

 

「私はリナ。君は?」


「大成。篠原大成っす。」


 リナは一瞬驚いた顔をしたがすぐに元の顔に戻り、


「大成…ね、いかにもヤンキーにいそうな名前だねぇ。」


 高校デビュー君って言ったり名前がヤンキーみたいとか言ったりなんなんだこの女は。

 次の駅に到着する旨のアナウンスが流れる。


「そういえばリナ先輩も遅刻したんすか?」


「リナちゃんでいいよ。…うん、まぁそんな感じ」


「リナちゃんはきついっすわ。 じゃあ仲間っすね」


 大成が苦笑しながらそう言うと、リナは顔を上げ、ニヤッと笑った。


「仲間? やだなぁ、君と違って私は別に遅刻常習犯じゃないし、停学になったことないし!」


「俺だって違うし」


「えっ? 大成って結構サボってそうなイメージだったけど?」


「は? どんなイメージ持たれてんの俺……」


「だって金髪ピアスじゃん」


 リナは肩をすくめて笑う。

 明るくて軽いノリに、大成も思わず吹き出しそうになった。


「見た目だけで決めつけんなよ。俺、成績は普通だし、ちょっとやらかしただけだし」


「へぇ~? じゃあお姉さんに今度テストの点見せてよ」


「なんでそんなことしなきゃなんねーんだよ」


「いやいや、“成績普通”っていうのがどのレベルなのか気になるじゃん?」


そんな軽口を叩き合っていると、車内に次の駅のアナウンスが流れた。


「まもなく○○。降り口は右側です。」


電車がゆっくりと減速し、微かに揺れる。

リナはスマホをスリープ状態にし、ふと大成の方を見た。


「てかさ、大成って結構話しやすいね」


「今さらすか」


「いや、なんか改めて思っただけ。男子だったらいきなり女子が話しかけてきたらキョドっちゃうものじゃないの?」


「どんな偏見⁉」


 リナは笑いながら、制服の袖を軽く引っ張ってくる。


「ほら、あと4駅で学校だからさ、それまでお姉さんの暇つぶし相手してくれてもいいんだよ?」


「えぇ……俺、イヤホンで音楽聴いてんだけど……」


「もう、じゃあ片耳貸して」


「は?」


「いいじゃん、 ちょっと聴かせてよ」


 リナは大成のイヤホンに手を伸ばし、軽く引っ張る。

 仕方なく片方を外し、渡すと、彼女は満足そうに耳に入れた。


「お、結構いい感じじゃないか」


「だろ?」


「このラッパー有名なのかい?」


「まぁ結構有名。地元が俺と同じでよく聞く」


「大成は地元どこなんだい?」


「○○ってとこ。リナは?」


「………同じだよ」


「そっか」


 じゃあリナも一緒の駅から電車乗ったのか。


「じゃあじゃあ、次は私のおすすめの曲も今度聴かせてあげるよ。ほらスマホ出して!早く!検索のとこ押して」


「さわぐなって…まあ曲聞くのはいいけどさぁ…」


 電車は次の駅に向かって出発していた。

 車窓の外には相変わらず灰色の雲が広がっている。

 でも、さっきまでより少しだけ、気分は軽くなっていた。

最後まで読んでくれてありがとうございます。

またお会いしましょ。

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