振ったのはお前だろ?
気が重い。
紫苑と別れて自分の教室にたどり着いた僕は真っ先にそう思った。
だって、茜と同じクラスなのだ。
あんなに酷い振られ方をしたんだ。
顔を合わせるのが気まずいに決まっている。
「かいせ~い。おはよう!」
後ろから元気に挨拶をされたけど僕には意味が分からなかった。
だって、この声の主は三日前に僕のことをこっぴどく振った秋風 茜なのだから。
「なんだよ」
「いや、ただあいさつしただけだよ~。それよりも今日の放課後一緒にクレープでも食べに行かない?」
聞き間違いだろうか?
なんだか最近同じような自問自答を繰り返しているが仕方がないだろう。
今、僕は秋風 茜に誘われているのか?
あんなに酷い振り方をしておいて?
ちょっと意味が分からない。
「お前イケメンの先輩と付き合ってるんじゃないのかよ。その人と行けばいいだろ?」
「え? あんなの嘘だよ?」
けろっとそう言う茜を見て僕は唖然としてしまった。
「嘘? お前何言ってんだよ」
「だから、嘘だって。もちろん別れるっていうのも嘘。海星が私のこと好きか確かめたくてやっただけ。ごめんね?」
少しも謝る気のない態度。
「そんなの知るかよ。お前が別れろって言ったから別れただろ? それに僕はもう新しい彼女ができたんだ」
「またまた~そんな嘘ついちゃって」
「嘘なんかじゃない。本当に新しい彼女ができたんだ。だから僕とはもう関わらないでくれ」
茜がこんな人間だとは思わなかった。いや、知らなかった。
なんだかもうどうでもいい。
茜とはもう恋人でも何でもない。
「それ、本当に言ってるの?」
「嘘でも冗談でもない。事実だ」
「なんで、そんな簡単に新しい彼女なんて作るの!? 意味わかんないんだけど!」
「そんなのお前に関係ないだろ? そもそもお前があんな振り方をしなければこんなことになってないんだから僕がお前にそんなことを言われる筋合いはない! もう関わらないでくれ。顔も見たくない」
「そんな……」
茜はうつむいてぼそぼそ何かを言っていたがそんなことはどうでもいい。もう関わりたくない。
僕はそのまま彼女を無視して今日の授業の準備を始めた。
その後は特に何の問題もなく一日が終わった。
いつものように下駄箱に向かって靴を履き替えて家に向かう。
その途中、校門を出ようとしたときに後ろから声をかけられた。
「海星……」
茜だった。
「関わるなって言ったはずだが?」
「そんなこと言わないで! ごめんなさい。本当に出来心だったの」
「それで人に何を言ってもいいのか? そんなわけないだろう。やめてくれ」
「まってよ、まってよぉぉぉ」
泣きながら言われるけど正直何も思わない。あんなことを言われて冗談でしたで済むわけがない。
一度言ってしまったことはもう戻らない。
覆水盆に返らずという奴だ。
俺は振り返らずに帰路を辿る。
「海星あれどうしたの?」
「紫苑、見てたのか?」
「まあ、あんな目立つところでやられたら目に入っちゃうよ」
落ちついて周りを見てみればかなり周囲の視線を集めていたようだ。
頭に血が上っていて気が付かなかった。
「本当だ。ごめん」
「別に謝る必要はないけど何があったの?」
「実は……」
僕は紫苑と歩きながら今日あったことを話した。
幼馴染である茜のあの態度の件や発言、僕がどう思ったかを含めて包み隠さず話した。
「それは、なんというか大変だったね」
「ほんとにね。前まで好きだったのになんだか付き合っていたことが不思議なくらい今は関わりたくないと思ったよ」
「まあ、それはそうだよね。いいじゃんもう関わらなくてもいいんでしょ?」
「それはどうだろう? 僕たちの両親の仲がいいからかかわりはある程度続くかもしれない。あ、でも安心して! 浮気とかは絶対しないから」
「いや、そこはあんまり心配してないけど。海星は誠実だし」
とはいっても、家に帰る足が重いのもまた事実。
両親に何か言われないといいけど。
「信用してしくれるのは嬉しいけど、僕たちまだ出会って三日くらいだよね?」
「愛に時間は関係ないというじゃないですか。それに私は人を見る目には自信がありますのでご心配なく」
「なんだよその自信」
でも彼女が言っていることは本当なのだろう。
そう感じさせるほどに濁りのない自信だった。




