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 医療ポッドに並んで入っているカニンガムとシュミットを見ていると、シルバーはなぜか薄い笑いが込み上げてきた。 

「ヘレン、カトーはどうした?」

 二人を医務室に運ぶのを手伝ったヘレンはすぐ後ろで畏まっていた。

「わかりません。空いている個室かも。確認します」

 ヘレンの出ていく後ろ姿を見ながら、面倒なことになったとシルバーは苦い顔になった。ホイヘンス基地でどうこの状況を報告するか。基地の司令官は丸め込めるだろう。最悪、カニンガムの言ったように、ジュンの犯行とでもいうことにするか。それより、情緒不安定な船長の御乱心の方が格好がつくか。

 それで今回の件だけはどうにか秘密裡に処理できたとして。

 これからは。当分、こういった危ない橋は渡れないだろう。連邦の航路部も政府も薄々気が付いているだろうが、これまでは何もしてこなかった。外圏の地方政庁には強い自治権が与えられていたし、それは地球を遠く離れて島流しとでもいうような状況の人々への情けのようなものでもあったが、中央の介入を防ぐことにもなっていた。

 まあ、どうにもならないなら、その時はその時だ。

 カニンガムは危ない橋を渡ることで、中央の一部と接触を持てることが自分の望みをかなえる手立てになるだろうと考えていたようだが、シルバーにはそんな望みもない。軍を退いて都落ちという状況に甘んじているのは、どういう理由だったか。いまだ断ち切れない過去との繋がりとでも言おうか。

「ドクター、ジュンが見つかりません」

 戻ってきたヘレンは真顔になって言った。

「分った。ヘレン、私の目を見なさい」

 シルバーはそう言ってこめかみに手を当てた。ヘレンが真っ直ぐシルバーを見つめる。

「パリスは審判を誰に下した?」

「アフロディーテです」

「そうだ。おまえはこれから船内でカトーを探せ。見つけたら拘束しろ。抵抗するなら多少手荒でも構わん。いいな?」

「了解しました。マスター」

 抑揚のない声でそういうとヘレンは医務室を出て行った。

 あの声は何時聞いても気持ちの良いものではない。シルバーはそう思ったが、今はそうも言っていられなかった。


 ジュンはゴーグルの表示に搭乗人員の現在位置を表示した。メインシステムからの情報では、医務室に二人。カニンガムとシュミット。後方の第三格納庫に二人。ミゲルと名前は表示されていないが、第二格納庫でやり過ごしたシルバーだと思われた。船内の監視カメラの映像をゴーグルに表示するように設定したかったが、それを行うには少々手間だったので先に行うべきことを優先した。

 ジュンは医務室前を通り過ぎてブリッジに向かった。ブリッジに入って、操船システムを操作する。慣性飛行中の船の航路がコンソールのスクリーンに表示された。ジュンはそこから土星軌道を離れる航路を選択して、船の航法システムに指示を出した。

『航路変更。ホイヘンス基地へ連絡しますか?』

「連絡は不要」

『連絡は不要。了解しました』

 これで取り合えずの目的は遂げた。ゴーグルを上げて、軽く息を噴き上げると前髪が揺れる。

「これから指示するチャンネルで連絡を……」

 ジュンは後方に何か、気配を感じて振り返った。誰も居ない。ゴーグルを下してコンソールを離れ、二つある入り口のうち、入って来た方とは反対側へ向かった。電磁銃を取り出し、ロックを外す。

 船長室へのドアと通路へのドアが見える。船長室のドアを開けた。ゴーグルにおかしな表示は無い。中に飛び込んで周りを見回す。誰も居ない。そっとテーブルの影に回って、入り口を見る。ゴーグルのシステム表示にも動く物は無い。ドアに向かって慎重に外へ出た。ブリッジの方を見る。誰も居ない。通路へのドアの前にきて、ドアを開けた。電磁銃を向ける。誰も居ない。ゴーグルのシステム表示にも誰も写っていない。乗員の位置は先ほど確認した時から殆ど動きは無かった。

 ゆっくりと通路へ出た。

「うっ」

 身体が宙に浮く。首に腕が巻き付いている。息が詰まって、声が出ない。カチンと電子銃が落ちる音がした。足を振り動かすが、締め付ける力は強くなる。嗅いだことのある甘い香水の匂い。背中には柔らかい感触。意識が朦朧としはじめ、ジュンは右腕を腰に伸ばして、テーザー銃を握ると、後ろの相手に打ち込んだ。

「あ、うぅ」

 衝撃が自分も及び、声を上げた。テーザー銃を取り落とす。締めていた腕が緩む。すり抜けて通路に這いつくばる。電磁銃はどこへ行ったのか、見えない。四つん這いになって前に動くと後ろのからまた向かってくるのが見えた。その足元にテーザー銃。

 壁に手をついて立ち上がると、手が何かに触れた。先が赤いレバーのようなもの。ジュンはそれを引いて倒すと、ガチャリと音がして外れた。痺れた体には重いそれを、両手で掴んで降り回すと、体制が崩れて倒れ掛かったが、相手に目掛けて叩き込んだ。


「惨いことをする」

 シルバーは倒れているへレンに屈みこんで髪を撫でた。割れた側頭部から、半透明の白い液体が流れだしていた。見開いた目からも漏れているそれは、涙の様に見えなくも無かった。

「クラスAのセクサロイドを連れ歩いて乗客として乗せるなんて、ずいぶんな趣味ね」

 通路の反対側に、疲れた様子で左足を曲げ座り込んだジュンが皮肉を言った。

「クラスA+だ。それに、セクサロイドの機能は書き換えた。法外な値だったがな。おかげで、一緒に暮らしでもせん限り、アンドロイドとは気が付かんだろう。君は良く気が付いたな?」

 シルバーの手には、拾い上げた電磁銃が握られていた。テーザー銃を握るジュンの右手は左足の影になってシルバーからは見えない。

「アンドロイドは嫌というほど見て来たから。医師でも所有するには厳しいはずだけど、法外な値を払うとか、ずいぶんと御執心なのね」

「私の元患者だった者の遺品だったんだ。何故か私に遺して逝ってしまってね。処分するにも忍びなかった」

 自分の死んだ娘に面影が似ていたからとは、感傷的過ぎて言葉には出さなかった。

「SDロックを施していない乗員には、元セクサロイドが目の前をうろうろして、さぞ目の毒だったでしょうね」

「SDロックを? ミゲルか。ミゲルは君がポッド送りにしたのか?」

「医療ポットに運んでくれたの? 手間が省けたわ」

 ジュンは眉を上げて口だけ笑みを浮かべた。

「それにしても、管理が杜撰すぎる。あの子、セクサロイドのコンテナが開いていたのを報告してなかったみたいよ。それまでどうしていたのかしら?」

 ミゲルに格納庫のチェックを任せて大丈夫かと、カニンガムに訊ねたこともあるシルバーだったが、カニンガムはもとよりまともに仕事が務まる男ではなかったのだろう。

「民間の定期貨物船にしては過度で過剰な設備に、乗員のモラルの低さ。まともに定期査察をやっているようには思えない。密輸には好都合というわけね」

 シルバーは瞬きすると、銃を構えなおした。

「君はいったい何者だ?」

「連邦調査局調査局員。地方政庁の高官達にセクサロイドを調達したりするくらいなら、これまでは大目に見られていたようだけど、軍事用の薬物を横流しした上に外圏からまた地球へ移送するとか、そういう手の込んだことを始めては、誰の差し金なのか、連邦政府も興味を持ったみたいよ」

「調査局員。君が? 科学アカデミーの調査船は偽装だったのか」

 そう思えば、乗員も存在せず、ただ一人だけ船に残っていた理由も理解出来た。

 連邦政府が査察を行うにしても、各基地に赴いてチェックを行うくらいだろう。証拠物件を隠匿されれば不正が明るみに出ることもない。航路があるとはいえ、宇宙空間で宇宙船を止めて臨検など現実的ではないし、有り得なかった。それをこういう方法で捜査に来るとは想定外も良いところだった。

「そのために、二週間も放浪していたのか。ポッドに入って。救助させるために。どうにかしているな。救助されなかったらどうするつもりだったんだ?」

「どうもしない。また別の方法で誰かが来るだけ」

 幽霊船の生存者。それは必ず災いをもたらすに違いない。

「君が調査局員として、これからどうするんだね。この状況で?」

「この船は外圏の管轄航路を離れて、調査局の調査船が待つ宙域へ向かっている。物的証拠は満載しているし、あなたという証人もいる」

「証人? 私がか」

「連邦軍時代のあなたの元上官がこの件に関わっていることは分かっている。軍を離れてからも、親しかったようね」

 自分の事故で家族を失い、生きる気力を失くしていたシルバーを親身になって面倒を見てくれた唯一の人物がその上官だった。優秀な部下で目を掛けていたという以上の扱いだった。立派な人物だったが、軍から政治の世界へ移った時から、何時の間にか変節してしまっていたのかもしれない。

 それでも。昔の恩義は変わらない。それに、シルバーには失うものなど無かった。

「そう上手くいくかね」

 シルバーは電磁銃をジュンに向けた。

「操船アカウントの無いあなたに航路は変えられない。私が使ったキーはこの通り」

 ジュンは穴の開いた電子キーをかざして見せた。

「ホイヘンス基地へ連絡しても、この船に追いつくまでには、調査局の元に届いているわよ」

「そうか。では証人だけでも消しておくか」

 シルバーは電磁銃をこめかみに当てた。

「!?」

 カチン、と引き金を引いた音がしただけで、何も起こらなかった。

「残念ね。それは私にしか使えない。丸腰ならそれを拾うだろうと思って置いていたけど上手くいって良かったわ」

 ジュンはゆっくりとテーザー銃をシルバーに向けた。シルバーの顔に淋し気な笑いが浮かんだ。

「惨いことをしてくれる」


 医務室には、四つの医療ポッドが並んでいた。シルバーをポッドに入れ、ヘレンは船外活動用スーツのスーツケースに空きがあったのでそれに入れた。疲弊したジュンには意外に重労働だった。

 ブリッジで航路を確認すると、ジュンは改めて調査局へ通信連絡を行った。

「こちら調査局員B0047、貨物船タイタン四号は制圧しました。三日後にはD114ポイントに到着します」

『ご苦労。君はオラトスケイラα号を回収して火星基地へ帰投したまえ』

 数分のタイムラグで返信が届いた。

「了解」

 航路を変更し、速度を上げて飛ぶタイタン四号は、数時間後にはオラトスケイラα号の軌道を再び横切る。その前に、ジュンはタイタン四号からオラトスケイラα号へ乗り換えなければならない。

 救難艇へ乗り込んだジュンは、タイタン四号を離れ、オラトスケイラα号へ向かった。

 インモラルとでも形容したい船から離れられて、ジュンはほっとしていた。火星基地には、一週間ほどかかる。オラトスケイラα号に戻れば、また医療ポッドに入って、眠ることになるだろう。

 夢を見ることも無く、ぐっすりと。

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― 新着の感想 ―
途中までは面白かったのに最後の最後でつまらなくなった。非常に残念だが、これもまた個人作品を読む醍醐味の1つと言える。 気になったのが、セクサロイドの所持がダメそうな理由が説明されていない点ですね。 …
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