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「どうだ、船とは話ができるようになったかね?」
ブリッジでは、シュミットが座席の一つに座ってコンソールを操作している。
「質問するとある程度は答えます。航行記録は、航路部からの情報と同じですね。乗員については、システムの異常か、故意に消されたのか、情報が無いとだけ返答してきます」
「そんなことがあるのか?」
「私はエンジニアではないので確かなことは言えませんが、そういったデータは船長でも消せないでしょう」
宇宙船の乗員、乗客についての個人データは船のシステムが管理し、連邦宇宙局の航路部へ通達することが義務付けられていた。
「SOSの原因は?」
「操船システムの異常による航路離脱ということですが、異常の原因は不明だそうです。現在はメインエンジンを停止して非常警戒態勢で慣性飛行中。航路部のスーパーバイザーにでも来てもらってロックされているシステムを解除して検証してもらうほかないでしょうね」
シルバーの見た目には全く無傷に見える船が、これほどの非常事態に陥っていると言うのが理解し難いものがあった。
「この船はよほどの欠陥品なのか」
「軍の巡洋艦と同系統の新型ですし、同型の船は他にも数隻あるようですから、そういうことは無いと思いますがね」
シルバーには気に食わないことばかりだった。
「船のことは我々にはどうしようもない。後は、あのポッドの眠り姫を連れ帰るだけだな」
「カニンガム船長は、連れ帰っても文句を言いそうですがね」
「まあ、そう言うなよ」
シルバーは苦笑いしてシュミットの肩を叩いた。遭難している船の乗員を連れ帰るのは義務だった。オラトスケイラα号がこのまま航行したとして、航路部の巡視船と行合うまで十日はかかるとのことだった。タイタン四号は、あと三日で土星軌道上のホイヘンス基地へ到着する。医療ポッドの中なら、十日でも問題ないだろうが、早めに救助するに越したことがないのは言うまでもない。
「まだ時間がありますが、状態が悪く無さそうなら、ここでポッドから出して連れ帰りますか?」
「いや、ポッドのままでいい。ここの設備は知らない上に大半が稼働していない。タイタン四号の方が安全だろう」
「ポッドはどうやって回収しますか? 射出して外から?」
「船外作業をするよりは、狭いが、ハッチから搬入しよう」
ポッドは手動で取り出して、搬送にはシルバーとヘレンがあたり、ブリッジからハッチを潜って救難艇へ運び込んだ。無重力下での搬送はシルバーもヘレンもこれまでも対応したことはあり、とくに支障なく運び入れた。
「どんな人なんでしょうね」
ヘレンは面白そうに笑顔だった。
「さあな。タイタン四号で回復したら、訊ねたいことがいっぱいあるが」
この船の状況に陥った理由を船のシステムからは得られないならば、船に独り残っていたこの女から聞くしかない。
「あと八時間ほどで、ドッキングを解除してタイタン四号へ戻ります。何か、ありますか?」
「いや、特にない。もう調べるだけ調べたし、我々で出来ることはもう無いだろう」
シルバーは天蓋の様なブリッジのスクリーンを見上げた。
「では、救難艇へ戻りますか」
オラトスケイラα号の方が広いし、救難艇も重力制御は無いので無重力下であることに変わりがなかったが、遭難船に長居はしたくなかった。呼吸可能で問題無しとなっていても誰もヘルメットを外したり、バイザーを上げることもしてもいない。
シルバーも戻ることに異存は無かった。
救難艇の前方スクリーンに拡大されたタイタン四号が写っている。金槌の柄の部分をこちらへ向けている。慣性飛行中でロケットエンジンのノズルには何の反応も見られない。
救難艇の座席で眠っていたシルバーは三十分ほど前には目を覚ました。来るときに仮眠した時の様な気分の悪さもなく、夢も見ずに眠っていた。タイタン四号の船内時間だと、午前五時のはずで、普段なら皆寝ている時間だった。タイタン四号とのドッキングはオートパイロットで問題なかったし、向こうが監視していなくても特に影響はなかった。とはいえ、こういう状況なら、船長は起きて待機しているものだろうが、カニンガムにそういう期待はしていない自分に気が付いて、シュミットのことは言えないものだとシルバーは内心苦笑いした。
「ドッキング、解除します」
前の座席のシュミットが告げる。がくん、という緩やかな衝撃が救難艇全体に伝わり、スクリーンの一部に映ったオラトスケイラα号が次第に遠ざかる。シルバーはどことなくほっとした気分でそれを見つめた。
救難艇はこのまま慣性飛行してタイタン四号に接近してからドッキングするだけだった。
遠ざかるオラトスケイラα号に比べて、タイタン四号には接近しているというようには見えなかったが、暫くするとその姿もスクリーンに大きくなってきた。
「こちら救難艇のシュミット、これからタイタン四号へのドッキングを開始します」
『了解。シグナル探知。ドッキングシーケンスへ移行します』
タイタン四号からのシステム音声が流れた。やはりというか、その後もタイタン四号からは肉声は聞こえてこない。
「こちら救難艇のシュミット。タイタン四号の乗員の状況はどうなっているか?」
『搭乗中の乗員二名は就寝中』
システム音声は暢気な状況を知らせて来たが、オラトスケイラα号の状態を見てからの帰りには、何事も無さそうで安心させるものもあった。
やがて、スクリーンいっぱいにタイタン四号の船腹が広がり、緩やかな反動を伴って救難艇はドッキングした。