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「もうすぐです」
シュミットの言葉に、目を覚ましたシルバーは頷いた。目を閉じて眉間のあたりを指でもむ。仮眠をとっていたが、思いのほか深く眠り込んでいたようだ。うたた寝程度だったが、何か夢を見ていたようだった。地球で生活していた頃の断片的な。地球の話をしたせいか。ふと、タイタン四号に積んである、古い知人からの積み荷のことが脳裏に浮かぶ。
シルバーを気遣うヘレンから覚醒作用のある吸引剤を進められたが断ってスクリーンに目を遣った。
スクリーンには、オラトスケイラα号の船体が迫っていた。シャコの頭に当たるブリッジ部分と、その後ろに体節のように区切られた三つの区画があり、最後に推進装置が口を開いている。見えている部分のナビゲーションライトは全て赤く点滅して、異常を知らせていた。そのごつごつした船体が徐々に近づいてくる。
ドッキングするハッチは、シャコなら首の付け根あたり、ブリッジ部分の後方にあった。ここまでくるとドッキングは船同士のシステムが自動でやってくれる。やがて、ドッキングした緩やかな振動が伝わってきた。
「行きましょう」
シュミットを先頭に、ハッチへ向かう。宇宙服の気密チェックなどは自動で行われていて異常はない。システム間の情報交換では、向こうの船内の環境システム的には特に異常はなさそうだった。
「どいう言うことでしょうね」
シュミットが独り言のように呟く。異常がないなら、六人いるはずの乗員からの連絡くらいはありそうなものだ。船のシステムは、乗員の情報は不明とだけ送って寄越した。
船のシステムには異常が無いなら、乗員のトラブルか? 何故情報が無い?
シルバーは嫌な予感がしたが、これからの行動を決めるのは自分ではない。
「タイタン四号へは、これまでの情報は送っているんだな?」
「ええ。先ほど船長と連絡をとりました。慎重に事を進めるようにとのことです」
船長の連絡に対して、シュミットの口調は言わずもがなだとでも言いたげだった。
救難艇のハッチを開けて、連結部分を通過すると、オラトスケイラα号の船外ハッチが見えてきた。システム同士のやり取りで手動で開閉できるはずだった。シュミットがハッチの横についているパネルを開けて中のレバーを引くとハッチが開いた。シュミット、シルバー、ヘレンの順で船内に入る。
船内は赤い非常灯だけが灯り、薄暗い。タイタン四号と同じく、重力制御装置も搭載されているはずだが、それは現在作動していないようだった。壁に取り付けられている、移動用の推進装置のレバーを握ると、こちらは作動して、三人をブリッジまで運んだ。
ブリッジは、タイタン四号とさほど変わらない広さだったが、天蓋のように被さる大きなスクリーンと、傾斜の急なコクピットに、シルバーは昔乗っていた連邦の巡洋艦をふと思い起こしていた。
「ドクター、医療ポッドに人が」
ヘレンの声に床を蹴って進む。ブリッジと後方区画との手前の空間の両側に円筒形の医療ポッドが並んでいる。非常時には円筒形のポッドはブリッジ下のから射出されて本船を離れて救助を待つことも出来た。宇宙という虚空に放り出されるという事態は誰も想像したくも無いだろうが。
「一人だけか」
左右に三つづつある医療ポッドは、ブリッジに向かって右手先頭の一つだけ使用中であるというサインが灯っていた。
シルバーは、ポッドの上のコンソールで、ポッドの状態を確認する。乗員ID:004B、女性。名前は分からなかったが、カレルかカトーのどちらかだろう。中の人物はポッドに入って二週間が経過していた。怪我や病気ではないのか治療は完了したのか、ポッドは治療には当ってはいない。バイタルサインも安定していた。
「女性ですか。乗員に女性は二人いるはずですから、そのうちの一人ですね。後の四人はどうしたんでしょう?」
シルバーの横に立ったシュミットがコンソールを覗いて言った。
「さあな。一人だけポッドに入った理由も解らんし。さて、まだ時間はある。どうするね?」
「私は、メインシステムにアクセスして、航行記録を調べてみます。その間に、船内の捜索をお願いできますか?」
「解った。ヘレン、一緒に来てくれ」
船内のデータはタイタン四号で取得したもので問題無さそうだった。ヘルメットに現在地点と周囲の設備の説明を表示出来たが、おかしなところは無かった。それほど広い船内でもないので、シルバーは三つある船殻を一つづつ回ってみることにした。
一つ目は、乗員用の船室と、観測機器などが設置された作業用の部屋からなっていて、細かく区分けされた船室が六つ、残りの船殻は一つの作業室になっていた。乗員用の船室は、幅二メートル、奥行き三メートル、高さは二.五メートルほどの広さで、どれも同じ構造になっていた。作り付けのベッドとロッカー。そのうちの三つの船室には、乗員の私物なのか、スクリーンパッドや装飾品として使われるホログラム投影装置などに、食事の途中でもあったのか、開封した食料キットが重力制御の切れた船室に漂っていたりした。
作業室は、船内で外から持ち込んだ鉱物サンプルでも調査するつもりだったのか、半円形のケースや顕微鏡の類などシルバーにも分かる装置も幾つかあったが、門外漢には不明なものが多かった。
「誰も居ませんね」
他の部屋を見て回っていたヘレンと通路で合流すると、次の船殻へ向かった。こちらはほぼ倉庫と言ってよかった。乗員のための生活物資や学術調査のための資材に、宇宙船の補給物資などがコンテナに入って固定されていた。ほぼ船殻は満杯の状態になっている。念のためにコンテナ間を通れるところは調べて回ったが、船殻内にはチリ一つ浮いていなかった。
最後の第三船殻は機関室だった。艦橋部分にもメインシステムへ電力供給するエンジンがあったが、こちらは船全体、主に船殻の後方のロケットエンジンのためのものだった。
ここまで船殻の扉などは問題なく作動していて、損傷なども無く、機関室に異常があるようには見えなかった。船は慣性飛行していて推進装置は作動していないが、それが異常のためなのかどうかは分からなかった。
装置のために狭い機関室を移動しても、特に破壊や損傷などは無かった。シルバーには船のメインシステムから報告でもなければ異常などには気が付かないだろう。
「ここも誰も居ないですね」
通路に出て、ヘレンが言った。六人いるはずの乗員は、医療ポッドの中の一人だけで、後の五人は行方不明。船内のシステムは何があったのか伝えず、故意に情報が遮断されてでもいるかのようだった。
「ブリッジに戻ろう」
人のいない、無人の幽霊船。宇宙でも、地球の海を帆船が航海していた頃のように、怪談めいた話はあった。事にシルバーの様に地球を離れて辺境にまで流れて来た者には、その類の話を耳にすることは多かった。
今回は無人ではなく、一人は生存者がいた。が、こういった場合の方が、船乗りには却って不吉に思われるものらしい。幽霊船の生存者。それは必ず災いをもたらすに違いないと。
馬鹿馬鹿しい。
そうは思っても、シルバー自身、救助に向かい、救難艇のスクリーンにオラトスケイラα号の船体を見た時から、嫌な心持ちがしたのは確かだった。