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「何があった?」

 土星軌道上を航行する民間定期航路の貨物船、タイタン四号に客として乗船している医師のシルバーは、助手のヘレンとともにブリッジに入った。何やらまた船長のカニンガムと宙航士のシュミットが言い合っている。

「ああ。ドクター、あなたの意見を聞きたいと思ってね。救難信号を先ほどキャッチしたんだが、航路を外れてまでも救助に行ったものかどうかとね。客人であるあなたの都合もあるだろうし」

 船長のカニンガムはシルバーを見止めると丸い柔和な顔で切り出した。少し垂れた茶色の目が笑顔になる。

「船長。航路変更は必要無いと言ったはずですが。それに、救難信号をキャッチした場合は、最寄りの宇宙船が速やかに救助に向かうべし、というのが宙航法の基本であることは、あなたもご存じのはずですが?」

 冷ややかな声でシュミットが横から口を出す。銀髪を撫でつけた細面の顔が船長へ向かい、灰色の目が見つめている。

「航行に重大な影響を及ぼさない限りにおいては、な。この船は、内圏からの物資を速やかにホイヘンス基地へ輸送するのが任務だ。航路部の外圏中継局でも救難信号はキャッチしているだろう。向こうに任せれば良い」

「ですから、航路を変更せずに救助へ向かえると」

「誰が? どうやって?」

 お互いに表情は取り繕っているが、言うことはかみ合わない。

「まあまあ、シュミットの言い分も聞いてみては? 航路を変更せずに済むんだろう?」

 内心うんざりしながらシルバーは言った。定期航路の乗員としてはシュミットの方が経歴は古い。カニンガムは前任者から引き継いでこの船の船長となって日は浅かったし、どうにも、シュミットとは馬が合わないらしい。

「では、これをご覧ください」

 ふん、とばかりに船長から顔を逸らすと、シュミットは前方のスクリーンにタイタン四号の軌道を表示した。それに救難信号を発信している宇宙船、オラトスケイラα号の軌道を重ねる。軌道は一部交差していた。

「このように、十時間後には、二つの軌道は交差します。その時の距離としては一キロメートルほどでしょう。今から救難艇を向かわせれば約5時間後には向こうに着きます。ランデブー後救助活動を行い、軌道が交差するタイミングを計って向こうから離れれば、十時間後にはこちらに戻ってくることになります」

「誰が行くんだ?ミゲルはまだ研修期間中だぞ。君一人で救助に向かうのかね?」

 ミゲルというのは、見習の機関士で、この定期航路での研修が終われば正規の機関士として資格を取得できることになっていた。この場に顔を見せていてもよいはずだったが、あまりブリッジに来たくはないらしい。

「それは、一時オートパイロットにして船長も帯同していただければ」

「一時的にとはいえ、船を責任者不在にするのか?」

 シュミットが眉を顰める。また言い争いになりそうだった。

「船長。私が行きましょう」

「ドクター? あなたが?」

「ええ。以前軍艦に乗っていたこともある。船外活動は百時間以上の経験もあるし、問題ないだろう。ヘレンも連れていく」

 シルバーの横で黙って話を聞いていたヘレンが雀斑の浮いた顔でにっこりと笑う。ゆったりした船内スーツでもグラマーなスタイルは、重心を少し移しただけでどこか艶めいて見えた。

 大方、船長が自分を呼んだのは、こういう成り行きを考えてのことだろうと思ったが、シルバーはそれに乗ることにした。

「それは有り難いが。宜しいのですか?」

 シュミットがシルバーに訊ねた。意外そうにシルバーの顔を見つめる。精悍だが深く皺の刻まれた顔。元は黒かったであろう短く刈った髪もほとんどが白くなっている。齢八十を超えて再生医療など施さず放置して久しい姿だった。

「年のことなら心配はいらん。では、急いで準備をしよう。緊急事態なのだろう?」


 救難艇のコクピットに、宇宙服を着たシュミット、シルバー、ヘレンが着席している。オラトスケイラα号の乗員は、航路部に問い合わせた船籍名簿からは六人となっていた。六人を乗せると狭苦しいだろうが、救難艇に乗せて移動すること自体に支障は無かった。

「それでは、救助は任せたぞシュミット。ドクターも宜しく頼みます」

 ブリッジから船長が救難艇へ連絡を寄越した。見習のミゲルが緊急のブリッジクルーとして席に着いていたが、スクリーンを見る黒い目は落ち着かなげな様子だった。

 救難艇では、シュミットが再度手順を確認していた。

「あと二十分でタイタン四号を離れてオラトスケイラα号へ向かいます。到着まで四時間。ドッキングして船内に入るまでが三十分として、四時間五十分後には救助活動に入ります。正直なところ、状況がよく分かりませんので、到着してからその後のことは考えることになりそうです」

 シュミットが淡々と説明する。

「向こうからは連絡が無いのかね?」

「ええ。ドクター。操船システムからの自動送信だけで、どういう状況かわかりません。救助や、船内への侵入、捜索が困難と判断した場合は、速やかに退去して、後は航路部へ任せましょう」

 地球連邦宇宙局の航路部の情報では、一年前に月基地から太陽系の外縁部へ向かい、カイパーベルト天体を調査していた連邦政府の科学アカデミー所属のオラトスケイラα号は、二週間ほど前に推進装置に異常が発生し、航路から逸れて航行していると連絡を送った後、通信も途絶え、乗員の安否も分からないという。


 乗員は、船長のドノヴァン、宙航士のスミルノフ、他は科学アカデミーの研究員で、リーダーのウィンパー以下、カレル、クロス、カトーとなっていた。カレルとカトーは女性だった。

 地球から、内圏から来た調査船。

 火星軌道の内側は内圏と呼ばれ、外圏と呼ばれている木星軌道以遠を結ぶ航路は、俗に、辺境航路と呼ばれていた。遠大な航路上は、数日の内に救助が到着する地球近方と違って何か船に事故が起こっても直ぐに救助などに駆け付けるという訳にはいかなかった。スペースゲートという、二つの空間を結ぶ装置が開発されたが、まだ小規模な物資の移送にとどまり、それも、月と火星の間で試験的に使用され始めたばかりだった。


 A.D.二千百年代中半。太陽系の外縁部にも人々は恒常的に生活するようになり、地球近方の恒星系にも探査機が送られるようになったが、地球以外で生活する人口は、地球の人口の誤差のようなものでしかなかった。会話に支障をきたすどころか会話になどならないほど通信にタイムラグが発生する遠方の生活など、地球の人々の思考の埒外だった。


「変な名前ですね。オーケストラ?」

 ヘレンが呑気な調子で言う。

「オラトスケイラ。シャコのことだ。船体が似ているんだろう」

「しゃこ?」

「地球の海にいる甲殻類の一種だ。ヘレンは知らないか。そういえば地球に行ったことは無いんだったな」

「私は地球に滞在したことはありますが、海にはそういう生物がいるのですか?」

 シュミットが生真面目な顔でシルバーを見る。

「食用にしたりもするようだな。私は食ったことは無いが」

 雑談をしている間に時間が来た。ラグビーボールを縦に半分にしたような救難艇は、柄の長い金槌のようなタイタン四号の船腹から離れて、滑るようにスピードを上げると、星々の間に紛れて見えなくなった。

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― 新着の感想 ―
とりあえず様子見。 地球付近を舞台にしたSF珍しいですね。 なう(2025/06/13 00:46:27)
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