「もぎとるなら、手伝います」と宣言したら、前傾姿勢になられた。
なんでよ。いや、まぁじぃで、なんでよ!
淑女だとか何だとか関係ありません。平民言葉になってしまうのも仕方がないと思います。
コトの発端は――――。
お父様に誘われてワイナリーに来ました。
王都から馬車で二日という随分と離れた所にあるこのワイナリーは、カルジーニ侯爵家が運営しています。カルジーニ家のワインはとても美味しいのですが、王都までの道のりが悪路のため、現地に来ない限り飲めないワインだと有名です。
私たちはそれを王都で定期的に販売したいと思い、搬送手段のプレゼンと契約に訪れました。
「やぁ、伯爵。良く来てくれたね」
恰幅の良いおじさまといった感じのメンデス侯爵様と父が固く握手をし、早速とばかりに搬送手段について話し始めました。
侯爵様に近くの町を使用人に案内させようかと聞かれましたが、ぶどう畑を散歩がてらに一人で見て歩きたいと伝えると、快諾してもらえました。
規則正しく並んだ低木のぶどうたち。ここでは何種類かのぶどうを栽培しているようです。
目の前にあるのは小粒で黒々しいピノ・ノワール。一房にぎっしりと実が生っており、しっかりと熟れている匂いがしています。畑には従業員が何人かいるから、味見をしたかったら声を掛けると良いと言われていました。
ワイン用のぶどうは食用に向かないという噂がありますが、あれは少し違うと言いますか、勘違いも含んでいるのです。
ワイン用のぶどうは食用と違い、皮が厚く酸味や渋みも強いし種もある。ですが、甘みは食用よりも強いのです。甘みがなければアルコールが作り出せませんから。
ここのピノ・ノワールは、粒の揃いも匂いも良いので絶対に美味しいだろうと、容易に想像できます。
早速味見をしたくて従業員を探していたのですが、なかなか見つかりません。
ぶどうを収穫するのも一度はやってみたかったので、お手伝いがてらに味見なんてできたら、最高ではないでしょうか?
「――――だろう? もぐか?」
「いやしかし――――」
ふたつ向こうの垣根のあたりから人の声が聞こえてきました。もうそろそろ収穫の時期に入るので食べごろのぶどうを見つけて話し合っているのでしょうか?
急いで垣根の隙間を抜けて声のする方へと向かいました。なんだか声が厳しいのは見極めが難しいタイミングだからなのでしょうか?
「あの――――」
垣根から抜け出し、ちょっとボサ付いてしまった髪を手ぐしで直しつつ話しかけました。
「もぎとるなら、手伝います」
「「…………っ?」」
そこにいたのは、くたびれた農作業服のおじいさんと、妙に高級そうな農作業服を着た赤茶けた髪の若い男性。
「もぎとるのをお手伝いします!」
聞こえていなかったのかと思い、もう一度ハッキリとお伝えすると、若い男性が眉間に皺を寄せて、前傾姿勢で大切な場所――股間を押さえていました。
「いや、もぐな。というか、淑女が大声でそんなことを言うな。恥ずかしくないのか!?」
「…………はいぃぃ?」
「っははははは!」
若い男性は前傾姿勢、おじいさんは爆笑。
――――いったい、なんなの?
□■□■□
ピノ・ノワールの熟れ具合を確認しながら、パオロと最近頭を悩ませている従業員のことを話していた。
酒癖も女癖も酷く、町の酒場で酔っては手当たり次第に女に手を出している。ぶどうの世話だけは丁寧なのだが、如何せん股間問題での苦情が多く寄せられていた。
「モノがなくなればその気も起きないだろう? もぐか?」
「いやしかし、まだ未婚ですしなぁ」
「知るか。そもそも結婚する気があるヤツの行動とは思えな――――」
そんな話をしている時だった。
後ろにあるぶどうの垣根の隙間からガサガサと音がした。誰かいたのかと驚いて振り返ると、ふわふわの金髪に小枝や葉っぱをいくつも絡めてボサボサ頭になっているドレス姿のご令嬢がいた。
くりっとした緑色の瞳と艷やかな唇。
ちょっと可愛いなと思ったが、彼女が形の良い唇で弧を描き放った言葉のおかげで一瞬で肝が冷えた。
「もぎとるなら、手伝います」
「「…………っ?」」
「もぎとるのをお手伝いします!」
――――二回も言ったぞ!?
男のブツをもぎとりたいと、堂々と言い放ち、可憐なほどの笑顔になっている。
自然と前傾姿勢になり、股間を両手で隠した。
本気で肝が冷える。いや、肝が冷えると言うか、チンサムだ。チンが寒さ(概念)を感じてヒュッとなるやつ。男なら誰しもなるチンサムだ。
ご令嬢の前で前傾姿勢になるのは許してほしい。
パオロは笑っているが、なぜチンサムになっていない? 年か? 枯れたか?
睨まれたから多分違うな。
とりあえず、注意しなければ。
「いや、もぐな。というか、淑女が大声でそんなことを言うな。恥ずかしくないのか!?」
「…………はいぃぃ?」
「っははははは!」
新緑の瞳を大きく見開き、呆気に取られたような顔のご令嬢。そして爆笑するパオロ。
いったい、何が起きているんだ…………。
◇◆◇◆◇
――――なんでよ。いや、まぁじぃで、なんでよ!
淑女だとか何だとか関係ありません。平民言葉になってしまうのも仕方がないと思います。
私はただぶどうをもぐ手伝いをしたいと言っただけなのに、なぜ男性のモノの話になっているのですか。いったい、この人たちは何の話をしていたのですか。
仕事しろ!
「ぶどうをもぐ手伝いをしたかっただけですっ!」
「あっ、あー! あ……と、ところで君は?」
赤茶けた髪の若い男性が納得した様子ではあるものの、前傾姿勢のまま聞いてきました。まっすぐに立てないんですかね? なんでまだ隠してるんですかね?
「クレパルディ伯爵家の娘、ルーチェです」
「あ"……」
赤茶けた髪の男性が得も言われぬ声を出し、しまったというような顔をしています。
どうしたのかと首を傾げていると、隣にいた年配の作業着の方が「坊ちゃま、どうせ後からバレますよ」と、若い男性の背中をポンポンと叩いていました。
――――坊ちゃま?
「……あー、シルヴィオ・カルジーニだ」
まさかの侯爵家の方でした。年齢と服装からいって、侯爵様のご子息でしょうか?
そして未だに股間を押さえているのはなぜでしょう。
「まだチンサムが治まってなくて」
「坊ちゃま!?」
「チン…………?」
「あ"……いや、気にするな! それよりもぶどうだったね。収穫したいのかい?」
シルヴィオ様がやっとシャッキリと立ち、取り繕ったように笑いながらぶどうの方に手を伸ばしました。
「え、その手で触るんですか?」
「…………あ。うん。はい」
「ブフォッ! ぼぼぼぼっちゃま、とりあえずお屋敷に一度戻られて、ぶふふふふ……改めてご案内をしてうわははは!」
年配の作業着の方が吹き出しながら、何やら提案をしていましたが、何がおかしかったのでしょうか。
「ふぅ…………失礼しました。お二人とも、身なりを整えて、身分にふさわしい格好でおいでなさい」
そう言われて、お互いを見ました。
高級そうではあるものの、所々に泥の付いた作業着の侯爵家ご子息。
ドレスは着ているものの、頭は多少鳥の巣のようになって葉っぱもつけていそうな伯爵家令嬢である私。
端的に言っても、酷いです。
「「はい」」
年長者の進言には素直に従う。それが我が家の家訓でもあります。とりあえず、侯爵様のお屋敷に戻ることにしました。
「えっと…………ルーチェ嬢、お手を?」
「嫌です!」
「……だよな」
戻る際にエスコートをするか聞かれましたが、断固拒否しました。ずっと股間を押さえていた手を取るのは、淑女とか関係なく、本気で嫌です。
「…………」
「……」
「……弁明してもいいか?」
「……………………どうぞ?」
二人並んではいるものの適度な距離を取りつつ歩き、シルヴィオ様の言われる弁明とやらに、仕方なしに耳を傾けました。
◇◇◇◇◇
「まさかあそこからこうなろうとは……」
「私がソレを言いたいのですが?」
「お二人とも! 誓いの言葉を!」
「あー、誓います」
「はい…………仕方ありません。誓いますわ」
何がどうなってこうなるのか。
双方の親に意気投合したと勘違いされ、その場の勢いで婚約させられ。
なんやかんや交流している内に、本当に意気投合してしまいました。
「まぁ、もぎとるお手伝いは楽しいですし」
「やめろ、今言うな。思い出してチンサムになる」
「結婚式で前傾姿勢は止めてください!」
「むり……」
シルヴィオ様、こんなんで次期侯爵様ですが、大丈夫なのでしょうか?
いっそのこと、本当にもいでしまったほうが平和なのでは?
「やめてぇ!? 結婚式当日に、それはやめてぇ!?」
「煩いですね。静かにしないと、もぎますよ?」
「横暴っ!」
私たちの結婚式は大きな笑い声と、息も絶え絶えになったようなパオロの笑い声に包まれて、たぶんおそらく幸せな光景になっていました。
たぶん。
―― fin ――
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