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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第15章 化かし合い、探り合い ―メゼル―
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15-7.明年の期

『ところで、ミヤベとリカルィデは明年の期の予定はあるの?』

『今決めているのは、リバル村への旅の準備ぐらいかな』

 こちらの世界とあちらの世界の時間について、幼い頃シャツェランと一緒に考えたことがある。体感的に二つの世界の時間の流れはほぼ同じだった。二晩連続で彼に出会えば、それはシャツェランにとっても二晩連続だったし、シャツェランと自分の成長速度も似たようなものだった。

 暦法は向こうでの太陽暦と同じで、こちらの世界でも一年を、“太陽”の周りを一周する間に“この星”が自転する日数としており、その数も三百六十五日とされている。

 一年は生、繁、継、静の四つに区切られていて、それぞれが始、中、終に分けられる。ただし、計十二ある月の各日数は三十日。余る五日を明年の期と言って、そこから一年が始まることになっていた。

 祖父も明年の期を正月のようなものと言っていたし、シャツェランの説明もそんな感じだったから、郁はここに来るまで、向こうの世界の正月とこっちの明年の期はまったく同じだと思っていたが、明年の期が始まる日は一年で一番日が短くなる日、つまり冬至にあたると最近知った。

 ディケセルではこの期間は皆仕事を休み、コントゥシャを祭る神殿に美しく着飾って参拝するという。それらの人々を目当てに神殿の周辺に大陸中の珍しい品々を集めた大きな市が立ち、見世物小屋が開かれたり、大道芸人や吟遊詩人などが己の技を披露しに集まったりで、街は昼夜関係なくにぎやかに湧き立つらしい。

 おなかの前で手を組んで、身をかがめ気味に歩いているリカルィデに、郁は『リカルィデは何かしたい?』と話を振った。

『え!? えええと、な、なんだろう……? そういえば、チシュアが一緒に遊ぼうとは言ってた。あとは、その、エマ、にも聞いてみない…? あ、ほら、ディケセルに来て初めての明年だから、エマこそ見たいものあるんじゃないかなんて思ったり』

『……エマも一緒?』

『特に約束はしていないけど』

 誘ってみようかと思った瞬間に思い浮んだ江間の顔は、いつかの夕方一緒に帰るかと声をかけた時のものだった。

 この世界に来てから彼が見せるようになった、ひどく柔らかい笑顔――あの顔を目にするたびに、気を許してくれているのがわかってくすぐったくなると同時に、後ろめたい気持ちが湧いてくる。

「……」

 郁は知らず足元に視線を落とした。

 あっちの世界で男女問わずひっきりなしにお誘いがあった江間は、こっちに来ても同じように声をかけられている。だが、こっちに来て知った生真面目としか言えないあの性根だと、郁と付き合っていることにした以上彼は他からの誘いを断るだろう。

 論外と断言する女と付き合っていることにせざるを得ない江間に同情して、郁は苦笑する。

『まあ、彼に予定がなければ、一緒かと』

『それはそうか、同居、じゃないね、婚約、してるんだもんね……』

(ああ、そんなことも言っていたな……)

 タグィロに返す言葉が見つからなくて、郁はただただ笑ってごまかした。


『メゼルの明年の期はどんな感じ?』

『とてもにぎやかよ。神殿の周囲以外でも大きな市が立つわ。大通りの市なんて、大陸中から珍しいものが集まって、規模でも華やかさでも王都のセルより上と評判なの。セルのお城と違って、シャツェラン王弟殿下が明年の会をお開きにならないおかげで、城勤めの私たちも休めるし』

≪新しい年の、アヤの世界の言葉で言えば、「パーティ」ということだ≫

 臣下への思いやりを持つ、聡明な若き領主への尊敬をにじませたタグィロを前に、幼いシャツェランの声が頭の中で響いた。

 セルの王城でも開かれる、貴族たちを呼び集めた明年のパーティで、王族のシャツェランは彼らからいちいち挨拶を受けなくてはならない、と言っていた。街に降りたいのに、と愚痴っていたことも併せて思い出す。

 なんだか不思議な気がする。実在するかどうかわからない、夢の中で見るしかなかった相手が現に存在していて、十年経った今目の前に出てくるのだ。

『ミヤベ』

 ――そう、こんな風に。

『きゃっ。……し、失礼いたしました、殿下』

 驚きで悲鳴を上げたのに、略式ながらも即、礼を取れるタグィロを尊敬しながら、郁もグルドザ式の略礼を取った。横ではリカルィデが顔を引きつらせながらも、膝をついた礼をしている。

 王弟、そしてメゼルディセル領主という立場は暇ではないだろうに、しょっちゅうフラフラと城内を出歩いている幼馴染の顔を呆れ半分に見ながら、郁はタグィロを紹介した。

『彼女が例の農具について知るタグィロです』

『ああ、リバル村出身と言っていた……なんだ、オルゲィのところの内務処官見習いじゃないか』

『は、はい』

 頬を染めたタグィロが若干挙動不審になりながらキラキラした目で見上げる先にいるのは、計算されつくした美しい微笑を顔に貼り付けた、ディケセル国の王子だ。

 自身とてつもなく整っている江間が「ハリウッド映画そのもの」と言っていたな、と郁はため息を吐くと、タグィロに文官の登用試験の話を振っているシャツェランに拳の甲を見せつつ、一礼する。

 そして、リカルィデの背を押しながら、歩き出した。郁とシャツェランを見比べて、リカルィデが戸惑っているのは無視する。

『――お前らは本気で無礼だな』

「……」

 肩を後ろから掴まれて、舌打ちしなかった自分を褒めたい。

 蒼褪めた顔で自分を見るタグィロに小さく笑って別れの合図を送ってから、郁は『ご用件は』と言い、やはり歩き出す。

『……いや、無礼なのはミヤベとエマだ。お前じゃない』

 一緒に歩き出したシャツェランが真っ青な顔をしたリカルィデにフォローを入れたことだけは、褒めてもいいかもしれない。

『エマは一緒じゃないのか』

『体を動かしに先に鍛錬場に』

『お前も行くのか?』

『たまには』

『では私も行こう』

『そうですか』

『……』

「……」

 沈黙がおりて、石造りの廊下に三人分の足音だけが響く。死にそうな顔になっていくリカルィデには悪いが、様々な意味で話したい相手ではない。郁は早々に会話を放棄して、歩みを速めた。さらに言えば、一緒にいたい相手でもない。

『……何か話せ』

『お仕事はいいのですか。と、オルゲィ内務処長ならお話しになるのでしょうね、というお話はいかがですか?』

『……愛想がない上に、性格まで悪いな』

 いつも取り澄ましている王弟が、心底嫌そうに顔を歪めたのを見た瞬間、少し笑ってしまった。

『……』

 青い瞳にじぃっと顔を見つめられて、郁は微妙な不快感と共にすぐに仮面をつけ直す。大人になっても、目の色はやっぱり同じなんだな、と当たり前のことを思う。


『……ミヤベ、お前、友人はいるか?』

『さあ』

 何人かの顔が浮かんで、すぐに妹の顔でつぶれていく。その中にはすぐ隣の男の幼い頃の顔もあった。最後に残ったのは二つ――だが、この二人を友人というのは微妙に違う気もする。

 そのうちの一人、リカルィデの顔を見ようと逆隣に目をやれば、泣きそうな、責めるような顔を返された。

(もう少しちゃんと応対しろいうことか……面倒な)

 が、リカルィデが気にするなら、仕方がない。

『いるような、いないような、ですね』

 シャツェランは『そうか』と呟いた後、『私は失った』と郁を見た。

『私も散々失ってきました。そんなものでは』

 喚声が響き、郁は顔をシャツェランから前方に向けた。


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