14-5.稀人疑い(シャツェラン)
『いかがでしたか?』
内務処長室の続きにある応接室。背もたれのついた長椅子に背を委ねた主、ディケセル王弟シャツェランにオルゲィは短く問うた。
その対面の椅子には、先ほどまで江間が座っていた。
内務処の事務官見習が入室の礼を取り、静かにテーブルに近づくと、茶を取り替えて行った。
『頭のいい男だというのは分かった』
渡り廊下での短い会話で、江間がディケセル人でないことは確信した。
言葉の訛もそうだが、王族である自分への態度だ。彼からは敬意は感じたが、畏怖は感じられない。“王”という存在が身近ではなかったタイプの人間に多い特徴だった。小規模な部族が緩くつながった北の遊牧民や、小さな島の集団がいくつも連合している南の海洋国、そして稀人。家族単位で暮らすイゥローニャのような少数民族であっても、同様だろう。
『手ごわいと言えば、手ごわいが……』
シャツェランは目を眇める。
疫病のこと、洗衛石のこと、鉄のこと、農具などの改良のこと、防病司とのやりとりのこと――色々聞いたが、江間は実に的確に答えた。回答は基本的にシンプルで、合理的。神だの俗習だのを根拠に物を語ることは一切なく、余計なことも付け加えない。説明が足りない時はこちらの表情を読み取って自ら補足するが、それが冗長になることもなかった。それが彼の話し方なのか、それとも余計なことを口にすることで設定――イゥローニャ人であるという触れ込みに、綻びが出ることを防ぐ目的があってのことなのか。
『ただ……エマは怪しいと思う。直観だがな』
なんとなくだが、エマはサチコやアヤと同じ類の稀人な気がする、とシャツェランは目を眇めた。
だが、そうなると、色々説明のつかないことが出てくる。
『仮にエマが稀人だとした場合、稀人であることを隠す目的はなんだ?』
『警戒、でしょうか。彼は人懐っこい性格ではありますが、誰にでも胸襟を開くわけではないようです』
オルゲィは、第五師団長や内務処副官など何名かの名前を淡々と挙げた。
『自分に対して好意的でない人間の存在を前提に、自分が稀人、異物として非道な扱いを受けることを危惧している可能性もあるかと。事実前回の稀人、サチコ様と仰いましたか、彼女の際もその前もそういった人間はいたと聞きました』
≪私の話でお役に立ちそうなものがありましたら、殿下のお名前でご実現ください。それでこの国の皆さんが幸せになってくださるなら、それで十分です≫
耳にサチコの声が蘇る。
兄王のもとにいても宝の持ち腐れになるだけ――そう考えてサチコを自分のもとに誘った時、彼女はしばらく考えた後断り、そう言った。
断った理由は、一つに養育を任されていたアーシャルのこと。もう一つは、異物が目立てば、軋轢が生じるだろう、そうすればできるはずのことができなくなる、というものだった。
オルゲィの説明にはそれなりに説得力があるように思える。
『もう一つ。エマが稀人だと仮定した場合、ディケセル人と全く同じに話すことができるというミヤベと妹の素性は一体何だ』
『大神殿の関与を疑っているのですが、確証が得られません。ご存知かもしれませんが、大神殿はセルのサチコさまの元に定期的に神官を送って、ニホン語話者を育成していました。今回稀人保護のためにその中から特に優れた者、“橋者”を出すという噂があったのは確かなようですが、双月教の神官とアーシャル殿下が応接使に入ったことで立ち消えたようです。もちろん応接使とは別に神殿が橋者を密かに遣わした可能性も疑っているのですが……』
続きを濁したオルゲィに、シャツェランも『ミヤベ達が神殿所属の者であれば、エマはとっくに神殿で保護されているはずだしな』とうなずいた。
『神殿でない別の組織が、ディケセルもしくは我らを探るために、彼らをわざわざ泳がせているという可能性はあると思うか?』
『少ないかと。情報を取るつもりであれば、稀人だと声高に主張するはずです。その方が対象の中枢に近づけます』
『わざわざ荷物となる女児をつける意味も分からんしな……いや、目くらましの可能性もなくはないか』
『その娘のいる雑貨屋にも人を入れていますが、かなりの人見知りというぐらいで、特に変わったところはないようです。利発な娘ではあるようですが』
『エマやミヤベと血縁にあると言われれば、その一族がそうだということになる』
シャツェランのため息が静かな室内に響いた。
『エマがイゥローニャを騙ることができたのは、まっすぐに考えれば、ミヤベの入れ知恵ということになるだろう。ミヤベを教育したのはリィアーレ一族の者だと言っていたが、そっちの線はどうだ?』
『本人はそう言っていますが、昨日申し上げた通り、師の名前が特定できません』
『お前個人の印象はどうだ?』
そう問えば、オルゲィにしては珍しく言い淀んだ。
『どこまで本当かはわかりませんが、完全な作り話でもないと思っています。私の名を聞いた時、ミヤベは彼には珍しく驚きを露にしていましたし、我が一族の者が良く言い含められる教えを口にしていましたので。ただ……』
オルゲィは視線を伏せる。
『恥ずかしながら、我が一族の中で四十年前とその後にイゥローニャに起きた出来事を把握できるだけの情報力を持つ者は、限られております』
『……可能性があるのは誰だ』
五十年ほど前、トゥアンナ王女の罪を被せられたコトゥド・リィアーレ。その咎めを受けて彼の一族は離散した。その後の生活は教育どころか、食料にも事欠くほどだったと聞く。
当時生まれていなかったとはいえ、自分が彼に罪を着せたまま、口を噤んでいる側の人間だという自覚のあるシャツェランは、オルゲィから咄嗟に視線を逸らした。
アヤはずっとコトゥドはそんなことをしないと言っていたのに、シャツェランはそれを信じなかった。それだけじゃない。自分たちディケセル王家の過ちを悟った後も、サチコに訊ねられるまで、彼の一族がその後どうなったか、気にかけたことすらなかった。
脳裏にこちらを責めるアヤの視線が蘇る。
『一人は先々代陛下のもと、蔵書司にて研究をしておりました、父ミゲィド・リィアーレです。職を失って王都を出た後も各地から教えを請いに来る者がおりましたので、あるいは彼らから情報を得ていた可能性もあるかと。ただ、同居していた私はミヤベを見かけたことがありません』
父がスオッキを教えるのも不可能です、とオルゲィは補足する。
『もう一人はコントゥシャ大神殿の大神官、シハラ・リィアーレです。離散前に高度教育を終えられている方ですし、高位の神官であれば、国内外の情勢を得ることも可能です。スオッキについては神殿に属するグルドザから習ったとすれば、ありえなくはないかと。それもあって神殿を疑ったのですが……』
『……考えていても埒が明かんな。ミヤベ、ついでに彼らの妹にも会うとしよう。できれば、彼らが会話する言語を聞きたいが……』
彼らが扱っているのがニホン語であれば、シャツェランにはそうとわかるはずだ。
≪シャツェラン、日本語、うまくなったね。私のディケセル語の方がはるかにうまいけど≫
自分に舌を出して笑った顔を思い出して、ここでもアヤに助けられるのか、とシャツェランは視線を伏せる。
『……呼び出しますか?』
答えまでの微妙な間と質問系の語尾に、シャツェランは目を瞬かせ、オルゲィを見た。
そういえば、江間は病の“妹”のために早く帰りたがっていた。
(ここで初めて出会い、自分を利用しようとする組織の人間を思いやって、早く帰りたがる……?)
疑問に思う一方で、あの男ならありそうな気がしなくもない。
『……』
どうやらオルゲィだけじゃなく、自分もエマに好感を持っているらしい。
シャツェランは息を吐き出しながら、『いや、いい。明日ミヤベが戻ってきたら、教えてくれ』と返した。
立ち上がって、応接室奥のガラス窓に近寄る。
眼下には美しい夕日に煌めく湖が広がり、左手に同じ日に照らされたメゼルの街。右の湖岸を辿って目線をあげていけば、はるか彼方に黒い森が見えた。惑いの森だ。
(あの森に住まう“神に疎まれしもの”を、我が力にしようという稀人がバルドゥーバにいる――)
そんなことは不可能だと思う一方で、バルドゥーバの鉄を見たゼイギャクの厳しい顔を思い出してしまう。
≪おそらくフクチと呼ばれていた稀人でしょう。冷静で賢い、もっと言えば、極めて計算高い男に見えました≫
(その男が、そうでなくても稀人が、自分の手に入れば、どうとでも使ってやるのに――)
忌々しさと共に焦燥がこみあげてきて、シャツェランは目を眇めた。




