↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第14章 再会 ―メゼル―
66/303

14-1.“イゥローニャ人”(シャツェラン)

 約三か月ぶりに帰城したシャツェランは、手早く着替えをすますと、一息つく間もなく軍幹部と各処司長を評議の間へと呼び出した。

 一段高い場所に置かれた椅子の前に、広く長い、まだ若々しい風合いの木製テーブルが据えられ、その両脇に資料を抱えた長たちが座る。

 彼らの背後には、ガラスの入った細長い窓が規則的に並び、外の明かりを鮮明に届けてくる。


『まず軍からご説明申し上げます』

 口火を切ったのは、自軍の将軍であるキッソニーだった。彼はシャツェランが不在の間にあった出来事を手短に、だが過不足なく報告していく。五つある師団の長を背後に立たせていて、シャツェランの質問が詳細に及ぶと、自ら返答するだけでなく、内容に応じて担当の師団長に速やかに割り振る判断力も申し分ない。

 指揮官としての才に秀でた彼は、武人としての個人の能力がそこまで高くないため、ディケセル王の元では評価が得られなかった。くすぶっていた彼のことを当時まだディケセル国軍将軍の地位にいたゼイギャクから聞き、引き抜いたのだが、やはり正解だった、とシャツェランは満足する。脳みそまで筋肉が詰まっているような人間を、組織のトップにおくことはできない。

(適した才を持つ者を適した地位や任務につける――「テキザイテキショ」と言うんだったな)

 稀人のサチコから教えられた言葉だ。知恵と知識に富んだ、実に聡明な人だった、と懐かしく思う。

 その拍子に、彼女が惑いの森で死んだ第一王子アーシャルを我が子のように可愛がっていたことを思い出した。

 あれは建国五百年を祝う儀式の場だった。現国王の先妃とその取り巻きに囲まれて終始俯き、問いかけにも側仕えの者が代わって回答してきた、兄そっくりの愚鈍そのものの子。加えて青白く痩せこけてみすぼらしく、どうしようもなく陰気。

 サチコは自らの犠牲を厭わず彼を慈しんでいたが、それに関しては愚かと言わざるを得ない。あれにそんな価値などなかったというのに。

≪アーシャル殿下を今少しお気にかけていただければ、と≫

 サチコと最後に面会した時のことだ。褒美を取らせようと希望を聞いた時、それまで固辞していた彼女がその時は口を開いた。その後二か月もしないうちに彼女の訃報がメゼルディセルに届き、さらに一年後にはアーシャルも後を追った。

 約束を果たせなかったことに、今更ながら後ろめたい気持ちが湧き上がってくる。

『バルドゥーバの鉄器がドルラーザに通用するとの情報を得まして、我が軍も装備の強化を計画しております。議論となっているのはその程度でして』

 話題がバルドゥーバと聖クルーシデの戦に移ったのを機に、雑念を頭から振り落とすと、シャツェランは自分の補佐官に頷いて見せた。

 王都でシャツェラン自身が得た情報と、間者などの筋からつかんだ情報、王都で顔を合わせたゼイギャクらから得た情報を合わせた報告を、補佐官が読み上げる。

『ご存知の通り、先日聖クルーシデはバルドゥーバに全面降伏いたしました。先ほどキッソニー将軍が仰ったように、敗因の一つにドルラーザが戦闘不能となったことが挙げられます。聖クルーシデが誇った九頭のドルラーザのうち六頭が戦で殺され、一頭は瀕死――これは降伏後、新しい鉄器の誇示と余興を兼ねて、聖クルーシデ城前にて聖クルーシデ王家、大司教と共に嬲り殺されました。市民にも石を持たせ、投げつけるように命じた、と。残る二頭はバルドゥーバに移送されましたが、うち一頭は衰弱著しいようです』

 ドルラーザは他国の、しかも美しいとは言い難い生物で、元々滅びを待つ運命にあった。だが、この広間にいる大半の者の顔に嫌悪が浮かぶ。補佐官の説明はドルラーザを追い詰めた手段に移る。

『対ドルラーザで使用されたのは、主に槍、新しく開発された鉄製のものです。奴隷どもに持たせて数で襲い掛からせ、弱らせた後、同じ鉄でできた剣を装甲にまとわせた蜥蜴兵で、体当たりを繰り返したとのことです。奴隷もトカゲも相当数が死んだようですが……』

『あの国のことだ、奴隷もトカゲも使い捨てだろう…』

『ご指摘の通りです。ただ注目すべきは、折れた槍などはすべて回収したことかと。秘密保持のためか、あるいは生産量が多くないかのいずれかだと思われます』

『その鉄はそれほどに強いのか?』

『……』

 補佐官の視線がシャツェランに向く。彼の首肯を確かめると、補佐官の背後に控えていた者が木箱を取り出した。

『現物です。戦場にて回収いたしました』

 テーブルに置かれた槍の穂に、真っ先に師団長たちが群がった。

『ゼイギャク曰く、これまでのバルドゥーバのものとは比較にならないが、ディケセルのものと比べても、今少し硬いように思える、とのことだった。ベゴフォに見せれば、もう少しわかるかもしれん。早急に我が国の鉄の性能を上げる必要がある』

 シャツェランが鉄処を任せている首鉄師の名を上げた瞬間、将軍が内務処長のオルゲィを意味深に見遣った。

『……後程オルゲィ内務処長からご報告があると思いますが、最近その鉄処に出入りし、製鉄の秘を共にしている者がおります』

『なんだと?』

 メゼルディセル領内で産出される鉄石と製鉄技術、結果生み出される質の高い鉄は、ディケセル、いやメゼルディセルが他国に対して優位に立つための重要な武器だ。

 それゆえ、シャツェランはメゼルディセル領を手に入れた後、真っ先に鉄師を味方につけ、その後は鉱山と鉄処、そしてそこに属する鉄師たちを厳重に管理してきた。

 思わず声を尖らせたシャツェランに、オルゲィが静かに応じる。

『独断で申し訳ございません。その者たちは私が後見している、例のイゥローニャ族の生き残りです』

『……ギャプフ村で、洗衛石を作った者たちか?』

 バルドゥーバが聖クルーシデに攻め入ったことで、すっかり忘れていた、稀人疑惑のあった彼らだ。

『どういうことだ、オルゲィ』

『キッソニー将軍、鉄処の警護は軍の責任では? なぜ許したので? ロゥザリ師団長、何がどうなっている?』

『イゥローニャ人……? とうに滅んだはずだろう。確認したのか?』

 外務処、医処、財務司、土木司、通商司などの長が口々に問いただす中、『やはり所詮は“リィアーレ”ということか』という声が響いた。

 その瞬間、シャツェランは『――私の話の中途だ』と不機嫌を露にした。

 打って変わって静まり返った広間で、表情を少しも変えることなく、オルゲィはキッソニーの背後へと声をかけた。

『ロゥザリ師団長、例のものをお持ちだろうか?』

 キッソニー将軍と目配せをかわした後、鉄処の警護を担当する第四師団長が、懐から箱を取り出す。そして中に収められていた短剣を、バルドゥーバの槍穂に並べて置いた。

『そのイゥローニャ人が首鉄師と共に制作した鉄です。硬さはこれまでのものより少し良い程度ですが、しなりに耐えるようになりまして、重さの割に壊れにくく、切れ味も上がりました』

 シャツェランは立ち上がると、その短剣を手に取った。見た目より軽く、その薄い刃には、これまで見られなかった紋様が浮かんでいる。

『そして、内務処に次は炉の改良をしたいとの相談が上がってきております。ふいごを人力ではなく、水の汲み上げに利用している水車を改良したものとし、また、高さを上げた炉を別途作成したいとのことです』

『イゥローニャ人の提案か?』

『いえ、ベゴフォです。イゥローニャ人と話すうちに着想を得た、と』

『あのベゴフォが、か』

 年に数度顔を合わせる首鉄師は、ここ何代かで最高の鉄師と名高いが、ひどく気難しい性質だった。物静かだが、性根の気性は歴代の中でも荒い方らしく、シャツェラン以前の内戦の際も、鉄とそれに支えられた経済力と武力を手に、頑固に鉄処を守り通した。

 シャツェランが領内から他勢力を駆逐した後、交渉の末、鉄処はシャツェランの支配下に入ったが、ベゴフォ個人に変化はない。

 シャツェランが話しかけても、最低限しか応えを返してこず、間に立つ者がいつも顔色を悪くしている。それはシャツェランを訪ねてきた兄王が相手でも、変わらなかった。

『ベゴフォまでもグルなのか』

『あの偏屈が、今更そのような世事に関わりたがるとは思えないが……』

『イゥローニャというが怪しすぎる。滅びた部族の名を騙っているだけではないのか』

『聞けば、オルゲィの預かりというだけで、文官ですらないというではないか。何を考えてそのような者を鉄処に』

『……』

 再びざわめき出した臣下たちを無視し、シャツェランは自らの剣を引き抜くと、第一師団長に渡す。そして彼がその剣を構えるや、新成の短剣を振り下ろした。ガキっと鈍い音を立つ。シャツェランの剣には小さな刃こぼれが生じたが、新しい方に傷は見当たらない。

 続いて、手元の紙にバルドゥーバの槍穂と短剣、二つの刃を滑らせる。一つは途中で刃が引っかかり、歪に破れたが、一方は感触もほとんどないまま二つに分かれ、ひらりと机に落ちた。

 シャツェランは奇妙な模様が浮かぶ薄刃の短剣を窓越しの日にかざし、小さく笑みを漏らす。

『――かまわん』

 静まった広間に、シャツェランの声が響いた。

『現に役に立つことを示した、素性などどうでもよい』

『ですが、間者の可能性も……』

『その可能性については、軍でも考慮の上、監視をつけております』

『――見聞処でも』

 見聞処長アドガンの発言に、オルゲィがわずかに目を瞠った。

 どうやら彼も知らなかったらしいが、シャツェランにしても不在の間に、その“稀人疑い”がそこまで耳目を集める存在になっていることに驚きを隠せない。

『不審な点はあったか?』

『……今のところは特に。基本は城とディセル区の家との往復のみで、唯一行き来のある雑貨店でも妙な動きはないと』

『雑貨店? ああ、洗衛石を普及させると言っていたあれか』

『はい。最近では洗衛石の他に、好水布なる布を開発、売り出しております』

 いつにもまして不機嫌な見聞処長の発言内容を、シャツェランが確認すれば、オルゲィから平坦に返事があった。

『この城においては、農具の改良などを始めております。セゼンジュ』

『雑草対策と土壌改良を目的とする道具であるカジャ、彼らは「スキ」と呼んでいますが、それを共に製作いたしました。イララ牛にひかせて、今その構造を最終確認中ですが、格段に効率が上がるかと。他に、休耕地の利用や品種改良についても話をしておりますが、興味深い情報が多々あります。当人たちより試させてほしいとの要望があがっておりますので、食料司としても協力する予定です』

 オルゲィの呼び掛けに、食料司長セゼンジュが応じた。その言いぶりにシャツェランは引っ掛かりを覚える。

(試す……? つまり確たる知識ではない? そもそもイゥローニャは山岳民族だ、さほど耕作をしないはずなのに、農に関する情報?)

『防病司ではラゴ酒から酒精を取り出し、効能を確かめております。また、洗衛石と大判の好水布を購入し、各地の病院及び衛処に配布しました』

 その後に普段の評議では話に加わることが少ない高齢のグックルス防病司長が続き、『今年の流行り病の時にこれらの物があれば……』としみじみと呟いた。

『洗衛石の効能は確かか?』

『実はうちの若い者が詐欺ではないかと疑いまして、イゥローニャ人を詰問いたしました』

 苦笑と共に防病司長が彼らの提案に従い、トチリ鳥の骨や川草を煮て得た煮凝りに、洗衛石で洗った手指とそのままの手指をそれぞれ押し付けて、玻璃の瓶に保存、結果を比較したことを話す。

『リィアレ、正式には、ミ、ミヤベ?でしたか、彼らが話す以上のこともあれこれ試しましたが、おおむね、効果はあるのではないかと。ラゴ酒の精製とその効用についても、試しておりますし、街中に出る病が流行り病がどうかを、迅速に知るための手法についても、話をしております』

『ミヤベ……』

 グックルスが言いにくそうに発音した名には、やはり懐かしい響きがあって、無意識に繰り返したシャツェランは、眉間にしわを寄せた。

 ふとオルゲィを見れば、ごく控えめに口元を綻ばせている。

『セゼンジュ、グックルス、お前の目から見て、奴らに不審な点はあるか?』

『不審、ですか…? 珍しい知識を持ってるだけで、ごく普通の、善良な若者に見えますが』

 王都を追放されたリィアーレ一族の一人であるセゼンジュは、元々メゼルディセルの隣領で、自ら畑を耕しつつ、品種改良や種子の収集をし、農民たち相手に農業の指導をしていた。この地に拠点を移してからも、圃場に籠るか、各地を見学に周るかしてばかりの彼は、“不審”という言葉に、戸惑いを露にする。

 もう一人のグックルスは、『私はその点については門外漢ですが…』と、軍と見聞処に頭を下げ、『私見としてお聞きください』と続けた。

『不審と言えば、不審です。ただ、それは彼らが我らを害するといった意味ではございません。何と申しますか……物の考え方というのか、解決の仕方というのかが、全く違っておりまして、不肖を恥じつつ申し上げれば、勉強になります。読み書きができぬと聞きましたが、もし文官に採用されるようなことがありましたら、ぜひうちに』

『――グックルス、奴らは監視対象だ。過度に肩入れするのは控えよ。オルゲィ、貴殿ら内務処もだ』

『見聞処としても、あまり特別視なさらないことをお勧めする。セゼンジュ、仕事熱心なのはかまわぬが、もう少し担当以外の事柄にも目を向けてはどうか』

 苦虫をかみつぶしたような顔をしたキッソニー将軍とアドガン見聞処長に窘められ、グックルスは謝罪を、オルゲィは短く首肯を返す。セゼンジュは眉を顰めた。

『まあ、問題なかろう。ただし、引き続き監視は続けろ――異論ないな、オルゲィ?』

『もちろんです。皆様のご尽力に内務処としても感謝いたします』

 他の処司長達と将校たちに下げた頭を戻したオルゲィに、シャツェランは目配せを送った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。