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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第13章 処刑 ―バルドゥーバ―
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13-2.変容(佐野)

 奴隷たちが住む、バルドゥーバの街を囲む壁の外で、妙な疫病、それも致死率の高いものが流行っているのは聞いていた。

 『不潔で生まれつき劣った者たち特有の病』と説明され、壁の内側では流行ってないということだったから、バルドゥーバ人にだけ遺伝的な耐性がある病なのだろうかと思っていた。

 自分はどうなのだろうと恐ろしく感じていたところに、テュオルが隣国の歴史ある街で流行り出した、疫病に対するお守り『洗衛石』を手渡してくれた。

『嘘、これ、「せっけん」だわ……! すごい、この世界にもあるのね』

 懐かしくて嬉しくて、『君を失くしたくない』と隣国まで人をやって手に入れてくれたテュオルの気持ちも幸せで、佐野は「病もきっと大丈夫。街の中心の王城で、バルドゥーバ人に囲まれているんだし」と考えていた。事実、無縁でいられたのだ――病自体とは。


『御無沙汰しております、ガロメ夫人』

『……ご機嫌麗しく』

 ある晩、テュオルと一緒に出た夜会で、文化人としてバルドゥーバ社交界の中心となっている夫人に挨拶をしたのに、微妙な表情でかわされた。

 頻繁にサロンに招いてくださり、様々な方にご紹介くださったこれまでの様子とは全く違って、彼女はさりげなく佐野を遠ざける。

 怪訝に思って周りを見れば、いつもなら寄ってくるはずの人が、皆佐野を遠巻きにしていて、知り合いにも目を逸らされた。


 異変はその前から始まっていたらしい。

 寺下から言いつけられ、佐野が稀人として慰問に訪れた孤児院で疫病が発生したらしい。それが佐野のせいという噂が広まっていると、ある日ひどく疲れた顔でやって来たテュオルが教えてくれた。

 ちゃんと訂正するように働きかけている、と安心させてくれた上で、管理下にある奴隷たちにまで噂が広がってしまっているから、身辺に気を付けるように、と護衛を増やしてくれた。


 そして、あの日がやって来た。

 訪れる人がめっきり減ったバルドゥーバ城の佐野の部屋に、宰相の傍らでよく見かけた男が武装したグルドザを引き連れて乗り込んできた。

『――悪しき稀人を捉えよ』

 唖然とする間に乱暴に腕をねじりあげられ、押し倒された。

『妙な音楽で人心を、陽位家の子息の心を惑わし、その傍らで病をふりまいた』

 床に押さえつけられながらも、辛うじて理由を問えば、そう断罪された。訳が分からなかったが、どうしようもなくまずいことになりつつあることだけは確かだった。


 不潔でじめじめした地下牢に入れられ、助けを、テュオルを待ちわびる佐野の元に来たのは寺下だった。助けてくれるのかと希望を持った佐野を、だが、彼女は嘲笑った。「調子に乗って目立ち過ぎるから」と。

「どういうこと、ですか……?」

「そのままの意味よ。大人しくしていれば、うまく使ってあげたのに。馬鹿な人」

 宮部ほどではないが、口数の多い人ではないと思っていた。なのに、その晩、寺下はひどく雄弁に、熱に浮かされたように喜色を瞳に浮かべて、佐野が死ななければならない理由を語った。街の外で暮らす者たちの半数以上が疫病で死んだ、街の中でも奴隷たちを中心に、死者が増えてきた、と。

「奴隷がいくら死のうと関係なのだけれど、」

「奴隷って、死んでも関係ないって……人、ですよ? 私たちと同じ」

「あんな塵どもと私を一緒にしないで――不愉快にもほどがある」

 困惑を露にした佐野に、寺下は怒りと軽蔑で応じた、まるでバルドゥーバ人のように。差別を当たり前に受け入れて、しかもそれを堂々と口にした――向こうの、一般的な日本人の感覚から離れてきている、と気付いて戦慄した。

 寺下はその佐野を気にも留めず、話し続ける。空気と人の表情を読むのが得意なはずの寺下がそう行動する理由は、二人きりであること、何より佐野を自分より下だと思っているからだ。この人はそういう人だ。

「誰がどれだけ死のうとどうでもいいの。問題は稀人が病を伴って現れたのだという噂が出てしまっていること。実際、「ならば、そのうちの一人を“生贄”にしてはどうか」と提案されてしまったのよ。野蛮な話よね」

 その証拠に、寺下の声も言葉も悲しそうなものだったが、瞳は笑っていた。

 糸のように細められて弧を描くその目が嘲笑なのか、慈悲深く見せようとしての作り笑いなのか、正確にはわからない。だが、他のパーツが歪に歪んでいるせいもあって、禍々しさが漂う。

 佐野の背に冷汗が伝っていった。

「その野蛮な考えに乗った、私を乗せると言いにいらしたんですか……?」

 寺下は薄い唇に、「察しが良くて助かるわ」と半笑いを浮かべた。

「菊田先輩でもよかったのだけれど、あの人、トッカの家畜化に成功して、福地く……陛下から新しい仕事を与えられることになったから」

 悪運の強い人ね、と苛立ちを含ませながら肩をすくめる寺下を、佐野は信じられない気持ちで見つめた。

(目の前の“これ”は、一体何――)

 全身にぶわっと鳥肌が広がった。

 目の前の存在は確かに寺下の見た目をしている。なのに、処刑対象、佐野か菊田のどちらを殺すのかについて、ドリンクバーの一杯目を選ぶのと同じような気楽さで語った。

「……テュオルは?」

(最近来てくれなかったのは、まさかとばっちりを? 私のせいで?)

 その可能性に気づいて、佐野は全身から血の気を失わせた。

 泣くばかりだった佐野を気遣ってくれた、優しい人だ。佐野が宮部たちに対して犯した罪を罪だと感じる感覚がちゃんとある人だ。なのに、知っても佐野を見捨てなかった。 稀人を妻にすることを愚かなことだと言いながら、それでも望んでくれた。結婚なんてできないと言った佐野に、罪を一緒に償うとまで言ってくれた。――その彼まで巻き込むのは、耐えられない。

「あなたなんかに肩入れするなんて、どうしようもない馬鹿よね。女王のブレイン、ええと『知処』の出? 笑っちゃう。何度も離れなさいと説得してあげたのに、聞かなかったの。今頃ご両親に監禁されているわ」

「っ、彼を侮辱しないでっ、危害を加えたら許さないっ」

 瞬時に激高した佐野に、寺下が「許さないも何も、あのままなら彼も砂漠行き」と寺下は禍々しい笑いを見せた。

「悪く思わないでね。私たちも必死なの」

「――違うでしょ?」

 愉悦を含んだ声に、頭の中に火のような感覚が広がった。

「先輩は生まれて初めてちやほやされて、逆上せ上がってるだけ――先輩、どうしようもなく卑屈ですもんね」

 嘲りを含んだ、冷ややかな言葉が口から飛び出ていく。

「だって寺下先輩、人の顔色を伺うしか、能ないですもん。菊田先輩や川島さんのこととか内心見下していたくせに、やり返されるんじゃないかって怯えて、逆にご機嫌取りする始末。江間先輩なんて、みっともないぐらい顔色窺ってましたよね。江間先輩の方は眼中にもなかったのに、勝手にびくついて、うざいったらなかった。なのに、やり返してこない宮部先輩を傷つけるのだけは、いつもいつもいつもちゃっかり乗ってた。率先しないだけで、彼女がいびられるの、楽しくて仕方ないって顔をしてましたよ」

「……」

 寺下の顔から笑いが剥がれ落ちた。

「ひがんでたんですよね? 宮部先輩も寺下先輩も、大人しく地味にふるまうのは同じ。なのに、宮部先輩はいつも人目を惹いてた――寺下先輩、宮部先輩が一番嫌いだったでしょ? 先生たちも江間先輩も、それから人にあまり興味のない福地先輩ですら、宮部先輩には一目置いてたから」

「黙りなさいっ」

 鼻の頭に皺を寄せて、叫んだ寺下に、佐野は笑いを零した。

「知ってたんでしょう? 宮部先輩、そう見せてないだけで、実はかなりの美人だって。スタイルもいいし、丸暗記しか能のない先輩と違って素で頭いいし。福地先輩も実は知ってるんじゃないですかね? 宮部先輩だけ別格扱いでしたもん。あんなに熱心に福地先輩を見てて、言いなりにまでなってるのに、ほぼほぼスルーされてる先輩とは大違い」

「っ、黙れっ、黙れ黙れ黙れ、黙れ…っ」

「今だってどうせ都合よく利用されてるだけのくせに」

「黙れって言ってるのよっ、殺されたいの!?」

「どうせ殺すくせにっ! 注目されなかった人間が少し注目されて、いい気になって、他を蹴落としたくなった、そんなところでしょう――調子に乗ってるのは、私じゃなくてあんたじゃないっ」

「……」

 顔を真っ白にした寺下が、真っ赤に充血した目を向けてきた。歯を食いしばり、元々薄い目を限界まで見開いて自分を見る。あまりの形相に、ようやく佐野は我に返った。

「絶対に許さない、なぶり殺しにしてやる」

 ふーふーふーと鼻息を荒くした寺下が吐き出した声は、薄暗い牢獄の中で、呪詛のように響いた。


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