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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第12章 潜入 ―メゼル―
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12-9.もし(リカルィデ)

(あーあ、まんまとやられて……絶対狙ってやってるのに)

 宮部に口づけた後の江間の顔――自分と宮部がそれを見ないで済んだのは、多分幸せなことだったのだろう、とリカルィデは結論する。

 口を開けて彼を見つめた後、防病師たちは男も女も顔をとんでもなく真っ赤にして、躓いたりしながらあたふたと店を出て行ったから。

 当の江間は、宮部が呆然としているのをいいことに彼女を抱きしめたまま、リカルィデに「リカルィデ、よく頑張った」とにこりと笑いかけてきたが、半眼を返すしか思いつかない。防病師たちと真正面からぶつかった自分や宮部が馬鹿みたいだ。


(まあ、エマはずっとこんなだけどさ)

 彼は人と正面からぶつからず、そのくせ我が道を行く。協調性があるようでいて、実は好き勝手にやる性格――最近その犠牲になっているのが宮部だ。

 ギャプフの村で、「ミヤベが好きなのか」と聞いて以降だ。それまでの江間は他に人がいる時、宮部と距離をとっていたのにそれがなくなった。いや、むしろ積極的に詰めている……?

 彼の中で何かが変わって、それを宮部に伝えようとしているのではないかと思うし、もちろん応援する気もある。

 が、このやり方は「ナンダカナー」と思わないでもない。ここのところ、特にひどいし。

 最初にメゼルに来た時に紹介されて以来、仲良くしてくれているオルゲィの娘のチシュアも、『最近、目のやり場に困らない?』と言っていたし、時々この店に来るコルトナという、江間としょっちゅう一緒にいるグルドザも、『エマとミヤベ、前々から何気に仲良かったけど、エマが最近すごく積極的っていうか…。その、リカルィデはああいうの、憧れたりもしくは嫌だったり……え、付き合ってないの!? あれで!?』と驚いていた。何より……。

(対象にされているミヤベが明らかについていっていないんだよな)

 リカルィデは、固まったままの宮部に同情の視線を向ける。そして、「性質が悪い」のもっとえぐい表現を考えておこうと密かに決意した。


 その後、あいさつ回りから戻ってきたヒュリェルに経緯を説明し、リカルィデはいっぱい褒めてもらい、宮部と江間は呆れられたり心配されたりしてから、店を出た、三人で。

 本当に三人で帰っていいのだろうか、少し寂しいけど、遠慮したほうがいいのかと思って、今日はヒュリェルに泊めてもらおうとしたら、我に返った宮部に『あんな約束はない』と真顔で止められた。

 ちなみに、『せっかく気を使ってくれてるんだから、お言葉に甘』と呟いた江間は、宮部に脛を蹴り上げられていた。

『進歩してるんだか、してないんだか』

 そうため息を吐いたヒュリェルに、リカルィデも同意する。


 そうして、今は日の暮れた街を皆で家に向かって歩いているわけだが……。

「そんな怒ることでもないだろ」

「……」

「怒られるのも嫌だけど、無視されるのはもっときつい」

「……」

「……みやべー」

 このやりとり、どこかで見た、とリカルィデはため息を吐いた。その拍子にクシュンとくしゃみが出る。

「……寒い? もう静中の期になるし、湖からの夜風は特に冷たいか。そろそろ上着を買おうね」

「むこうの世界で言えば、十一月、冬の入り口ってところか。確かに冷えるな」

 喧嘩をしていたはずの二人が、一斉にリカルィデをふり向いた。宮部は首の周りに緩く引っ掛けていた、「マフラー」とか「ストール」とか呼ぶオビ用の布を取って、リカルィデの首と顎、肩を包むようにくるりと回した。その宮部と自分を守るかのように、江間が風上に移動する。

 とたんに色々な部分が温かくなった。マフラーからは優しい、いい匂いがする。


「……あのさ」

 二人だけで過ごされるのは寂しいと思ったことが、とんでもなく悪いことな気がして、リカルィデは埋め合わせのように、口を開く。

「エマとミヤベが、ええと、好き合う、じゃなくて付き合う?って、いいことばっかりだよね?」

 二人の目がまん丸になる。こうやって見ると、顔かたちはまったく似ていないのに、この二人はなんだか似ている気がする。

「まずエマに寄ってくる人が減る。減れば、ミヤベも私も変な……ええと、絡みられ方?絡まれ方?をしなくなるし」

 「……まだ絡まれてるの?」と言った宮部が、怖い顔をして江間を睨んだので、リカルィデは慌てて首を振った。

「最近はミヤベに興味がある人に絡、まれる、こともあるし、そっちの意味でも二人は付き合ってる方がいいかなって」

「宮部目当て……」

 フォローのつもりだったのに、今度は江間が険しい顔をし、目をまん丸にした宮部を見た。


「あ、あと、二人きりで話したがっても、怪しく思われないよ?」

 微妙に焦りながら、次の考えを口にした。周囲に人が寄ってこなくなるという分析はどうも微妙だったらしいけれど、こっちは確かだと思う。彼らを稀人もしくは間者だと疑う人の目を避けて密談をするには、一番いい方法だと思うのだ。

「王弟殿下も帰って来るって言うし……」

 そう付け足せば、見込み通り宮部は「それはそう、か。そっか、“ふり”か…」と一人で納得し始めたが、見込みと違って江間は顔をひきつらせた。

「いや、宮部、そういうんじゃ」

「怒ってごめん、江間。さっきのも、確かに一回帰ってもらった方が良かったし、その、ちょっと考えが足りなかった。江間とリカルィデが正しい」

「……」

 眉根を寄せ、「自意識過剰だった」と恥ずかしそうに謝罪した宮部に、江間は口の端を歪めた。

 その顔にリカルィデは、育ての親であるサチコが「“正しい”はひとつじゃない」と言っていたことを思い出す。

(つまり、宮部的には正解だけど、江間的には……)

「……」

 江間に恨めし気な視線を向けられた気がして、リカルィデも顔を引きつらせる。

「だ、だから、その、ミヤベもエマが……なんだっけ、さっきみたいにぺたぺた? べたべた?しても、嫌がったりしないほうがいいかな、と……。だって、その方が恋人?っぽいし」

「え、それ、は、別に必ず必要ってわけじゃ……」

「いや、説得力という意味では、必要だろ。疑われたら元も子もない」

「……」

 また慌てて言葉を付け足したリカルィデに、江間はしれっと頷いたけど、今度は宮部に非難の視線で見られて、悟った。全員に“正しい”は、とても難しいらしい。


「遅くなったし、食べていくか?」

 通りの奥、飲食店の立ち並ぶ地域からいい匂いが流れてくる。

「ドクダミは避けたい」

「おいしいのに。それにドクダミじゃなくて『ソナ』だってば」

 宮部のつぶやきにリカルィデが頬を膨らませれば、彼女は彼女で「だって、何にでも入ってる。あく抜きの他に、香辛料の代わりになってるって言うのは分かるんだけど」と口をへの字に曲げた。

「……」

 「ドクダミ」もだけど、「コウシンリョウ」もわからない。逆に、リカルィデにとって当たり前のもの、例えば、食事の好みを彼らは理解できないという。サチコもそうだった。こういう時無性に寂しくなる。


「じゃあ、『桃血魚』、食べに行こうぜ」

「『桃血魚』?」

 宮部が見てきたが、リカルィデも知らない。首を横に振れば、江間が「下魚みたいな風に言ってたから、そりゃリカルィデは知らないだろ」と笑った。

「鮭に似てるんだ。城の料理人たちの賄いを食わせてもらって、おすすめの店も教えてもらった」

「げざかな? さけ? ま、まかない?」

「下魚は値段の高い魚じゃないっていう意味。鮭はあっちの世界の魚。ピンク色の身をしていて、癖がなくて美味しいの。賄いは、お店なんかで料理する人たちが自分たちやお店の人のために作る食事なんだけど……それを分けてもらった、ねえ。随分と親しいみたいね、その人と」

 宮部が半眼で、「やっぱり女の人? ああ、でもディケセルは性別関係ないか」と江間を見る。

「いや、まあ、女ではあるけど……」

「江間が私と付き合っていることにしたら、彼女、悲しまない?」

 微妙に落ち着きを失った江間に対して、宮部はいつものように淡々として見える。でも、前の宮部なら、江間の周りの人間を確認すること自体なかった気がする。顔を引きつらせながら、「そんなことはないかと……」と返す江間も、心なし嬉しそうだし……。これがヒュリェルの言っていた『進歩』だろうか。


 一緒にいてくれるのがこの二人なのは、とんでもなく幸運なことだとリカルィデは思っている。サチコと同じように優しい彼らが、サチコと違ってこの世界でたった一人の日本人じゃなくてよかった、とも。

「……」

 なのに、寂しさを隠しきれなくなって、リカルィデは顔を伏せた。


 夢の霧の中で何度か見た、男の子。同じ夢に出てきた、「クルマ」のことや夜でも明るい街並みのこと、人々の様子、板の中に人の姿を映し出す「テレビ」のことなんかは、サチコに話せたけれど、リカルィデは彼のことだけは話せなかった。

 目がサチコに似ている子だった。優しい顔立ちで、でもボールを扱っている時や本を読んでいる時は真剣ですごく凛々しくて……ひょっとしたらショータかも、と思いついた時、夢の中だったのに、すごく興奮した。

 でも起きてサチコの顔を見たら、言い出せなかった。彼女の反応が怖かった。

 もし彼の話をしたら……? サチコは喜んで、それからきっと悲しくなるだろう。彼を恋しく思って、自分のことなんてどうでもよくなるかもしれない。そして、自分を置いて、向こうに帰ってしまうかも。そう思ってしまった。

 迷っているうちに向こうの世界を見ることもなくなって、リカルィデはあれはサチコの話を元に作り上げた、自分の妄想だったのだ、と自身に言い聞かせてきた。

 この前、宮部にディケセル王族には、向こうと繋がる力があると聞かされてから、リカルィデは後ろめたさが消えない。

 それだけじゃない。ここでまた、江間と宮部が二人で楽しく過ごしているのを寂しがってしまう自分は、サチコにあの男の子を隠してしまった頃から、何も成長していないのでは……?

(私、自分勝手でものすごく汚い――)


「試してみようか、リカルィデ」

 宮部に呼ばれて、慌てて顔をあげた。リカルィデに向けられる黒茶の目元は、優しく緩んでいる。

「世界には色んなものがあるし、色んな人がいる。城にいたんじゃできなかったこと、全部挑戦しようぜ」

「……だから、やめろって」

 江間に頭をぐりぐりと撫でられて、リカルィデはいつものように悪態をついたが、本当はそんなに嫌じゃない。

「そういえば、この世界にも米があるかもしれない」

「米!? まじか!!」

「今日地下倉庫で千歯扱きっぽいの、見つけたから。リバルっていう町にもあったって。リネルに使う「オビ」と一緒で、昔の稀人が持ち込んだ可能性があるんじゃないかと。向こうとこっちの繋がりの手がかりにな」

「探そう、是非! 白米!」

「……ご飯派?」

「和食派です」

「いや、それより手がかり」

「も大事だけど、毎日の食生活も大事だ!」

「……なるほど」

(こめはどこかで聞いた。センバコキ?ってなんだろう。ゴハンは食事のことだけど、ゴハン派? ワショク? ……ああ、またわからない)

 けれど、眉根を寄せれば、また宮部と目が合った。

「お米はこっちのシガみたいなもの。長い茎の先に食べられる粒がいっぱい実って、千歯扱きっていう道具で粒を外してから、その皮をむいて、水で炊いて食べるの。和食はご飯、炊いたお米を中心にした日本風の料理のこと。江間はそれが好きなんだって」

「……うん」

「まあ、あっちに行ったら、お前も食べることになるさ」

 そう言って笑う江間の横で、「そしたら、この子もおじいさまみたいにドクダミを乾燥させて、ご飯に振りかけるようになるのか……」と宮部は遠い目をした。

「……」

(また勝手にあっちの世界に連れて行く話をしてる……)

 そう思うのに、一緒にいようと言ってくれる気持ちが嬉しくて、抗議する気になれない。彼らの目線はいつだって優しくて、顔かたちは全然似てないのに、リカルィデはなぜかいつもサチコを思い出してしまう。

(……ああ、そうか)

 二人が自分を見るたびに、サチコを連想する理由に思い当って、リカルィデは顔に泣き笑いを浮かべた。

「リカルィデ?」

「どうかしたか?」

「ううん。ソナに似たのがあるなら、安心だなって思っただけ」

「……やっぱりかける気なのか」

(サチコもきっと二人と同じように思っていてくれたんだ、一緒にあっちに行こうって。怖がってなんかいないで、あの子のことを話してみればよかった――)


「ねえ、シガからデンプンを取り出してみない?」

「片栗粉みたいな?」

「うん、うまくいったら料理の幅が広がるというのもあるけど、水にさらしたら、ドクダミ臭がましになるかも」

「それは切実に惹かれる……!」

「でしょ? といっても、うまくいくか分からないんだけどね……」

「……宮部の手料理だ、絶対に美味しいよ――俺にとっては特に」

「保証できない。あの臭い、めちゃくちゃしつこい」

「……その反応がお前だな」

「?」

「なんでもない。俺も一緒にやらせていただきます」


(もし……もしも、の話だけれど、)

 リカルィデは、息ぴったりなのに部分的に微妙に噛み合わない会話をする二人の横顔をじっと見つめた。

(もし、サチコと二人の故郷、ニホンにいつか行けたら……?)


 その時は――


 春に一斉に咲くという、ミヤベのお祖母さんの花を見たい。

 エマの家族に会いたい。厳しいというお爺さんやお父さんに、助けてもらったんだと話したい。

 それから、サチコのショータを探そう。

 見つけて、サチコはずっとあなたを想っていた、そう伝えたい。

 それで謝ろう――帰せなくて、会わせてあげられなくて、本当にごめんなさい、ショータ、サチコ。



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